大河ドラマ 龍馬伝 幕末 古代 上杉
since 2007.5.21 景勝のボーイフレンド | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
<< 天地人感想 「信玄の娘」 虎穴(こけつ)一家の場合 | main | 戦国カフェグッズ、発送 >>
景勝のボーイフレンド


上杉謙信、武田信玄のボーイフレンドを以前描いたが、今日は上杉景勝です。
 前から描こう書こうと思っていたが、とうとう描きます。

 残念ながら、直江兼続じゃありません。
清野長範(きよのながのり)くん、と言います。

 生年は、謎で1573年とも、兼続と同じ位だとも言われています。
会津蘆名氏の家臣、平野常弘の次男です。
 伊達政宗に会津蘆名氏が滅ぼされ、浪人していた所を、上杉家の家臣木戸元斎と言う人にスカウトされます。
 蘆名氏から上杉家へ人質として来た、と言う説もアリ。
とにかく、上杉家で面倒を見てくれた木戸とすぐにデキたらしい汗

 小悪魔清野、景勝に拝謁したら、景勝が気に入っちゃって、今度は景勝に乗りかえるハート
昼夜、御そばを放し給わず。ハートハートハート」だったと言うから、すごいっ汗!

 清野くん、大変な美男子だったそうだが、才気煥発で、上杉家会津時代1万1千石、
米沢時代でも3333石いただいたそうな。
兼続を別とすると、一番の出世頭だろう。
 兼続みたいに股肱の臣でもなければ、もともと上杉家に仕える家系でもない。
 だけど、ぐんぐん出世しているのである。

 景勝逝去の時は、献身的に看病したとか。(すでに2人ともジジイだが。笑)。
当時、死ぬ時に同じお坊さんにお経をあげてもらうと、生まれ変わってもまた逢えると信じられていた。
そこで、景勝くん、清野くんに、同じお坊さんにお経をあげてもらってねハートと言い残し、ポックリ
 
 上記に述べたように、清野は家臣としても有能で頭角を現す。
なんと直江兼続が清野に宛てた手紙が2通、現存している。
 これを、いづなはサイトご常連でお友達の”とまとさん”と話していた。

とまとさん  「兼続の手紙には、なんて書いてあったの?」
いづな    「軍事的な事とか、御用材(建築材料)をそろえてね、と言う政治的なことです。」
とまとさん  「俺の殿に、手を出すな!!じゃないのぉ〜?」

上手いな、とまとさん。

【2009.04.21 Tuesday 18:44】 author : いづな薫 
| ちび勝&上杉景勝 | comments(6) | trackbacks(0)|
この記事に関するコメント
おはようございます、いづなさん。
景勝の彼氏って清野の事だったんですね。云われてみれば、そりゃそうか、なんですが、メールで景勝の彼氏って云われた時は、「ん?どの彼氏じゃ?」と思ってました。(誰達を想像してたんだか(笑))
しかし清野君、実際には景勝と宗派も違うお坊さんに弔われたそうで。聞いた時、「あ、景勝フラれた」と笑ってしまいました。(ざまあ見ろ!)

ところでこないだ試してみたら、45kgくらいの女の子抱え上げれたんですよ。だからどうした、と言われると困るんですが。いや大河の景勝は無理だけど、やたら小さいイメージのある史実の景勝なら抱えて掠えるかも、と、まあ思っただけ、思っただけ。
| かな | 2009/04/22 9:54 AM |
殿の襟元の乱れ(かねたんに引っ張られてるけど)
先日の寝間御簾事件と微妙に被る(歴史には登場しないが大河史実にあり・笑)
それにしても、美青年で才長けた、楽しいお人の様ですね。
殿は自分が大人しいものだから、明朗快活なお人が好みだったのでしょうか
兼「俺の殿に手を出すな!」(byとまと様)
いつも側に居たとしたら、相当目障りだったと思われるので
言っても良い(ふむ)

ホンにいつも感謝です、史実に元づくお話しを
この様に、綺麗な絵と面白く噛み砕いた文章でお勉強できてたら
ガッコの歴史の成績も、もちっと良かったのかもしれません(笑)
| 朧 | 2009/04/22 10:41 AM |
かな様

コメントうれしいっす。

>メールで景勝の彼氏って云われた時は、「ん?どの彼氏じゃ?」

 そんなにたくさん彼氏、いたっけ?笑

>しかし清野君、実際には景勝と宗派も違うお坊さんに弔われたそうで。聞いた時、「あ、景勝フラれた」と笑ってしまいました。(ざまあ見ろ!)

