大河ドラマ 龍馬伝 幕末 古代 上杉
since 2007.5.21 おんな城主直虎 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
おんな城主直虎 「井伊家最後の日」 &最近の不倫報道

直虎は、龍雲丸と結婚したの?
直虎は、井伊の姫→僧侶→殿→盗賊の女房になったの?

面白い展開である。
歴史上の人物が、架空のオリジナルキャラと夫婦になりおった。笑
まあ、架空キャラとのロマンスはこれまでの大河でもあったので別段珍しいわけではない。
直虎には、直親より政次より、龍雲丸が似合う。
彼が1番生きる力があり、一緒にいて楽しそうだ。

小野政次が人気で、壮絶な死に方したので、「政次ロス」なんて言葉まであるそうだが、電〇とかが作ったのかね。
政次がラストまで生きていると思っていた視聴者もいるそうだ。
直虎と政次の対立と抗争は事実なので、私はどうにも政次にはまる事が出来ない。
歴史上の小野政次は、井伊に苛烈な人物である。

政次に迫害されていた直虎が徳川につき、直虎の言い分を徳川が受け入れたため、政次は実子と共に処刑されている。
間接的に、直虎が死に追いやったとも言える。
だから、ドラマでも直虎が政次を刺し殺したのか。

女性が主人公の大河がこれまでいくつかあったが、その中では今回の直虎が1番良いと思っている。
今に生きる人に合ってもいる。

直親、政次、これまで直虎を愛した男性たちは早死にしてしまったけれど、龍雲丸は丈夫そうだ。
「あんた(直虎)を置いて行ったりしませんでさね。」
って言ってたし。

武田信玄、北条氏康が死んで大喜び。
氏康死後2年で信玄もあの世行きなんだが。

直虎、しばらくぶりの感想だが見ていることは見ている。
猫のにゃんけいさんが好き。


現代社会では、最近山尾しおり議員の不倫でマスコミが大騒ぎである。
今井絵理子議員の不倫の時も大騒ぎ。
議員経費で不倫していたのなら問題だが、プライベートがどうであれ国民のために懸命に働く議員がいい。
山尾議員は、安倍政権追及の立場にあるのだから、何かあれば人物破壊され議員生命を奪われかねない。
脇が甘かったのではないか。
マスコミのスキャンダル記事はことに女性に厳しい。
不倫記事は、金もかからず視聴率も取れるのでメディアが好んで報道する。
先日、女優の結婚&懐妊でCM違約金10億円なんての記事もあった。
メディアはスポンサーに逆らえない。
スポンサーに迷惑になる人物は叩き、そしてスキャンダルは格好の視聴率稼ぎが出来る。
テレビは面白い番組を作る力を失い、メディアは権力監視もしない。
ワイドショーどころかニュースで芸能話題を報道するから驚きである。

芸能記事が異常に多い国が日本である。
国際ニュースが本当に少ない。
芸能記事があふれ、ニュース自体も真実を報道しているとは到底言えない。
 



【2017.09.11 Monday 16:10】 author : いづな薫 
| おんな城主直虎 | comments(0) | trackbacks(0)|
おんな城主直虎「ぬしの名は」「虎と龍」
このドラマ、歴史上の著名人が少ない代わりに、庶民、民衆の生活が良く書かれていて興味深い。
大河ドラマは、歴史上の有名人を描く場合が多いが庶民の歴史も面白い。
私は歴史の中でも、経済史が大好きで民衆の歴史に関心がある。

日本で綿生産が始まった頃だったり、木の伐採が昔の道具で行われている。
ドラマで、直虎が挽いていた2人引きののこぎりは「大鋸(おが)」である。
おがくずは、おがで挽いて出るくずだから「おがくず」である。
でも直虎の使う「2人引きおが」はちょっと型が古い。井伊が田舎だと言う設定だからか。

