大河ドラマ 龍馬伝 幕末 古代 上杉
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戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
小龍景光


特に説明もいらない、超有名な刀。女子たちの間ではすごい人気です。
小龍景光。
長船景光作 14世紀 国宝
楠木正成が佩刀したことでも有名。

直刃に逆足の入った刃文で、景光の傑作。
表裏に棒樋が入り、表に倶利伽羅龍、裏に梵字が彫刻される。
小龍の名前は、この龍の彫刻から。

【2018.12.15 Saturday 09:35】 author : いづな薫 
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光忠


長船光忠 13世紀 重要文化財
長船光忠作

これも、特に説明のいらない超絶人気の名刀。笑
景光のじーちゃんです。長光のパパ。
光忠は、小板目の地鉄に、蛙子丁子(かわずこちょうじ)の交じった刃文を焼くのが特徴です。
華やかですね〜。
織田信長が、この光忠が大好きでたくさん集めていました。

私も、光忠好きです。

【2018.12.09 Sunday 09:41】 author : いづな薫 
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太刀 豊後行平(ぶんごゆきひら)


太刀 豊後行平(ぶんごゆきひら)平安時代〜鎌倉時代(12〜13世紀)
豊後行平作 東京国立博物館

小切先で、美しい立ち姿、当時の九州鍛冶に比べ、刃文が冴える。
行平は、豊後の国(現、大分県)で活躍した刀工で、英彦山(ひこさん)の僧鍛冶定秀(じょうしゅう)の弟子と言われる。

銘を佩裏に切ることでも有名。
豊後行平は、鶴とかの彫刻を刀身に残す。
独鈷など仏教関連でない彫刻を残すのは、この時代、行平以外例を見ない。

【2018.12.07 Friday 09:26】 author : いづな薫 
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京のかたな 来派その2


来国俊の子供や門人たち

来派の巨匠、来国俊の門人たちを見て行きたいと思います。

まず、来光包(らいみつかね)
言い伝えに、比叡山延暦寺の根本中堂にこもり祈願して作刀したとあり、「中堂来」の呼び名があります。
太刀は、未だ見つかっておらず、短刀では伊達藩、徳川家、福井松平家に伝来したものがあります。
今回、「京のかたな」で展示されたものは、伊達家伝来の光包(みつかね)です。
光包(みつかね)は異色の刀工で、来国俊に師事する前は、長船長光に刀を習ったと言われます。
現に、伊達家や松平家伝来の刀は来派ににて直刃であるのに対し、徳川家伝来のは長光や景光に似た乱れ刃です。


了戒(りょうかい)
来国俊の17歳の時の子。若いとーちゃんだな。
了戒がお坊さんみたいな名前なのは、出家しているからです。
太刀も短刀も作風が、父親の来国俊(三字銘)にとても似ています。
小板目、柾目心が交じり、白気(しらけ)のような映りが見えます。
典雅で美しい直刀も、小丸に返る帽子も父来国俊をほうふつとさせます。


来国次(らいくにつぐ)
鎌倉時代以降、お世継ぎが生まれると刀を献上するのが武家の習わしでした。
その刀に選ばれるのが、これ来国次(らいくにつぐ)です。
守り刀と言うだけでなく、「国を継ぐ」と言う意味合いがあります。
来国俊の弟子です。
鎌倉時代末期の名工です。

太刀は少なく、短刀、小脇差が比較的現存しています。
世継ぎに献上された刀も、短刀が多いです。

地刃の沸(にえ)が厚くつき、地景が現れ、刃文は直刃小乱れが交じり、足、葉盛んに入ります。
相州伝の特徴を表しています。
相州の正宗十哲の一人に数えられ、「鎌倉来」の称号があり来の中では一段高い評価があります。
正宗十哲とは、山城から来国次と長谷部国重、美濃から兼氏と金重、越中から義弘と則重、石見から直綱、備前から 兼光と長義が鎌倉の正宗の元にやって来て師事したとなっています。
しかし、元寇と言う未曽有の大事件の後に、各地から名工たちが実際にやって来るのはちょっと無理があります。

元軍の柔らかい革鎧と闘える刀を作るため、各地の刀工たちが、みな研究した結果出来た刀が、高温焼き入れに沸(にえ)出来の刀だったのかもしれません。

【2018.11.05 Monday 20:27】 author : いづな薫 
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京のかたな 来派その1


京のかたな展に行って参りました。

京のかたなと言えば、「来派」でしょう。
鎌倉時代初期〜後期に渡り、京で栄えていたのは粟田口派です。
粟田口派に代わり出て来たのが、来派です。
渡来人系の刀工たちと言われてきましたが、近年の研究では確たる証拠が乏しく、研究が待たれる所です。
鎌倉時代中〜後期から南北朝時代にかけて、発展しました。

来派の祖は、国吉と言います。
国吉の孫が著名な、国俊です。
「国俊」と、二字銘に切る場合を「二字国俊」と呼びます。
また、三字銘「来国俊」と切ることも有ります。
昔から、これは同じ人物だ、いや違う人物だと論争がされています。
作風も違います。

前者の「二字国俊」は、身幅が広く、猪首切先(いくびきっさき)で備前一文字のような丁子刃を焼く堂々たる姿です。
一方、「来国俊」は細身で繊細な太刀姿で、刃文も直刃か小さく乱れるものです。
来国俊は、見た目が総じて優美なのです。
短刀だと、まっすぐな体配で非常に洗練されていてエレガントです。
確かに別人説が生まれて来そうな出来なのです。