笑笑笑、ダメだ笑いすぎで腹痛い。
小悪魔清野、何人もの彼氏に、「同じお坊さんで引導を」って言わせたのかな〜。笑
 この前米沢行った時、その宗派の違う菩提寺の近く通りましたよ。笑
 彼は曹洞宗なんだよね。

>史実の景勝なら抱えて掠えるかも、と、まあ思っただけ、思っただけ。

かな様がさらって、愛車の後ろにくくりつけている姿が目に浮かぶ。
 さらったら、いづなにもちょっと貸して下さい。笑
あーんなことやこーんなこと、してみたい。笑
| いづな薫 | 2009/04/22 9:09 PM |
朧さま

毎度お世話になっております。

>殿の襟元の乱れ先日の寝間御簾事件と微妙に被る(歴史には登場しないが大河史実にあり・笑)

 描く時それが、いづなの頭にあったのかしらん?笑

>美青年で才長けた、楽しいお人の様ですね。
殿は自分が大人しいものだから、明朗快活なお人が好みだったのでしょうか

 仰る通りかも。笑

>いつも側に居たとしたら、相当目障りだったと思われるので
言っても良い(ふむ)

 清野の方が、明らかに景勝のそばにいたようですからね。笑
兼続や菊は、面白くなかったかもしれません。笑

>史実に元づくお話しを
この様に、綺麗な絵と面白く噛み砕いた文章でお勉強できてたら

 私も朧さまの歌舞伎や古典芸能のお話、勉強になりますし、感謝しております。
八重垣姫の話は、特に面白かったです。
また、何かお聞かせ下さいね。
| いづな薫 | 2009/04/22 9:20 PM |
いづなさま★こんばんは。景勝のボーイフレンド…!
兼続ぢゃなかったんだ!ちょっとショック。
私が時々お邪魔するブログさんで、拝見したのですが
新井白石の 著書で「藩翰譜(はんかんふ)」というのに
「景勝は兼続の美しさを愛で、その寵愛は実に深いものであった」
などと、あるらしいです〜。まあ、新井君もその時代の人じゃないし、実際見ていたわけじゃないからさ。
「寵愛」ってのも、BL的な意味じゃないかもしれないし〜。
でも、思わず期待しちゃったんですよ〜。
>「昼夜、御そばを放し給わず。」
そうなんだ!景勝も、おじちゃんと同じ趣味だったのは
うれしいけど、”小悪魔清野”う〜む。そうか〜。
上記の人のブログに寄せられたコメントで
「兼続が上杉謙信にヒトメボレされて、小姓として夜のお相手を務めていた事も、その後は息子の影虎と関係があったことも有名な話のようです。」ってのが、ありまして〜。
父⇒兄(養子)と関係のあった兼続がいやだったの?景勝(T0T)。
それにしても、やっぱ残ってるんですね。こう言う資料。
すごくおもしろいです〜。お勉強になりました。
| poppy-23 | 2009/04/25 2:03 AM |
poppy-23様

コメントありがとうございます。
お返事、大変遅れ済みませぬ。
実は日曜なのに、まだ残業中です。

私も、「藩翰譜(はんかんふ)」読みましたよ〜。
まあ、景勝愛人説はどれも一級資料ではないですけれどね。
 ♂×♂第一級史料残してくれちゃった、武田信玄や伊達政宗に感謝。笑

>そうなんだ!景勝も、おじちゃんと同じ趣味だったのは
うれしいけど、”小悪魔清野”う〜む。そうか〜。

 清野長範、謙信の寵臣の河田長親に似ていますね。
美貌で才長けていて。
 4月26日当ブログに河田長親ちょっと出て来ます。

 いづなも原本を見ましたが、兼続は19歳で初めて上杉家文書の中に名前が出て来ますので、謙信とどのような関係にあったのかは不明です。
 でも、物語も含めていろいろ想像するのは楽しいですよね。
私も好きですd(⌒o⌒)b
| いづな薫 | 2009/04/26 11:16 PM |
コメントする









過去のページへ
この記事のトラックバックURL
http://cafe.kenshingen.fem.jp/trackback/1206682
トラックバック

戦国カフェオリジナルグッズショップです。 戦国カフェオリジナルグッズショップへ
    いづなへメール

 仕事(技術・研究系)と環境に優しい生活、家族を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、クラッシック、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

   当サイトは、コピー、転載、ダウンロード、直リンク、持ち出しは禁止です。
◆ 著作権はすべて、
いづな薫に属します。
 過去のページへ


   にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
   にほんブログ村。
   ランキングはお休み中