大鋸(おが)は室町時代に中国から伝わったものである。
のこぎりの周りに木の枠をつけて二人で、交互に挽いた。
枠鋸である。
室町以前、製材しようと思うと楔や鑿(のみ)を打ち込んで、縦木目に合わせて割いて割った。
これを打ち割り法と言う。
縦木目のはっきりしたまっすぐな木が必要だったが、大鋸(おが)の出現により、けやきや松も建材に使い始めたのである。
室町時代と言うのは、革新的技術がたくさん現れた時代である。
現代の造船の原型が出来たのもこの頃である。

直虎の時代、既に1人用のおがが出て来ている。
大きな片刃のこぎりで、1人で引く。
おがを1人で扱えるようになって、当時の日本人たちは大きな船を作り出したのである。
大きな船を造り、荷を運び、海運業が発達し始めた。
当時は、太平洋側よりも日本海側航路の方が発達している。
それでも、伊勢湾航路は大変な利益を上げていた。
伊勢湾利権を争っていたのが、織田家と今川家である。
桶狭間の戦いは、経済面から見れば伊勢湾利権の争奪戦である。

もうすぐ、ドラマで織田信長が出て来るようだ。
信長の父親信秀は、守護代であったが金儲けの上手い人であった。
信長が自分の旗印に、永楽銭を並べたのも銭の力を知っていたからである。

直虎のドラマで、龍雲丸の手下に船を操る者がいると直虎が話していた。
当時、木の伐採技術を持っていたり、船を操れる人々は大変なハイテク技術者である。
あちこちの戦国大名が、その才を欲しがっただろう。
泥棒にしておくのは全く惜しい。
龍雲丸一味は、創作のキャラクターなので、この先どうなるかは脚本次第である。

龍丸は、商人が納める商業都市気賀の人で武士の子と言う設定だそうだ。
親が戦で死んだ、戦災孤児だそうだ。

龍雲丸の手下でむしろでこしらえたゴーグルを付けた人がいる。笑
民衆の生活、衣装なども凝っている。



【2017.06.07 Wednesday 15:07】 author : いづな薫 
| おんな城主直虎 | comments(2) | trackbacks(0)|
おんな城主直虎「罪と罰」
龍雲丸は、どうやって逃げたのだろう。
仲間がたくさんいるから、壁掘りしたのかもしれないが。
ふと、便所の穴から糞まみれになって逃げた、同時期の山中鹿之助 (山中鹿助、山中幸盛)を思い出してしまった。笑

山中鹿之助の主君は、尼子義久である。
尼子氏が滅亡してしまい、山中鹿之助は、尼子家再興に奔走することになる、
尼子家再興のためならば、「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈っちゃったりする。
この人、出雲や鳥取あたりで戦を繰り広げていたが、末吉城(鳥取県西伯郡)で降伏。
現、尾高城(鳥取県米子市)に幽閉された。
牢の中から「腹が痛い、赤痢になった」と言い繰り返し厠に行った。
牢番を油断させておいて、便所の穴から糞まみれで逃げて行ったと言う武将である。
この人の子孫は鴻池財閥となり、三和銀行になり今は三菱東京UFJ銀行に吸収されている。
そういえば、三菱東京UFJ、名前変わって三菱UFJになるんだよね。

ドラマでは、武田信玄が、今川との軍事同盟を破棄して今川氏真が大慌て。
復活した寿桂尼が、恩知らずの松平元康(家康)と結べと言っていたが、無駄無駄。
松平元康は、今川とは結ばない。
武田信玄は長男義信を廃嫡、幽閉しその妻(氏真の妹)を今川に返す。
信玄4男の勝頼を跡取りにして、織田信長の娘と婚約させる。

今川は義元の師で軍師だった雪斎が死に、義元が殺され、寿桂尼も死にどんどん弱体化する。
後に、家康が天下人になった頃のことである。
家康の前に、宗襦覆修Δん)と名乗る老人が現れた。
この老人こそ、かつて家康が人質に行った先の今川氏真であった。
戦国大名としての今川家は武田信玄の侵攻により滅んだが、
後年、氏真は京都で歌人として名を上げていた。
氏真は、まだ戦国大名だった頃、冷泉為益(れいぜい ためます)を師匠として和歌の道をきわめている。