ただ、長船長光なども人生の前半後半では作風が変わってきており、時代のニーズに合わせて作風を変えたという説も撮れるのです。
時代のニーズとは何か。

時は鎌倉時代です。
元寇がやって来たのです。
元の兵士たちは、革の鎧を着ています。
それまでの日本刀は、固い大鎧と戦うためのものでした。
元軍の鎧は柔らかい革で出来ています。
これまでの日本刀は、幅広、猪首切先(いくびきっさき)で、刃の断面図は蛤刃(はまぐりば)と言われる丸みを帯びた豪壮な形をしています。 これでは、元軍の革鎧は切れないのです。
刀の技術革新が必要になりました。
元寇直後以降の太刀は、身幅尋常、切先が尋常か細くなるかし、刃も薄くなってきます。
これまでの高低差の目立つ丁子刃は無くなって行きます。
まっすぐとした直刃か、小互の目(こぐのめ)交じりや、直刃に足入りのものが俄然増えて行きます。

革新に成功したのは、相州の正宗です。
正宗の技術は、全国に伝播していきます。

元寇は、日本刀を一変させた事件であったのです。

その2につづく。

【2018.11.03 Saturday 17:03】 author : いづな薫 
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京のかたな 吉光
京のかたな展に行って参りました。

京都ゆかりの刀、刀工の作品を183振りも集めた大規模な展示会です。

お客さんの、9割以上は女性です。
刀は、そのうち女性の趣味と言われるようになるでしょうね。
かつて、男性の武士のたしなみであった茶道が今女性が多いのと同じにです。

まず、粟田口藤四郎吉光。
粟田口は、京に入る口の粟田口に住んでいたからです。粟田口派と呼ばれます。
粟田口は、京の町のはずれ、街道の出入り口にあたり、で、古くから刀工たちが移り住んだ土地です。

粟田口吉光は、短刀の名手で、名工中の名工です。
同じく刀工の左兵衛尉国吉の子とも弟子とも伝えられます。
国吉は、号「鳴狐」の作者ね。

吉光の刀は、身幅尋常、輪反り風の中切先、地沸(じにえ)厚くつき、明るく冴えます。これだけでもかなりの名刀だと思ってください。
二十刃もあり、浅くのたれて帽子は小丸に返ります。

吉光は、江戸時代、「天下三作の筆頭」に挙げられます。
後の2作は、正宗と郷義弘です。
正宗は、刀の代名詞とも言われるあの正宗です。
いかに吉光がすごいお分かりいただけるかと思います。

江戸時代、徳川吉宗の時代に、「享保名物帳」と言う、名刀のリストが作られます。
その中に、続に言う「名物」と呼ばれる名刀が載っています。 多くは大名家に秘蔵品でした。

この享保名物帳の中に、吉光は16振り掲載されています。
享保名物帳の中には、「焼失の部」と言う項目があり、本能寺の変や大坂の陣、明暦の大火で焼失して無くなってしまった物があります。 
この焼失した物のうち、18振りが吉光でした。

数々の受難を経た現在でも、吉光の名刀は現存しているものもかなりあります。

上杉謙信が、正親町(おおぎまち)天皇から下賜された「五虎退」や、包丁藤四郎、後藤藤四郎、平野藤四郎、鯰尾藤四郎、秋田藤四郎などがあります。


【2018.11.01 Thursday 17:00】 author : いづな薫 
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読書の秋


読書の秋ですわ〜。
と言っても、最近見て来た刀剣を作った刀工の本を読んでいます。
刀剣の解説書は、古い書の方が断然優秀です。
古書をオークションで落としたり、国会図書館に通ったりします。

刀剣は、姿で時代が解り、地鉄(じがね)で産地が分かり、刃文で刀工がわかります。
解説文が無くても、刀剣は雄弁に語りかけてくれますよ。

「私はどこで生まれ、誰が作ってくれたか、誰に愛されたか。」

数ある文化財の中で、国宝・重要文化財の中で、多くをしめるのが刀剣です。
博物館の人気コーナーでもあるので、皆さまも刀剣に親しんでみてはいかがでしょうか。

【2018.10.02 Tuesday 14:38】 author : いづな薫 
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国宝太刀山鳥毛、公開


上越市と大いに関係のある私としては、悲喜こもごも思いがあるが、
やはり、この太刀凄い太刀だと思う。
とにかく光がすごい。きらめく。刃先の変化と言い。
刀の知識が深まれば深まるほど、山鳥毛の凄さが身に染みる。
名刀は名将を好む。
山鳥毛に愛されたお屋形さまって、う…ん。

【2018.08.31 Friday 21:11】 author : いづな薫 
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古備前友成

この刀工、友成は備前の人で、京の三条宗近、伯耆国安綱と合わせて日本三大匠といわれる名工である。
平安時代・12世紀。東京国立博物館蔵。
鎬造り、庵棟、表裏には角止めの棒樋。樋はすっと消える掻き通しが最も古く、次が角止め→丸止めである。
時が経るにつれて、加工の困難な丸止めが行われた。

表棟よりに「備前国友成造」の銘が刻まれる。

【2018.05.18 Friday 12:49】 author : いづな薫 
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一文字吉房


東京国立博物館で、国宝、一文字吉房を見て参りました。
鎌倉時代13世紀

備前国福岡(現在の岡山県福岡市)で、作刀した一文字派の吉房の作品。
一文字派の中でも、最も華やかと定評のある吉房である。
広い身幅に、華やかな刃文を切先から刃区(はまち)近くまで焼き、豪壮華麗な太刀である。
備前刀の最も成熟した形で、中でもこの作品は秀作である。

【2018.05.16 Wednesday 14:24】 author : いづな薫 
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かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

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