大河ドラマ 龍馬伝 幕末 古代 上杉
since 2007.5.21 雲洞庵 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
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雲洞庵
今日は、兼続と景勝が学んだとされる雲洞庵について書く。
曹洞宗の禅寺で、ドラマで見るよりはるかに大伽藍である。
いづなが、お寺で聞いたことには、景勝・兼続主従が学んだ建物は、建て替えて既にないそうである。
しかし建て替えてからすでに、300年の星霜を経ている。
木材は古く、そして豪壮である。
寺建物内に清水がこんこんと湧き、これが大変おいしい。

左:雲洞庵本堂外観 右:堂内湧き水

 景勝・兼続に教えを授けた住職は、十三世通天存達(つうてんそんたつ)とされて来たが、最近では年代的に見て、
十世北高全祝(ほっこうぜんしゅく)だと言う。
 ちなみに通天存達は、景勝の叔父にあたる。

 北高全祝と言えば、「生中に生なし、死中に生あり」の教えを謙信に授けた人物である。
 謙信は川中島の合戦に赴く時、恐れと迷いがあり、恩師北高全祝に問いかけた時の回答であったと言う。
 弟子の謙信は、「死なんと戦えば生き、生きんと戦えば必ず死するものなり」と悟ったと言われている。

 川中島の戦いで、最大の激戦になったのは第4回である。
謙信は、軍略上の死地「妻女山」にあえて陣を敷き、起死回生の大作戦に打って出た。
 謙信の人生は、軍略にしても、7回ほど変えた自身の名前にしても、禅を初めとする仏教への強烈な憧れと共にあった。
 またこの北高全祝、武田へ塩を送るのを勧めたとの”いわれ”もある。
 
 謙信の師でもあった北高和尚は、幼い景勝・兼続の先生にもなったのである。
 雲洞庵の赤門は、今日でも鮮やかな朱色を残しており、門の屋根には、上杉家の家紋が入っている。
左:赤門、右:屋根上部にある竹に雀の上杉家の家紋。

 赤門から、本堂に続く石畳には法華経が刻まれ、踏みしめて歩けばご利益があるという。

 雲洞庵からさほど遠くない位置に、関興寺と言う臨済宗の寺がある。
これらは、禅宗の2大道場で、当時禅宗の修行僧である雲水300〜400人を抱える大寺院であった。
 雲水たちは、「あなたは僧侶として、一人前か?」の意味をこめて、「雲洞庵で修行したか?関興寺で修行したか?」と互いに問い合ったらしい。
そこから、「雲洞庵の土を踏んだか。関興寺の味噌舐めたか。」の言葉が生まれている。

 彼らは、僧堂と呼ばれるの道場で、暮らしている。
雲洞庵堂内の見事な建築。
雲水は畳一枚分のスペースで、座禅、食事、睡眠のすべてを行い、生活すべてが修行である。
食事は、粥、ごま塩、たくあんなどで極めて質素である。
寝る時は、一枚だけの布団を二つ折りにし、間に体を入れ、寝乱れぬよう布団の上から紐でぐるりと結わえる。
敷布団と掛け布団を、一枚で済ませるのである。
 兼続と景勝が幼少時代過ごした、寺の生活とはそうした所である。
次回は、景勝・兼続の生誕の地を紹介したい。

写真はすべて、いづな撮影。

【2009.01.12 Monday 20:32】 author : いづな薫 
| 天地人or直江兼続 | comments(2) | trackbacks(1)|
この記事に関するコメント
こんばんわ

雲洞庵のことを詳しく書いていて、すごく為になりました。
ありがとうございます。
楽しみにしていた「天地人」が始まり、想い・地域のことを
書いています。
応援します。ポチッ!
| NHK 大河ドラマ 直江兼続 / 米沢観光・米沢特選情報 | 2009/01/12 9:03 PM |
NHK 大河ドラマ 直江兼続 / 米沢観光・米沢特選情報 様

お読みいただき、コメントを賜り感謝申し上げます。

>応援します。ポチッ!

どうもありがとうございます!
私も御サイト拝見させていただきたいです。
今後とも、よろしくお願い申し上げます。
| いづな薫 | 2009/01/12 9:55 PM |
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かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

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