時を経て、家康と対面した氏真は、歌道論をぶち上げ、自分の歌人としての才能を自慢した。
ここら辺が、根っからのアホなのだろう。

家康は、「歌道の理屈をこねるより、感じたままを歌に詠めば良い。」と言った。
そして、家康はこうも言った。
「歌道を学ぶ時間があれば、武道を学べばよかったのに。
そうすれば、和歌に夢中になり、国を失うことはなかった。」

今川氏真、武将になり切れない所があり、家が滅んでも命永らえたが、
大国だった今川領を失った。

【2017.05.15 Monday 16:21】 author : いづな薫 
| おんな城主直虎 | comments(0) | trackbacks(0)|
おんな城主直虎「消された種子島」
小野政次が、ドラマの中で近頃井伊家乗っ取りの野心をむき出しにしている。
以前は、直虎の立場も安全も慮っていたが最近なくなったようだ。
直虎の統治を認めた今川の寿桂尼が倒れた。
その時から、小野の野心が目立つようになった。
小野政次はその父と共に、井伊直満(直親の父)、直義(直親の叔父)そして直親も死に追いやったにもかかわらず、
未だ井伊家を乗っ取ることが出来ない。

そして、その策謀はしつこく続いている。
ドラマで、小野は直虎の鉄砲極秘製造を今川に言いつけると言い、直虎に領主の地位を譲るよう迫った。
先日は、徳政令で直虎が小野に苦しめられた。
徳政令はまた蒸し返され、直虎はやがて領主の地位を譲らざるを得なくなる。

小野政次には、結託している仲間がいる。
蜂前(はちさき)神社の祝田禰宜(ほうだねぎ・神主)である。
神主と言っても、神職のみだけでなく高利貸しで利益を上げている。
当時の神社仏閣は、こんなのが多い。

沢山資産を持ち金を貸して、5割超えの高い利子を取る。
金融業のほか、冠婚葬祭、農具、種もみの購入、お伊勢参りなどの旅行代理店と幅広く何でもやる。
既得権益組なのである。
それが、新興勢力である商人とマーケットの争奪戦になって来た。
新興勢力とは、同じく金融業をする瀬戸方久である。

瀬戸方久の勢力拡大を阻止するため、祝田禰宜(ほうだねぎ・神主)は徳政令を利用したのである。
この時期、井伊の谷の徳政令の主導していた中心人物は祝田禰宜(ほうだねぎ・神主)である。
そして、直虎を追い落としたい小野政次と目的が合致した。
直虎&瀬戸VS小野&祝田禰宜(ほうだねぎ・神主)なのである。
富を蓄え伸びていく新興勢力と、そうさせまいとする旧勢力の戦いである。

戦国時代と言う、歴史が大きく動く時、民衆もまた転換期を迎えた。
このドラマ、戦国時代に殿様になった女性や商人の目で進めて行くのが面白い。

感想。
直虎のように生きねばならない女性って古今東西結構いる。
しのは政治・社会性が皆無。こういうタイプが政治やって大失敗したのが淀殿。
龍雲丸は(旅の男)は、また直虎の水筒持って行ってしまいましたね。笑


【2017.05.01 Monday 17:01】 author : いづな薫 
| おんな城主直虎 | comments(0) | trackbacks(0)|
おんな城主直虎「綿毛の案」
直虎のドラマを見ていて、登場人物の着物素材を想像している。
言うまでもなく、身分や財力で素材が分けられる。
今川の寿桂尼、今川氏真の着物は絹である。
直虎の小袖・袴、小野の未亡人の打掛、小野政次、南渓和尚の着物は間違いなく麻だろう。
直虎やその母の尼のかぶりものは絹のようだ。
この時代、布といえば麻のことである。
ドラマで進行中の年代は1567〜1568年である。そして、綿花栽培が爆発的に広まったのもこの頃である。

