大河ドラマ 龍馬伝 幕末 古代 上杉
since 2007.5.21 春日山問題 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
春日山城跡 崩落その後


先月末、新潟県上越市の春日山城跡が崩落したことを皆さまご存じだろうか。
都知事選真っ最中で、私も相当忙しかったためツィッターのみ書いた。

二の丸、三の丸がなだれるように崩落した。
大雨のあとのことである。
今は、春日山神社や一部登城できる道があるそうだ。
国指定史跡なので、おいそれとは修復できず、かなり時間がかかる模様。

中世の遺跡である、土塁はどうしたのか。
地中には遺跡が埋まっている。
埋蔵土一握り、みな大切な遺跡である。
私は、かつて、ネットで呼びかけた大勢の皆さまとともに春日山城の樹木伐採の反対運動をした。
そして、上越市が情報公開をしたことがある。

何年も経て、春日山城はかなりの樹木が伐採されてしまった。
当然、山の保水力は格段に落ちた。
そこへ、大雨。
木を伐らねばならないこともある、しかしむやみに伐ってはいけない。
新潟は雨も雪も多い土地である。
環境面からもよくよく考えないと、遺跡は未来につなげない。

【2016.08.06 Saturday 20:42】 author : いづな薫 
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春日山城計画書
国指定史跡春日山城跡保存管理計画書を、拝見した。
熟慮の末、考えを述べたい。

国、文化庁が協力する史跡整備事業は、どれくらいの規模の公共事業だろうか。
予定の20ヵ年経てば、春日山は、憩い、植物の季節感を楽しみ、史跡を学ぶ、エコミュージアムに姿を変えるかもしれない。

 私は、歴史を愛する観点から、やはり史跡保護について述べたい。
皆が、利用できる史跡になるのは良いと思う。
 例えば奈良県の平城宮遺跡を例に挙げると、史跡見学より公園として利用する人が多い。
が、公園はあくまで2次的利用である。
史跡を保存し、活かす主目的は、来訪する皆様に史跡と歴史の価値を理解していただくことである。
 そのために文化庁が係わり、市および国の予算が組まれるのである。
 計画が、史実に基づき最低限の史跡保護に留まることを望む。
そして、多くの人に春日山城の歴史的価値を理解していただきたいと思う。

 史跡も文化財には違いないが、博物館などで保管される品と違う点がある。
史跡は、大きく、例えば春日山城は2km四方400haにも及ぶ。
行政だけでは守りきれず、地域の皆様の手をお借りしなければならない。
 
 整備するからには、この先も発掘が続くだろう。
今まで所在が確定されていない、謙信公御屋敷の位置も特定できるかもしれない。
 現在、御屋敷とされている所は、城の北東に当たり日照が少なく、城遺構の中でも低位置にある。
城主の館としては、疑問が残るのである。
 頂上近くの柿崎屋敷とされる土地は、周りを空堀に囲まれ、桑取り道への抜け道もあり、主の住居にふさわしいと言えば言える。
 これらの答えが、出て来るかもしれない。

 戦国期山城で発掘整備された、一乗谷朝倉氏遺跡を私は思い出した。
農地区画整理で、ブルドーザーが未発見遺跡を壊し、発見、発掘に至っている。
 最初は掘れども掘れども、何も見つからず、ぶ厚い堆積土を更に1m掘り下げ、発掘された礎石、溝石。
 屋敷、庭園、湯殿跡、そして朝倉氏滅亡の折、激しい火炎に焼かれた痕跡の黒色土を出土している。
 地下に埋まった史跡はまるでポンペイに似ていて、興味引かれる発掘記録だ。

 しかし、私は、春日山城の、発掘箇所が極力狭く浅いことを切に願っている。
 史跡を破壊しない、非破壊検査を望む。
皆さまは、非破壊検査の会社CM、ご記憶にあるだろうか。
レーダーや放射線、磁気などで品物を壊さず中を調べられる検査方法である。
 航空機、鉄橋などの劣化検査ほか、史跡、考古学でも、盛んに使われている。
非破壊検査がない時代は、史跡をとにかく掘ってしまっている。
 MRIやCTスキャンなしで、外科手術するようなものだ。
 
