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since 2007.5.21 歴史の中の予算 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
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歴史の中の予算
先日2009年度の国家予算が、88兆5000億円と発表になった。
定額給付金に2兆円使うとか、予算問題が世間を賑わしていたので、歴史上の予算について記したい。

 そもそも予算制度は、いつからから始まったか。
戦国時代、上杉景勝の前、会津の先住者だった蒲生氏郷は、
どうしたら、部下の手柄に見合った禄を与えられるか考えた。
そこで、家来達に、己の手柄と欲しい禄高を記載させて、提出を求めたと言う。
 家来達の申告と、藩の人件費を考えて、トントンの所で折り合いを付けたと言う。
これが、わが国の予算制度の始まりとされる。

 時代は下って明治大正の日清・日露戦争の頃、国家予算が、9600万円位で、軍事費がなんと32〜55%も使われている。
 国民生活など無視した予算で、全く持って狂気の沙汰である。
国民も、江戸時代から続く貧乏状態に慣れ、絶対的な政府に対し、困窮を政治責任に求めることが少なかった。
 当時、都市部以外の子供は、靴も履かず裸足かわらじで、不作になれば農村女性の身売り話も聞く。
 なんと言っても、参政権が20歳以上の全国民になかった時代である。
 日清戦争の明治28年が9600万円で、翌年支出が2億円あまりと予算の倍使っているのである。
 当時から日本は、入ってくる金の倍以上を使う、おかしな財政感覚を持っている。
 これが太平洋戦争の頃になると、85.5%を軍事費に使うと言う、もう国家ですらない状態だ。
 中枢部の軍人たちが、予算を自由に使える仕組みを作ってしまったからである。

これはあまりにひどいにしても、今の国の財政にもおかしなものが多い。
たぶん有能だと疑わない政治家たちが、これを運営している。
昔、20万両の借財を抱えた米沢藩を立て直した上杉鷹山は、17歳で財政改革に乗り出している。
藁科松伯・細井平洲ら、学問及び人道的にも優秀な人材に学んだ彼は、次々と改革を打ち出して行く。
 今の政治家がどこぞのホテルで食事した呑んだと騒がれているが、
鷹山公は一汁一菜の食事で木綿を着て、城の庭に畑を作った名君である。
 いっそこのくらいの若者の方が素直でまじめにやれるのではないか、ふと思う此の頃である。

【2008.12.29 Monday 21:54】 author : いづな薫 
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 仕事(技術・研究系)と人と環境に優しい生活を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、野球、音楽、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住→東京→Toronto

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