明応3年(1494年)の越後上杉氏に伝わる、史料がある。
“みわた”という言葉が文書に出現するのである。
私は、これに少なからず驚いた。
みわたとは、綿の花が咲いてほわほわとした綿が出来、収穫したものである。

越後で栽培されたのか、どこからか持って来たものか判断がつかない。
舶来品かもしれない。
日本で、綿花栽培のごく黎明期である。
井伊直虎や、盛んに海洋交易した上杉謙信が生まれる40年も前のことである。
「関八州古戦録」の中に、謙信が唐沢山城に出陣した折、木綿の胴服(羽織の原型)を来ていたという話がある。
一級史料ではなく読み物の世界のものだが、本当だとしたら興味深い。
謙信は極めて富裕な戦国大名で、残っている衣装は絹、舶来品など最高の贅を尽くした品ばかりである。
謙信が木綿を着たとしたら、木綿が珍しく、または着やすさがあったのかもしれない。

皆様は、昨年、真田丸で「だめだ十勇士」という人達が最終回出ていたのご存知だろうか。
youtubeでは、真田丸放送開始前からupされ話題を集めていた。
その中の、六郎役が今の直虎家臣の中野役の方だそうだ。
今回から、セクシーな盗賊の頭が出てきた。笑
直虎とロマンスがあるそうで楽しみ。

【2017.04.25 Tuesday 09:46】 author : いづな薫 
| おんな城主直虎 | comments(2) | trackbacks(0)|
おんな城主直虎「おんな城主対おんな大名」
中野の衣装を着て駿府御所に行った直虎。
中野は、直虎の着物を着て帰ったのだろうか?!笑

蛇が出て、小野が直虎を助けに行こうとした?ら怪力の傑山に抑え込まれる。
腕筋鍛えているね、ミリタリー坊さん。
敵だか味方だか分かんない奴、小野。

途中、直虎を殺そうとした刺客がいた。
あれは、家督を譲らせるため小野が放った設定なのか?

ことごとく直虎に盾をついてた中野、今回からは直虎の味方になるのか。
この脚本家、朝ドラの人気作品を書いたそうだが、最初仲が悪い人々はみな仲良くなると言う風に持って行くのが
パターンなのか。
中野もそうだし、後の井伊直政の生母しのともそういうパターンだそうだ。

今回、ドラマとしてそこそこ面白かったが、何が史実かと言うと、前回1568年の氏真による徳政令まで書いてしまったので、あまりない。
実は、史料では小野政次が直虎家督相続には反対している様子がない。
直親が謀反と今川氏真に讒訴し、直親を死に至らしめたのは、小野政次である。
井伊家で力を持っている小野が、直虎をすんなり次の殿様と認めたのは不思議である。
今川氏真も、反対しなかった。
昨年暮れ、京都の井伊美術館館長が、直虎男性説を発表した。
それによると、今川家臣関口氏経の息子を、”井伊次郎”として、今川氏真が井伊の領地を与えたと言うものである。
井伊家の成人男性の死に絶えた後、今川から送り込まれたと見る説である。

史料が新たに出て来た場合、精査し研究しないと何とも言えない。
直虎が女性である説も、十分考えられる。
直虎が女性の場合、直虎が家督相続して今川氏真、小野政次らも反対しなかったのは寿桂尼の意思かもしれない。

寿桂尼、次回は具合が悪くなるようだ。
寿桂尼の夫は今川氏親、氏親が十数年病床にあったので、政治を補佐した。
没後、長男氏輝が家督を継ぐが14歳であったためやはり政治を補佐。
しかし、氏親が24歳で若死にしてしまう。
そして、同じ日にもう次男が死ぬ。これは間違いなく事件性があるだろう。
そして、側室の子で3男の玄広恵探(げんこう えたん)と家督争いをしたのが5男今川義元である。
勝ったのが今川義元である。
その義元も、信長に殺された。
孫も、松平元康に攻められ自害。

