大河ドラマ 龍馬伝 幕末 古代 上杉
since 2007.5.21 春日山城、新潟 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
駅前のお屋形さま


上越妙高の駅前の謙信公にごあいさつ。
今日は日帰りです、お屋形さま。



【2018.03.18 Sunday 15:38】 author : いづな薫 
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上越妙高駅にて


上越妙高駅から見る、美しい雪山。快晴です。
ふもとは、早春です。
今日はこれから、春日山に向かいます。
趣味がこうじて、日本刀の講師です。

日本刀の刃文は、美しい自然の風景と似ています。
雲だったり、波のようだったり。星もあります。
何百回何千回と鍛錬されて、透明度を増して行くのが日本刀です。
その中にレイヤーのように現れるのが、雲や波、星のような刃文なのです。

【2018.03.18 Sunday 10:10】 author : いづな薫 
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ナマ謙信公


ナマ謙信公の後ろ姿。
イベント打ち合わせ中です。
急きょ、私が武将隊演舞の音響係を務めてしまいました。笑
私は本日、謙信公のお膝元上越市春日山に来ております。
今回は、日本刀の解説と新年会参加します。

【2018.01.20 Saturday 10:18】 author : いづな薫 
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春日山にて宴

越後春日山、から松やさまにて宴。
ごちそうになりました、ありがとうございます。

お刺身、あん肝、ぶりしゃぶが美味。
お刺身は、マグロ、鯛、イカ。
ぶりしゃぶは、ほんのり脂がのったのをポン酢でいただきます。
越後の魚は本当に新鮮で美味しいです。

【2017.12.16 Saturday 21:57】 author : いづな薫 
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雪の春日山
今日は、万を持して越後春日山。
お屋形さまのもとに帰って参りました。
林泉寺、謙信公が少年時代修行したお寺です。


【2017.12.16 Saturday 11:56】 author : いづな薫 
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今朝はまた越後

忙しかった東京を抜けて、今日は越後(新潟県上越)で朝を迎えました。
泊まりなれたホテル、知人のスタッフに迎えられ、いつものお部屋です。

クラシック聴きながらの朝食が、ゆったりとして心地良いです。

【2017.07.16 Sunday 09:03】 author : いづな薫 
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謙信公願文 弥彦神社


弥彦神社宝物館に、謙信公の願文が残されている。
それを拝見させていただくことが弥彦に行った目的である。

永禄7年(1564)に弥彦神社に収められた願文(神仏への誓い文)である。
文面では信濃、越中への出兵の理由を述べすべて人助けのためであり、私利私欲から起こした派兵ではないと述べている。

気になっていたことがある。
この願文を、誰が弥彦神社に持参したか。
それを、神社の宝物館管理の方や、神主さんに聞いてみた。
神社に伝わる話や、民間伝承があれば幸いだ。
その日お留守だった弥彦神社古文書管理の専門の方からも後日お電話でご説明いただいた。


誰が持参したか。その話は伝わっていないと言う。
謙信公御本人さまが来た記録はない。
家臣か。
家臣で豪商、謙信公の最良のビジネスパートナーだった蔵田五郎左衛門か。
蔵田である可能性は強いと思う。
彼は、大きな船を操る伊勢の商人でもある。
そして、伊勢神宮の御師(おんし)である。御師とは、伊勢神宮の御札を配ったり伊勢神宮に行く人を運んだり宿の予約をしてくれる旅行代理店のような仕事だ。

今上越の春日山城と、弥彦は船では簡単に行き来していただろう。
誰かが、春日山城で書かれた願文を預かり弥彦神社に運んで来た。

願文の中で、謙信公が私欲非道は行わないと繰り返し述べているのが印象的である。
謙信公の神仏への敬虔な態度が伺える。

「だから、神様仏様は私に協力してね。」とも述べている。

謙信公のすごく達筆だが、ちょっとまるいような筆跡が、懐かしい心地さえした。
墨は黒々とし紙も虫食いがない。

さっき、墨が乾いたかのようだ。
450年もの月日が、忽然と流れている。

【2017.03.08 Wednesday 21:20】 author : いづな薫 
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弥彦神社 その3


弥彦神社境内にある、十柱神社(とはしらじんじゃ)。 重要文化財。
この社殿は、元禄7年(1694年)長岡藩主牧野氏が神の御霊をなぐさめるため建てたもの。
大己貴神(おおなむちのかみ)と地・水・山・海・土などの安全を祈願するための10の大神を祀る。


蟇股(かえるまた)に桃山時代の手法が残っている。

今日の記事は、安倍晋三小学校問題で書きそびれた弥彦神社紀行です。



【2017.03.05 Sunday 21:19】 author : いづな薫 
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弥彦神社 その2


森厳にして、堂々たる社殿、
弥彦神社拝殿(本殿)である。
後ろは、霊峰弥彦山。御神山、神が宿る山である。
雪にけむる弥彦山をバックにし、
拝殿は樹齢400〜500年の杉やケヤキの深い杜に囲まれ佇んでいる。
祭神は天照大神の曾孫にあたる天香山命(あめのかごやまのみこと)。
上越の居多(こた)神社とともに、越後一宮である。
奈良時代から「おやひこさま」と呼ばれ、人々の信仰を集めている。
また神領地でもあり、その時の朝廷や幕府、武将の手厚い庇護も受けている。
参拝、祈祷はここで行う。明治45年火災に遭い、大正5年に再建されている。
平成10年9月、国の登録有形文化財。


随神門ずいじんもん
拝殿の前の門。二体の随神が収められている。
随神(ずいじん)とは、神様に随行する別の神様である。
「桜井古水鏡」によると、紀州熊野から天香山命(あめかごやまのみこと)に同行した兄弟の神様だと言う。
兄弟神の父は印南鹿神(いなしかしん)と言う。
和歌山県の印南の神か。

境内の灯篭。
凍てつく冬の季節も実は参拝客は多い。
厚い信仰に守られた神社である。

【2017.02.08 Wednesday 07:05】 author : いづな薫 
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弥彦神社 その1


駅から15分歩いて、弥彦神社の鳥居が見えて来た。
雪景色に赤い鳥居がドラマティック。

下の写真の奥は、玉の橋と呼ばれる橋。
人間がけっして渡れない橋である。
渡るのは神様である。
境内の御手洗川(みたらしがわ)にかかっている半円形の橋で、御神橋(ごしんきょう)とも言う。


まず、手水鉢で手と口を清める。いわずもがな寒い。
身の引き締まる寒さが、逆に心地よかったりする。




柄杓の台につらら。
何とも美しい、冬の造形美。



【2017.02.04 Saturday 20:48】 author : いづな薫 
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 仕事(技術・研究系)と環境に優しい生活、家族を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、クラッシック、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

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