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since 2007.5.21 関ヶ原と上杉家 3 直江状 | 戦国カフェ
   
 
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関ヶ原と上杉家 3 直江状




 家康の上杉家への詰問状は、兼続とも親交のあった、
京・相国寺の高僧、西笑承兌(せいしょうじょうたい)によって書かれている。
 この書状は、米沢に現存し、国宝である。

 その文面は、言葉柔らかく丁寧であり、家康に弁明謝罪するため、すみやかに上洛せよ。とある。
 
 直江状は具体的には、”上杉に謀反あり”と家康・秀忠への直訴した藤田信吉(注1)に関する返答、
 堀秀治と上杉家の年貢問題(注2)に対する弁明などに関する答えである。

(注1)藤田信吉、以下の、当ブログ参照。
   http://cafe.kenshingen.fem.jp/?day=20090914

(注2)新たに春日山城主となった堀秀治と、上杉家の間に年貢の取り分を巡って問題が生じている。
 会津の前領主の蒲生家は宇都宮に転封になるが、この時会津の年貢を持って行った。
 なので、上杉家も越後から年貢を会津に持って行く。
 しかし、越前から越後に転封になった堀氏は、年貢を持って来なかった。
困り果てた堀家は、上杉家に苦情を言ったが、相手にされない。
 ”豊臣政権下では、半分は後の領主のために残しておく”、と言うルールがあった。
    
 謝罪のための上洛要求を、兼続はすべて拒否する。 

赤い旗 「景勝は国替えになったばかりで、また上洛せよとは、国許の政治をいつ行えばいいのでしょう。
 当国は、雪国で、10月から3月までは何事も出来ません。
何者かが、景勝に謀反ありと、言いふらしているのだと思います。」


 また、上杉家が武器を集め、土木工事を進めていると、非難する文に対し、兼続はまた反論する。

赤い旗「武器を集めていると内府様はおっしゃいますが、上方の武士が趣味で焼き物を集めるのと一緒で、道を整え、橋を造るのは、統治者の務めです。
嘘つき者言うことを信じ、真実を調べないのであれば、内府様が、嘘をついています。」
  


 家康が、いたく立腹したと記録が、五奉行の長束正家、増田長盛の書状に見える。
 直江状は写ししか現存せず、後世の付けたし、脚色がされた可能性はあるが、内容は、家康を激怒させる物だったに違いない。
いや、激怒する振りをしたのかもしれない。
 家康にしてみれば、五大老の1人、上杉軍団率いる景勝を蹴落とせる千載一遇のチャンスである。

 家康は、6月16日諸大名に、上杉討伐の触れを出す。
これより少し早い、六月初旬、上杉景勝は、京に置いた家臣より、内府の上杉討伐計画を察知している。
 おとなしいけれど、言うときゃ言うぜの景勝、

 上杉家重臣たちに宛てて、上洛拒否の理由を書き、続けて、

家康との一戦を受けて立つ者は、戦の準備をせよ。
滅亡すると思うものは、いとまを与える。
 しかし、厳しい戦になるので、領地や家族に憂いのないように。


と書き送っている。

 景勝は、生か死かの戦に望み、決死の覚悟と、家臣団とその家族を思いやっている。  

 そして、両軍激突か!?の火蓋は、切って落とされたのである。 

【2009.09.16 Wednesday 21:03】 author : いづな薫 
| 天地人or直江兼続 | comments(0) | trackbacks(0)|
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かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

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