今川仮名目録(法令集)は、今川氏親の名前で発布されたが、病床の身だったので、実際は寿桂尼は側近たちによるものと考えられる。
そして、今川氏の国務を取り仕切ったのである。
寿桂尼は、死しても今川の守護たらん遺言し駿府御所の鬼門(北東)龍雲寺に遺骸が埋められた。
公家の出でいて、女性でいてまさに戦国大名以外何物でもない人生である。

【2017.04.17 Monday 21:15】 author : いづな薫 
| おんな城主直虎 | comments(0) | trackbacks(0)|
おんな城主直虎「徳政令の行方」
徳政令。
直虎が生きた戦国時代だけでなく、鎌倉時代も室町時代も「徳政令」が頻繁に出された。
特に、室町時代に貨幣経済盛んになって以降、金融業者が大きな力を持ち始めたのである。
足利将軍家も、小田原の北条氏も、越後の上杉氏も出している。
「徳政令」とは、簡単に言うと、借金棒引き、債権、債務の破棄ことである。
農民も、幕府や大名、井伊などの国主に徳政令を要求し一揆を起こしている。
担保となっていた物品を奪い取ったり、証文を廃棄したり、農民も実力行使に出たのである。

「徳政」と言うからには、徳のある政治を意味しているのである。

今川義元が制定した「今川仮名目録追加」と言う、法令がある。
直虎が、南渓和尚からもらったのは、「今川仮名目録」である。
何が書いてあるか。
領主が守るべき法令集である。

「今川仮名目録追加」の第6条にこんなことが書いてある。
「みんな貧乏なので、徳政令がなくても、年期を伸ばしたり弁済を言い出すのは非常識である。
氏親(寿桂尼の死んだ夫)の時のように固く禁止する。
借金返せの訴訟を取り次いだ者は知行の三分の一を没収。訴え出た者は改易とする。」

次回、直虎が寿桂尼に呼び出されるが、この今川仮名目録追加6条で対抗するんじゃないのかね。
直虎「ここに書いてあるやんか、これおばはん(寿桂尼)か、息子(義元)が書いたんでないの?!」

金を貸した方にしてみれば、とんでもない話で、徳政令とはかなり乱暴な話である。
しかし、こういうことをやらざるを得ない。
当時、夏の気候が冷涼で作物ができにくい。
天変地異も頻発している。
金融面で、当座の解決を見ても、根本的に生産力を高めないと借金地獄から抜け出せない。
一方、上杉謙信のように商品価値の高い青苧で、莫大な利益を上げた戦国大名もいる。

直虎のドラマでは、今回井伊の領地で徳政令は発布されていない。この時永禄9年(1566)
しかし、2年後の永禄11年(1568)には今川氏真による徳政令が出る。
絶体絶命の直虎?
でなく、絶体絶命なのは今川家だった。
寿桂尼が死ぬ。
徳川家康は今川家臣をどんどん懐柔する。

しかし、氏真くんには同盟関係にある頼もしい叔父さんがいる!

甲斐の武田信玄である。
信玄は、氏真の母の弟である。
武田信玄、「海が欲しい。交易がしたい。交易で謙信みたいに金儲けするだ。」
最初北の日本海を狙ったが、謙信に追い返された。
北の最強の敵よりも、南のばか甥を潰した方が良い。

「そうだ今川、行こう!」 武田信玄

【2017.04.10 Monday 20:35】 author : いづな薫 
| おんな城主直虎 | comments(4) | trackbacks(0)|
おんな城主直虎「城主はつらいよ」

