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since 2007.5.21 上杉謙信 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
名将銘酒上杉謙信



名将銘酒47撰 上杉謙信公をいただきました。
どうもありがとうございます。
純米大吟醸です。
都道府県別に名将ラベルのお酒が新発売です。
日本酒王者越後のお酒にふさわしく、素敵な謙信公ラベルです。



【2017.11.14 Tuesday 15:05】 author : いづな薫 
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国宝山鳥毛パーティ


今日は、山鳥毛パーティに参加するため新潟県上越市におります。
謙信公の愛刀山鳥毛が、420年ぶりに上越に戻って参ります。

【2017.06.25 Sunday 19:31】 author : いづな薫 
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戦国時代展


東京両国の江戸東京博物館で開催中の、「戦国時代展」を見て来た。

1月には「国宝・上杉家文書」や謙信公の短刀「五虎退」などが展示されるが、
私にとって前半の目玉は「義元左文字」である。

「義元左文字」は、織田信長が、桶狭間の戦いで今川義元から奪った刀である。

今川義元に渡る前は、摂津国領主・三好宗三の持ち物だった。
その頃の二尺六寸の太刀である。
三好宗三が一族の三好長慶と仲違いし、武田信虎(信玄父)に援助を求め、信虎にこの太刀を贈る。
武田信虎の娘、定恵院が武田今川の和睦の証しに今川義元に嫁ぎ、太刀も一緒今川家に渡った。
婿・義元は、この刀を愛刀として大切にしたという。

義元から信長が奪い取り、本能寺まで所持している。
本能寺の信長の枕刀であったのを、信長の愛妾・京都松尾神社の娘が、持ち出した。
これを秀吉に差し出し、秀吉を経て秀頼に渡る。
そして、関ヶ原の一年後の1601年桃の節句、大坂に来ていた徳川家康、秀忠に豊臣秀頼から贈られた。
豊臣が滅んだ大坂の陣で、家康が佩刀していたのは、この義元左文字だと言われている。

今川支配下で苦汁をなめた家康、今川義元が討たれ信長に強奪された刀を持って天下人の戦をしたのか。

大坂の陣からさかのぼること55年、
永禄3年5月(1560年6月)今川義元は大軍を率いて意気揚々上洛する途中であった。
その途中の尾張・織田信長を踏みつぶして行く勢いである。
信長は、10倍の戦力の今川義元に下るか、戦を挑むか、命運を賭けた決断に迫られていた。
家臣は降伏を進めるが、信長は断固拒否。
今川に下れば、今川が戦を起こした時最前線に立たされるは必定である。
死傷者も出るし、人質も出せねばならない。
信長はそれはダメだと言ったのである。
信長は、熱田神宮で吉凶を占い桶狭間に向かう。

占いは”吉”と出た。

その日は豪雨、義元は陣中で休息していたと言う。
狭い道を、長く伸びた今川軍隊列のうち、大将の義元の陣めがけて信長は奇襲をかけた。
見事討取った時、奪った刀がこの「義元左文字」である。
信長は、喜びの余り刀に金文字で「永禄三年五月十九日義元討捕刻彼所持刀織田尾張守信長」と象嵌している。
456年(2016年現在)以上経った今でも、信長の熱い高揚感と息遣いが感じられる名品である。


今一つの名品に、上杉謙信の「泥足毘沙門立像」を挙げたい。
ほとんど負けたことのない、軍神上杉謙信が戦に行く時携行していた毘沙門像である。
ある時、毘沙門天の足に泥がついていて、毘沙門天が加勢してくれたと謙信は信じたと言われている。
今回、謙信の宝物は、毛氈鞍覆(もうせんくらおおい)、国宝上杉家文書、唐草透彫烏帽子形兜(からくさすかしぼりえぼしなりかぶと)など多く展示されている。
自らの欲のために戦を起こさず、幕府立て直しと戦国終焉のために戦った上杉謙信。
高潔な精神を持ち、領国を豊かにすれば戦はなくなると経済政策に奔走し義と経済が両立している稀有な人である。
上杉謙信は、経済人としても一流だった。
謙信と共にあり、亡くなった時棺の上に載せられた「泥足毘沙門天」皆さまにもぜひご覧いただきたい。