しかし、現代でもレーダーや磁気探査で的を絞った後は、実際の発掘が始まる。

 滝沢様及び計画書、そして上越市担当者様の直接メールで、建造物は建立しないと伺い、安心している。
 市からは、「将来的に復元が可能となる資料が発見された場合でも、復元の可否を含め慎重に議論を積み重ねる」とお答えをいただいた。

 私が、城復元を強く反対する理由を書いておきたい。
春日山は、築城年代がいまだはっきりしない。
 これを特定することは、おそらく困難であろう。
 城が大きくなったのは、謙信公からだが、その前も城はあった。
謙信公が1548年、城主として入城してからも、たびたび城普請をしたと記録にある。
 景勝公も、普請したかもしれない。
 謙信公入城前からの遺構があり、その後も普請を繰り返した場合、謙信公時代の遺構のみを特定することは
現代の技術では極めて難しい。
 
 発掘は、遺構の損傷を伴なう。
長い年月で埋蔵物と一体化した埋土も、遺物である。
 復元はレプリカに過ぎないが、地下遺構は、埋土一握り、みな本物なのである。

 屋形復元のため発掘でもしようものなら、遺構の配置を知るため全面発掘されかねない。
 それで何かわかっても、同じ遺構の図面を見ながら、専門家によって地上造形物の形が全く異なることもある。
 構造の他にも、部屋の配置、使われ方などで、識者の意見は割れる。
 予算が組まれても、城復元が難航することになりかねない。これは、実際あった話である。
 史料不足のまま、大きな建物復元することは、困難を極める。
妥協し、何か出来てもそれは不確かで、”本物の価値を伝える”と言う、史跡本来の理念にそぐわない。
   
 近世の城とは違い、中世の春日山城は、文献も絵地図も少ない。
 全国を見ても、中世・山城建造物は皆無で、石垣ですらそう多くない。

 私は、今年3月に謙信公ゆかりの能登・七尾城を訪ねた。
偶然この時期に行くことになったが、今考えると貴重な体験になった。 
 2007年3月25日、七尾市は震度6強の激震に見舞われた。能登半島地震である。
 資料館で、大きく崩落した石垣の写真に目を奪われた。
 七尾城跡の石垣は戦国時代の工法野面(のづら)積みで、石一つ一つが国の貴重な文化財である。
 
 崩落石とその周りの崩れていない石にも、みな墨で番号がふられた。
 崩れた2ヶ箇所の石垣のうちひとつ、「桜馬場」では崩落した95石中、破損した8石を除き補填している。
 崩落前の写真やレーザーによる計測を元に、正確に積み直されたのである。
 先進技術を駆使し、石の向きまで再現した修復に、大変感銘を受けた。

 文化財は、長い年月の中で、災害、戦争など人災を回避して、先人達の努力によって奇跡的に今日、見ることが出来るのである。
 
 保護されるべき史跡は、最小限の発掘範囲で、整備に必要な情報を得ねばならないだろう。
 新たな発見があれば、途中で計画変更になるかもしれない。
発掘・調査記録は終わってからでなく、進行中から公開していただきたい。
インターネットで、公開していただけるとなお嬉しい。

 現在の春日山は、廃城後、生えた樹木、植えた樹木がほとんどである。
史跡保護のために伐採する地域、または現在の環境保全のためそのまま維持しなければならない地域があるだろう。
 伐採により、遺構が壊れることもあるので、慎重にお願いしたい。
 
 既に発掘した地層の中から、植物遺体(植物の種や花粉、枝)が出ているはずだ。
 これと同じ種子を、山に植えてはどうか。
謙信公がご覧になった、花々が見られるかもしれない。
 ただし、計画書にもあるよう、生態系を壊さないよう、国産種子でなければならない。
 このように植生復元ひとつとっても、気の遠くなるような作業と年月そしてお金が必要なのである。

 私はこれまで、春日山の深い森に入る度、謙信公の気配を感じてきた。
木々のざわめき、鳥の声に、ふと、とうの昔に亡くなった城の主の声を聞くのである。
 植物にも、生物にも、万物にはすべて、命が宿る。
謙信公の遺した春日山ではぐくまれた命を、幾度なく繰り返し、繰り返し、今に伝えてきている。
人も生まれ、また土に帰る。