瀬戸方久(せとほうきゅう)は、実在の人物である。
井伊家の庇護を受け、そして井伊家を支えた人物である。
血筋としては、鎌倉幕府を倒幕した新田義貞の末裔と名乗る。

瀬戸方久(せとほうきゅう)は、井伊家や農民に金を貸し豪商にのし上がっている。
戦国時代、戦国大名や小さい領主、農村などはどこも戦乱や天候不純天変地異で財政が苦しい。
金を借りる相手は、神社仏閣、豪商、豪農である。
利子が5割程度と、バカ高い。
取り立ても厳しい。
でも、応じないと次が借りられない。
直虎が、瀬戸方久(せとほうきゅう)に教えられて、単価の高い作物を作るなど新しい商売を始めよと教えられていたが、 そうでもしないと、やっていけないのである。
農民の作る米の年貢だけでは、領国運営は不可能である。

ドラマだから、直虎が出家だから、と言うことで領主としての知識がない直虎。
瀬戸方久(せとほうきゅう)に言われて、直虎が今更ながらに経済政策に気が付いていたが、殺害された直親と言い直虎と言いこれでは国を取られる。
この時代、もっとも成功した経済人に上杉謙信がいる。
このサイトでも何度か書いて来たが、彼のビジネスセンス、洞察力は現代人も目を見張るものがある。
直虎と同じ、出家でそして生まれた家が財政的に苦しいのは同じである。

瀬戸方久(せとほうきゅう)に話を戻す。
彼は、元は松井平兵衛と名乗っていた。
それが、借金の”かた”に瀬戸村の土地をよこすよう要求して来た。
借金が返済されないので、担保の土地を取ったのである。
そして、瀬戸村に移り住んで、瀬戸と名乗り、出家して方久と名を改めた。

この瀬戸方久(せとほうきゅう)と井伊の領地で勢力を争った金貸しに祝田禰宜(ほうだねぎ)と言う人物がいる。
この人は、蜂前(はちさき)神社の神官である。
神官も坊主も大いに金貸しをしたのである。
ちなみに、比叡山なんて今で言えば、三井住友フィナンシャルグループとか、三菱UFJフィナンシャルグループといったたぐいである。
その祝田禰宜(ほうだねぎ)が、金貸し利権をめぐって、瀬戸方久(せとほうきゅう)と対立していた。
瀬戸方久は、井伊家の当主直虎と組んでいる。
祝田禰宜(ほうだねぎ)が組んだ相手が、すっかり悪者になった小野政次である。
祝田禰宜(ほうだねぎ)と小野政次が結託して、今川に「徳政令」を出させようとしたのである。

今回のドラマで出て来たのが、「徳政令」である。
簡単に言うと、借金棒引き、踏み倒しても良いと言うことである。
金を貸した側としてはとんでもないことである。
でも、当時の領民は、戦で人を失い、天候や天変地異で作物生産が出来ない時もありこう言う法令が各地で出された。

ドラマ最後のシーンで、今川が井伊の領地に徳政令を出すと言う情報が入っていた。
瀬戸方久(せとほうきゅう)は、直虎に徳政令(借金棒引き)を出さないよう働きかけている。
そして、農民の担保土地は瀬戸方久(せとほうきゅう)の土地になり瀬戸は直虎の家臣になった。
商人が家臣になるのは何も珍しいことではない。
どの戦国大名にも、御用商人が密接に関係している。
上記の上杉謙信には、伊勢神宮・神官で豪商の蔵田五郎左衛門と言う有能なビジネスパートナーがいるが、彼も家臣である。
謙信の「敵に塩を送る」の故事で、実際塩を運んだのは蔵田だと言われている。

次回放送するのかもしれないが、瀬戸方久(せとほうきゅう)は、今川家に自分の土地だけは徳政令を出さないよう運動する。
もちろん、今川家に献金しているのである。
金の力である。

男性武士ではない直虎と商人の瀬戸方久コンビが良い。
中野の息子、父と違い愛嬌がない。
家臣が全部で瀬戸を含め4人しかおらず、しかも3人が殿様に反旗って井伊の家っていやはや凄い。

戦国時代ドラマは、戦シーンが誠に多いが、経済活動をみると非常に面白い。
武士とは違った視点で動き、武力でなく金の力で世の中を動かす人物がいる。
歴史は経済面から見ると全く違って見える。