歴史の遺物は、過酷な時代を理想に向かって生きた先人たちの残してくれた宝物である。
今回、国宝や重要文化財などの貴重な宝物が多く展示されている。
私たち国民の宝である文化財を守り、末永く語り継いで行きたい。

戦国時代展
東京 江戸東京博物館 2017年1月29日まで。
京都 京都府京都文化博物館 2月25日〜4月16日 
米沢 米沢市上杉博物館  4月29日〜6月18日

【2016.12.14 Wednesday 17:18】 author : いづな薫 
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謙信公のうさぎと月の兜



千葉県佐倉市の歴史民俗博物館にて見学した、上杉謙信公所用の兜。
銀箔のうさぎの耳と、三日月の意匠である。
眉がついている。
うさぎにしたのは、うさぎは足が速く、情報が早いにかけて。
そして、月とセットで考えられていた。
そして、子だくさん。
大黒天とつながりがあるからなど。

年月を経て、いぶしたような銀箔の輝きが趣深い。
兜をかぶった時を想像して、お顔の位置に視線を合わせて見てみる。
お屋形さまのかぶっていたかぶと。

上杉謙信所用・銀箔押張懸兎耳形兜(ぎんぱくおしはりかけうさぎみみなりかぶと。国立歴史民俗博物館)



 



【2016.10.05 Wednesday 13:58】 author : いづな薫 
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謙信一夜城



千葉県佐倉に行って来た。
佐倉ツアーでぜひとも行きたかったのがここ。
佐倉駅隣りの、京成本線臼井駅から6分くらいの所にある、謙信一夜城跡である。
越後春日山城の城主・上杉謙信公、現在の千葉県臼井付近まで、軍勢を率いてやって来た。
昔だから、当然馬か徒歩。
北条との勢力争いが遠征の理由だが、臼井城の戦いと呼ばれるこの戦い、謙信公が珍しく攻防戦に失敗したと言われる。
当時としては新潟から千葉へは大変な遠征でもあったが、何とこの戦、第4回川中島の5年後。
つまり、神業のような作戦の数々を繰り広げた川中島合戦の後ことなのである。
謙信公が、臼井城攻略のため築いた一夜城があった所は、現在公園になっている。



一月あまりにらみ合っていたが、足利将軍より上洛をうながす書状が陣中の謙信に届き、越後に引き上げた。
この時、後ろから追撃され上杉軍に被害が出たとの記録がある。
これが、失敗記録となって行った原因か。



 



【2016.10.03 Monday 15:11】 author : いづな薫 
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謙信公ざんまい



今日は、東京の上野駅と千葉県で、謙信公三昧して参りました。
まずは、上野駅で開催中の新潟産直市に行き、越後上越おもてなし武将隊がいらしていたので、お声をかける。
実は、上越で名刺交換済み、イベントなどでご一緒したこともあります。

華麗な演舞を見せていただいた。
今日は、甲冑正装バージョンの謙信公。
涼しくなったとは言え、そのお姿はお暑いでしょう。
「お体くれぐれもご自愛下さいませ。
それがしは、お屋形さまの兜を見に参りますのでこれにて失礼つかまつります。」と謙信公に直に言上する。

産直市で、家族へ土産に豆菓子を買い、千葉県佐倉にある、歴史民俗博物館に向かう。
謙信公のうさぎのかぶとが公開中である。9月19日まで。
それが、上の写真。
うさぎの耳に、月の前立ての意匠である。
うさぎがなぜ武具のかぶとに使われるか?
耳が良く、情報が早い。
足も早い。
月が信仰の対象なので、月とうさぎはセット。
子供を沢山生む。
大黒天(大国主)と関係があるなど。


今宵は、十五夜、
謙信公のかぶともうさぎと月でした。
月を愛でる夜を待ち、良い宵闇を迎えます。

【2016.09.15 Thursday 16:11】 author : いづな薫 
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謙信公奨励、青苧(あおそ)の着物