春日山の豊かな自然に守られ、いつまでも、謙信公の御霊が安寧であられますよう、願ってやまない。

いづな薫                            下記に追記。

【2010.05.21 Friday 09:50】 author : いづな薫 
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追記
私は、家族を愛するように歴史が好きだ。
中でも、謙信公は格別である。
今回の史跡計画書の感想が、大変長い物になった事をお許しいただきたい。
これでもずいぶん削ったが、要約しなかったら、軽くP100を超えただろう。笑 

 先月末このこと知ってから、自分の考えや、過去に見聞した史跡の記憶を呼び起こして書いたメモは、
ノート1冊分に及んだ。

  私の申し上げたいことは、ただひとつ。
 ”春日山城と、周囲の自然環境の保全”にある。

 今までも、これからも決して変わらない。
  
「史跡としての価値を損ねることなく、未来へ伝えることを第一義」と、市には仰っていただいている。
上越市や米沢市では謙信公の精神・遺訓を学校で学んでいるが、今大人の世代も、子供達の世代も、
春日山城址や、文化財を守っていく人材が増えることを願う。

 これまで、一緒に考えて下さった戦国カフェ読者みな様、滝沢様、上越市に深く感謝申し上げ、結びとします。

【2010.05.21 Friday 09:30】 author : いづな薫 
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情報公開していただきました。
「春日山城跡保存管理計画書」情報公開が行われました。

多大にご尽力下さった上越市議滝沢さま、早速公開して下さった上越市、そしてご一緒に考えて下さった皆様のおかげです。
皆さまの迅速なご努力に正直、感銘を受けました。感謝申し上げます。
 
 P100ほどあるそうなので、私も拝見するのに、時間がかかります。

 私は近頃、年度初め多忙のため深夜過ぎに帰宅です。
ネットでこの問題に目を止めてから、少ない自由時間で寝られないほど心配し考えました。
 昨日滝沢様よりのご説明、計画は史跡保護のため為されること、本日の市の公開内容にも、要望をご検討下さると言う点、大変評価しております。
 計画書を拝読しないと、意見書が必要かどうかわかりません。
ひとまずブログでは、春日山問題は休戦したいと存じます。

赤りんご ご協力、ご意見・アドバイスをいただいた多くの皆様、おひとりおひとりに、いづな、心よりお礼申し上げます。

以下、滝沢様よりのメッセージです。

上越市生涯学習推進課担当者と先ほど話をしました。結果、市は、平成21年3月にまとめた「春日山城跡保存管理計画書」を全ページ公開することを決めました。
早ければ一両日中に遅くても連休明けには、全100ページほどにわたる計画書を読むことができます。図などもすべて掲示するそうです。
また市としての皆さんへのご返答を800文字〜1600文字くらいでまとめ示してほしいという要望にも、担当者は前向きに検討するとおっしゃっていました。
情報発信とまでは言えませんが、情報公開とはなります。
恣意的にならないよう、客観的な情報をまず見てほしいとの事です。

上越市のホームページから入れます。http://www.city.joetsu.niigata.jp/

上越市のホームページは、本当に見づらいのですが…
トップページ>教育・生涯学習・スポーツ>文化財>史跡春日山城跡保存管理計画で入って行ってください。
ただ、「文化財」以下は新設ですので、今はまだありません。

【2010.04.30 Friday 23:33】 author : いづな薫 
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上越市議の滝沢さまより、コメント賜りました。
上越市議会議員の滝沢いっせいさまより、貴重なコメント賜りましたので、ご紹介させていただきます。
史跡保護を望むにはどうしたらいいか、判断の指標になり、ご説明、大変ありがたく存じます。
滝沢さま、心より感謝申し上げます。

私は、本日仕事なので、詳しくはまたコメントいたします。

           植物 植物 植物

こんにちわ、上越市議の滝沢いっせいです。

皆様のいろいろなご意見を読ませていただきました。春日山や謙信公への熱い気持ちが伝わってきました。ありがとうございます。地元の者として、感謝します。

ひとつお願いがあります。上越市に春日山保存復元の「計画書」があります。その正確な内容を把握したうえで、市長なりに抗議されてはいかがでしょうか。
じつは市の担当者からは「滝沢が正確に記述しなかったから、誤解が生じた」的なニュアンスで、やんわり抗議されました。
たしかに正確な情報を確認する必要がありましたね。
この連休に再度計画書をしっかり読み込んでみようと思います。