歴史とは、史料の分量からすれば大方が昔の政治経済の記録である。


【2017.04.03 Monday 10:20】 author : いづな薫 
| おんな城主直虎 | comments(2) | trackbacks(0)|
おんな城主直虎「おんな城主直虎」
直親が殺されてしまった。
分かっちゃいるが、何とも無残。
直虎の曽祖父直平も、重臣中野、叔父さんの新野のみな、今川に命じられた戦で討ち死に。
成人男子がみな死ぬから、おんな城主が出て来るのだが。


直親の父は、家老小野の讒言により殺され、直親は小野の息子政次の讒言により殺される。
ドラマでは讒言ではなかったが、史実ではそうである。

今川義元が死に、従っていた国主が離反して行く。
松平元康は、織田信長との同盟を深め義元からもらった”元康”を改めこの頃、”家康”と改名している。
家康の嫡男信康と信長の娘徳姫との縁組み約束も交わされた。
家康は、今川を棄てたのである。

そんな中で、家康が内応を誘ったのが引馬城(ひくまじょう)の城主飯尾連龍(いいおつらたつ)である。
家康のいる三河国に一番近いのが、井伊谷城(いいのやじょう)の井伊と、引馬城(ひくまじょう)の飯尾連龍(いいおつらたつ)である。
殺された井伊直親が松平元康に誘いをかけられたとして、動揺するのも無理はない。
直親が、松平に内通したかどうかは史料では不明である。
今川が、離反する国衆を脅かすため、無実の罪を着せ、粛清したとも考えられる。

戦乱が起きようとする時、起きている時、冤罪は起きやすく、民衆もそれを支持するおかしな力が働く。
これだけは、間違いない。
森友事件で揺れる、今も今もそうである。

そして、引馬城(ひくまじょう)の飯尾連龍(いいおつらたつ)が今川氏真に謀反を起こした。
永禄6年(1563)12月のことである。
引馬口飯田合戦と呼ばれるものである。
今川氏真は、家臣の朝比奈、富士両氏に命じてこれを攻めさせる。
家康に組した飯尾を家康は守らねばならない所、三河で一向一揆が起きて引馬城を救えなかった。
結局、今川氏真の軍に攻められ飯尾は自害、落城している。
この時、反旗を翻したのは、引馬城(ひくまじょう)飯尾連龍(つらたつ)だけでなく、今川一門の堀川六郎と言う人物がいる。
この人も、自害している。
飯尾連龍と堀川六郎が謀反を起こした経緯について、「今川家譜」に非常に興味深い史料がある。
この謀反に、武田信玄が絡んでいるのである。
武田信玄は、「飯尾と堀川が手を組み、駿府(今川の御所)に攻め込めば、こちらも手を合わせ人数を遣わす。今川の館と、家督は差しあげましょう。」

「今川家譜」では、武田信玄の誘いに、飯尾と堀川がまんまと乗せられ、今川氏真に討取られたと言うことになっている。


この戦いの中で、井伊直平(直虎曽祖父)、重臣中野、叔父新野は討ち死にした。
この3人と、今川方として一緒に戦っていた人物に朝比奈備中守と言う人物がある。
朝比奈備中守泰朝(やすとも)、彼の家臣によって井伊直親は斬殺されたのである。

朝比奈は、今川の家臣が次々と離反していく中で最後まで氏真に付き従った。
そして、越後の上杉謙信にまで援助を要請している。

井伊には、これでもこれでもかと苦難が襲って来る。
中小の国主、時には大名にも少なからず、滅亡の危険を伴ったのが戦国時代である。
そうはなりたくないと、桶狭間を起こした織田信長、今川を裏切った徳川家康、少年時代床下に隠れていたこともあった軍神上杉謙信。