この夏に着るため、青苧(あおそ)の着物を仕立てました。
青苧(あおそ)を原料に織った、越後縮(えちごちぢみ)と言う布です。
越後上布と共に、ユネスコの無形文化遺産です。
透けて風が通るので、たいへん涼しいです。
これだけでは透けるので、麻か絽絹(ろぎぬ)の襦袢(じゅばん)を着用します。

青苧(あおそ)は、450年前上杉謙信が奨励し越後に莫大な富をもたらした繊維原料です。
麻には苧麻(ちょま)と亜麻(あま)があり、青苧は苧麻(ちょま)から出来ています。
茎から繊維を取り出し、その繊維がしばらく青いことから青苧(あおそ)と呼ばれます。



これは、うちの庭に生えている青苧。これから作ったのではありません、




この青が素敵でしょ。

私の好きな色は、赤と青。床屋か。笑




よく見ると細かい縞が入っています。



細かいしわがあり、「しぼ」と呼びます。
これが、しゃりしゃりと絶妙な涼感を生み出します。
家で洗濯も出来ます。
絹は家で洗えません。絹製の絽(ろ)の着物もあるのですが、洗いに出すと1回1万。
木綿は洗えるけれど普段着。
夏に洗え、且つ名古屋帯締めて、パーティや茶道に行ける程度の着物が欲しい。
はやりのポリエステル製着物は家で洗えますが、暑いし重いし私は持っていません。

三宅洋平さんの主張の1つに、オーガニック革命(有機・自然農の推進)があります。
私は、彼の反戦思想と、この環境に負荷をかけない思想にとても賛同しています。
今回買った反物もオーガニック栽培品です。
私は、流行で服を買いません。
自分の好みがあり、気に入った服なら10年でも20年でも着たいと思います。
実際10年前に買った日本製のコートや靴を今でも着用します。
着物や帯に関しては、それこそ100年前の品もあります。
当時はポリエステルはないため、全て絹です。
自然素材で仕立てが良ければ、価格は安くなりません。
私は、良い品を少し、長く使いたいのです。

買う時は、確かに大量生産の品は安く買いやすいですが、すぐゴミになるのです。
安かろう悪かろうの製品は、労働賃金低下につながり生産者も幸せにしません。



仕立てる前、反物をほどいた段階。
これを水につけ、水通しをしました。
13mあった生地は、2回の水通しで52cmも縮みました。
水通ししないで縫ったら恐ろしいことになる。笑



こちらは仕立てる前、反物の段階です。

布は国産。
2反買い、まず仕立てたのが濃い青の方です。
謙信公時代の青苧は、縮(ちぢみ)はまだなく、薄い水色の越後上布の方です。
縮(ちぢみ)は江戸時代に出来ました。

仕立てに出すこともありますが、謙信公由来の青苧なので私自身が着物を縫いました。



生地は青苧(あおそ)、縫い糸は絹糸です。
大地から出来た繊維を織り、ひと針ひと針縫うたび、自然から与えられた恵みに感謝しています。

自然素材の着物は、農産物から生まれるのです。

太陽、土、人が作物を育て、更に多くの人の手で着物に仕立てられて行く。
天と地、人、謙信公が唱えた物事が成功する時に必要な3つの要素がここにもあります。


【2016.08.04 Thursday 10:05】 author : いづな薫 
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今宵は上杉会

今夜は、謙信公を尊敬する集まり「上杉会」に来ています。
場所は都心の某ホテルレストラン。
みんな私のお屋形さま自慢に花が咲いています。笑
 

【2016.04.28 Thursday 11:09】 author : いづな薫 
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フライドチキンが気になる謙信公、だそうです。
少し、お屋形さまでなごみます。
わが心のふるさと上越は良いお天気ですね。

【2016.04.24 Sunday 18:14】 author : いづな薫 
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上杉軍専用アイテム

これまで作成した、上杉軍グッズをまとめています。

【2016.03.03 Thursday 08:08】 author : いづな薫 
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 仕事(技術・研究系)と環境に優しい生活、家族を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、サッカー日本代表、欧州サッカー、クラッシック、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

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