いま分かっていることは、「基本的に館などは造らない」「現在山を覆っている杉は戦争前後に植えられたもので近年商売にならず放置されてきた」「手を入れずにいればやがて木が土塁等を破壊する」「すでに土塁や空堀を崩している木々を伐採し、整えている」「昭和になって作った道を廃止し、かつての道を整備する」等々です、正確ではありませんが。
また観光のために事業を進めているという誤解がありますが、そうではありません。史跡を保つための事業だということです。いろいろな思惑をもっている方もいることはいるのでしょうが、少なくとも市の担当部署「生涯学習推進課」は観光のために強引な開発をしようとは全く思っていないでしょう。
時のながれとともに「ただの山になっていく」のも一つの在り方という考え方もありますが、謙信公がいらっしゃった時代の山容を、史実に基づいて最低限保とうとする事業は、一概に否定されることではないと思います。
また、これまでいただいた意見を読むと、「史跡の保存の在り方」と、「緑を守るかどうするか」ということが、混同されて議論されている気がします。
皆さんの思いに共感するところもあります。誰もが納得できる「保存・復元」が実現したらいいですね。あっ「復元」がまずいのか・・・これからもよろしくお願いします。

【2010.04.29 Thursday 12:12】 author : いづな薫 
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春日山城問題
この度の春日山城伐採問題で、いろいろご意見、ご尽力をいただいております。
コメント下さった方、ご自身のブログに書いて下さった方、市に陳情して下さった方、実際見に行って下さった方、皆様に心より感謝申し上げます。

現在情報が錯綜しており、市の1日も早い正確な情報公開を望みます。
公開後、皆様、またご一緒にお考えくださいませんか。

私も、また考えをまとめてここにまた記したいと思います。
只今、仕事終了が深夜を回るため、コメントのお返事遅れております。
必ず、お返事申し上げますのでお待ちください。
申し訳ございません。

皆様にいつも感謝申し上げます。

いづな薫

【2010.04.28 Wednesday 12:53】 author : いづな薫 
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春日山城が、はげ山 その3

謙信公が植樹した、458年前の桜の下で、いづなはのんきに花見をしていたわけではない。
 謙信公に心酔した同志・越後義太郎様、かめこ様と共に、春日山城伐採、復元計画をどう抗議するか、話し合った。
 新潟から神奈川から東京から、新幹線でやって来た。

上越市長や市宛てには、陳情書を出しますが、

 伐採復元を望む行政(市や県)に有効に訴える方法があったら、教えて下さい!
 どなたに訴えたらいいか、などです。
メール等で意見を書いてもいいよ、と言う方も募集します。短くて構いません。

 春日山城伐採、復元反対とお考えの方で、ブログ運営される方は、ご自分のブログに数行でも記事として書いていただけませんでしょうか。
 春日山城にいらしたことのない方でも、良いんです。

 インターネットは、どんな人でも出来る意思表示方法です。
声を上げないと、意思は伝わりません。
 何卒、よろしくお願い申し上げます。
 そして、既にブログ掲載および上越市に陳情して下さった皆様がいらっしゃいます。
 ご協力いただいき、厚く感謝申し上げます。


 北陸新幹線開通に合わせ、客寄せのために、木を伐採し、復元城を作ることは、長い目で見れば特にはならない。
 新幹線開通ブームで人が来るのは、せいぜい1年である。
歴史が好きで来る人々は、復元ではなく本物を好む。
本物の城がなければ、土台だけでいい。
現代の建物が建つよりは。
 ブーム到来前から私は史跡に行って来たし、ブームが去った後も、行く。史跡、遺跡が残されていればだ。
山の木を切れば、多大な保水力を失う。
新潟は地震が多く、雨も多い。
災害対策、環境破壊の面から考えても、良いことではない。