歴史の行く末を見分けることが出来るか、これは、現代人にも必要な技である。

【2017.03.27 Monday 11:59】 author : いづな薫 
| おんな城主直虎 | comments(2) | trackbacks(0)|
おんな城主直虎「さらば愛しき人よ」
次郎法師が、おんな城主になるには、井伊の成人男子はすべて死ぬと言うことよ。
直親も、その祖父直平も、殺されるか討ち死にする。


井伊の侍たちよ、若くしてまたは不慮にして皆、死にすぎた。
情報を集め、もっと上手く立ち回らないと命がいくつあっても足りぬ。


後の徳川家康、松平元康が、今川義元が死んだので、本拠地岡崎城に帰った。
これは、家康にとって実に賢明な判断。
元康は、岡崎城周辺だけでなく東に向かっても軍事行動を起こしているのである。
それが、やがて鵜殿長照(うどのながてる)の居城西郡上之郷城(にしごおりかみのごうじょう)にまで及んだ。
元康に攻められ自害した鵜殿長照(うどのながてる)は、寿桂尼の孫である。

そこで、報復として元康の妻瀬名と子供たちが殺されることになった。
今回ドラマ冒頭で、元康からの使者が来て人質交換を申し出たのである。
家康は、今川から寝返り、鵜殿の城を攻め、その子供を人質に取るようあらかじめ計画を立てている。
妻子を救出する手段を練っていたのである。
元康の今川寝返りは、今川家臣団に大きな動揺を与えたのは間違いない。
今川からは家臣団の離反が相次ぐ。

激怒した寿桂尼が、これまた孫の今川氏真をののしり、裏切り者をあぶり出し粛清しろ!と命じた今回。

そこで、次郎法師のもとに、お礼の使者の山伏が直親宛の手紙を持って来る。
差出人は松平元康、と書いてある。
ああーそれがうその手紙。

元康の元に走ろうとする人は多いのだから、粛清しようとする今川にも最大限の注意を払いましょう。

今川に、井伊が元康に内通したことがばれ、「直親、ちょっと来いっ!」となったのである。
史実では、小野政次が今川に讒言し、「直親、ちょっと来いっ!」となっている。
ドラマでは小野政次は、結構いい人に書かれていて、そのうち父と同じ道をたどる様に描かれる。

直親は、今川氏真の家臣で掛川城主の朝比奈泰朝(あさひなやすとも)に駿府への途中殺される。
直親は、本当に元康に通じていたのか。
これは史料がないので、不明。
直親が、本当に元康に内通してばれたなら、駿府にはもう行かないはずである。
では、内通していなかったのか。
それも、不明。
元康に通じることを予測した今川が、先に殺してしまったのか。


プチメモ。
うちのお屋形様はこの頃何しているでしょう。
信玄との最大の戦いであった、第4回川中島を終え、破竹の勢いで関東の諸城を攻略しています。
直虎らとさして年の変わらぬ謙信公、勢いが止まりません。
井伊が信濃あたりにいたならば、謙信公が助けてくれた可能性は高いですね。
井伊直親の没年と同じ年、謙信公の師であり当時最高の知識人(僧)であった天室光育も没。94歳。すごい。


3月23日の籠池氏の国会・証人喚問をNHKが高校野球のため中継しない、との情報が入りました。
先ほど、中継しろのお電話いたしました。携帯に番号入っています。笑
よろしければ、皆さまもお電話かメール、お願いいたします。
以下がNHKへのご意見サイトです。

https://www.nhk.or.jp/css/sp/



【2017.03.20 Monday 17:19】 author : いづな薫 
| おんな城主直虎 | comments(0) | trackbacks(0)|
過去のページへ

戦国カフェオリジナルグッズショップです。 戦国カフェオリジナルグッズショップへ
    いづなへメール

 仕事(技術・研究系)と環境に優しい生活、家族を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、サッカー日本代表、欧州サッカー、クラッシック、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

   当サイトは、コピー、転載、ダウンロード、直リンク、持ち出しは禁止です。
◆ 著作権はすべて、
いづな薫に属します。
 過去のページへ


   にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
   にほんブログ村。
   ランキングはお休み中