 春日山近所の埋蔵文化センターで、CGでも見せてくれれば十分だ。
どうしても復元物が欲しいのなら、近隣の空き地に、一部復元して、城から遠いリージョンプラザにある、みやげ物店を移転してはどうだ。
 
 箱物行政と言う言葉がある。箱物とは、博物館、体育館、劇場、など施設を総称する言葉である。
以前、日本各地に博物館を競うように作ったが、今、シャッターが閉まり、入館者ゼロの博物館があると言う。
 利権が絡み建設されたんだろうが、結局税金の無駄遣いである。

 歴史ブームは、長い間は続かないと私は思っている。
歴史は、奥が深く史料は膨大だ。
それらまで読み解こうとする人間はそう多くはない。
もちろん、ゲームから歴史好きになりました、でも良いのだ。
 ただ、史料・史跡は、その時の流行によって保存に影響があってはならない。破壊などもっての外だ。

 春日山城復元事業は、史跡と環境の破壊だけが残る。
 
 博物館に入っている宝物が古くて汚いから、ペンキで色塗ったり、壊して新しい物を作りました、と言っているのに等しいのである。

【2010.04.26 Monday 10:50】 author : いづな薫 
| 春日山問題 | comments(6) | trackbacks(0)|
春日山城が、はげ山 その2
 いつも熟睡する私が、昨夜は春日山城のことが心配で寝られなかった。

昨日から今日にかけて、メールやコメントを多々いただいた戦国カフェ読者皆様には、大変感謝申し上げます。
 皆様、少なからず衝撃を感じていらっしゃる。
読者様&お友達は、歴史が好きで造詣も深く、当然と言えば当然である。
 
今回の「春日山騒動」で、思い出したことがある。
明治初期、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)と言う現象が、日本にあった。
宝物を含む仏像・仏具が、公然と破壊されたのである。

その時の、奈良興福寺の堂内の写真を見たことがある。
今、大人気の阿修羅は、あの優美な腕が2本ボッキリ折れたまま修理もされずに放置
されていた。(折れたのはもっと前の説あり。)

興福寺は、春日大社と合併され、僧侶は神主になった。
興福寺の五重塔は、わずか25円で売り出されている。
文化財的価値は考慮されず、材料の材木と金具の値段が付けられた。

姫路城は、23円50銭だった。(今の金で20万位。)
神戸清一郎と言う人物が、風呂の薪(たきぎ)か瓦に使うためで、落札したが、解体が大変なので、引取りを放棄している。

 大阪に、蘭学医緒方洪庵の適塾という建物が残る。
橋本左内、福沢諭吉、大村益次郎など、偉人を輩出した塾である。
これが、大正年間に、道路拡張のため、建物が一部切り取られた。
道路のため、文化財を壊したのである。

 満足に食べられない時代は、文化財は大切にされない。
明治初期、日本は世界の中でも貧乏国で、外貨獲得できるものは、生糸と美術品ぐらいだった。
 江戸時代末まで伝わった宝は、ずいぶんと海外に流出してしまった。
 太平洋戦争後、また宝物は離散する。
 日本人は食うか食わずのゼロからスタートし、現代はようやく宝物を大切にし、鑑賞できる時代なのである。
 文化財の維持は、平和と暮らしの豊かさが不可欠である。
 その豊かな現代で、史跡を作り変える事業を決めたことに私は驚愕した。

 文化財は、大きく分けて2つある。
古文書などの文字資料と、物史料である。
人の記録した文字は、内容は膨大だが、残念ながらすべてが真実とは言えない。
しかし、物史料は、裁判における物的証拠にあたり、真実は動かしがたい。
 春日山城跡は、謙信時代の遺構(物的証拠)は土塁くらいしかない。
だからと言って、大規模に工事するのは如何なものだ?!

 ちょうど480年前ここに、謙信が生まれ、生き、その
波乱に満ちた生涯を終えたのだ。


 私にしてみれば、土一握り、草一本愛おしい感じがする。
 
 もし、春日山城跡が国宝や重要文化財なら、このような問題は持ち上がらなかっただろう。
 残念ながら、城跡は、国宝や重要文化財の指定対象外である。

 国宝や重文でなくても、春日山城は守るべき文化財である。
壊してしまったら、取り返しが付かない。
遠い年月を経た文化財は、人々の努力と偶然の幸運が重なり合い、今、奇跡的に見ることが出来るのだ。
 私たちは、今あるものを壊さず、次世代に伝えねばならない。
  
 北陸新幹線開通に合わせ、客寄せのために、史跡を壊すことは、長い目で見れば特にはならない。
 新幹線開通ブームは、一過性だ。
 
 私は、あちこち史跡を歩いているが、交通の便の良くない所に、極めて保存の良い山城があったりする。
 開発して壊すなら、永久に春日山城を忘れ去って欲しい、と思った。

【2010.04.22 Thursday 23:24】 author : いづな薫 
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春日山城が、はげ山
 昨年から、気になっていたことがある。
謙信の城・春日山城の木が無残に伐採されていることだ。
何でこんなことをしたんだと、嘆いた。


そして、その答えの記事を読んだ。
伐採計画は、上越市のものである。
大正時代の春日山城の写真があり、それがはげ山だと言う。
それに、近付けるため伐採していると言う。やるなら徹底的にやりたいと言う意見も拝見した。

 何のために、長い歴史におけるそんな最近の写真に近付けようとしているのだ!?
 一説によると、謙信時代、木は生えていなくて、土に塩を混ぜ硬い土塁を作っていたという。

 北陸新幹線開通にあわせ、春日山城・建物そのものの復元の動きもある。
 はげ山にして謙信時代の塩土塁を造り、復元の城を建てても、それはまがい物でしかない。
 私は、これらの動きには、大反対である。
涙が出るほどの憤慨と、言っても良い。

謙信の城跡に、新たに重機が載るのを考えただけでもぞっとする。

  また、春日山城の近くに、上越市による廃棄物処理場設置計画があるという。
 春日山付近は、良い水がたくさん湧く。
 謙信時代の大井戸も、いまだに城の頂上近くに健在である。
大井戸は、周りの山に降った雨水が地下水となり、長い年月をかけて春日山にサイフォン式に湧く。
 遮水シートを施すと言うが、それが破損し地下水に染み込んで、この先何百年と言う長い間に辺り一帯が汚染されないと、言えるのだろうか。
 処理場の建物は、景観的には、良いわけがない。

 私は数え切れないほど、春日山城に行った。歴史好きの友人や、家族と共に、またはひとりでである。
 そんな物が建ったら、新幹線の高い交通費をかけて行かない。ホテルにも泊まらない。
 きっと、おうちで泣いている。
汗
 私の周りには、歴史好きが山ほどいるが、歴史に精通する人間ほど、現代の復元を望んでいない。
 
 風林火山の謙信以来、春日山城の観光客がぐっと増えたそうだが、「苦労して登ったのに(山はわずか180m)謙信の人生も分からないし、城もない。」と言う意見があるという。
 正直、来ないで下さいと申し上げたい。
山のあちこちにに置かれた説明版は、親切すぎるほどである。

 先日、金沢城のガイドさんと話す機会があった。
お城の敷地に入って来て、「お城はどこだ?」と聞く人がいると言う。
天守閣のみ、お城だと思っているのだと言う。

 市や県は、目に見えるお城を建てるのではなく、歴史保存に対する正しい理解を広く求めることこそ重要である。

 奈良の大仏は、出来た時は金箔が施されていた。
今は、銅の地色をさらしているが、金箔を貼り直すのか!?
 古墳は、木が鬱蒼と生えているのが多いが、出来た当時の姿にするため、木を伐採するのか!?

 自然風化したのなら、崩壊の恐れで保存修理が必要でない限り、人の手を加えるべきではない。
 
 長い年月をかけて、生えた樹木を一時の都合で伐採していいのか。
風化もまた貴重な歴史である。
 復元したいのなら、CGで十分である。

 史跡を、アミューズメントパークにしてはならない。
ディズニーは夢の世界だが、歴史的名所は現実の世界なのである。
博物館所蔵物、遺跡すべてそうだ。

 本物を通して、そこに生きていた人を知りたいと思うのである。

【2010.04.21 Wednesday 22:19】 author : いづな薫 
| 春日山問題 | comments(14) | trackbacks(0)|
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