大河ドラマ 龍馬伝 幕末 古代 上杉
since 2007.5.21 天地人感想 「上杉の生きる道」 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
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天地人感想 「上杉の生きる道」
 直江堤は決壊しそうだわ、子供は熱出すわで、兼続大変ですなー。

 兼続と竹松のやり取り、良かったです。
幼いながら、上杉家の跡取りたらんとする竹松が、お祖父さんの言葉で、
父兼続の苦境を分かろうしていました。
 竹松のお祖母さん・お藤の回想シーンも出てきて、泣けました。

父の愛を、疑うでないぞ、
お祖父さんの言葉を父兼続に言う、竹松にじーん。
 この子、視聴率稼ぐよな〜笑。
 
そして、惣右衛門の死。
 兼続を育て、叱咤激励し、時に盾になり、いつも大きな愛で包んでくれましたね。
 戦国時代は、家庭内で血みどろの争いをしているが、兼続の家は本当に良いお家です。

 縁側で亡くなる時の、満ち足りた穏やかな顔が印象的でした。

上杉家が今日あるのも、樋口惣右衛門のおかげである」、と殿も仰っていました。

 惣右衛門が愛した家族と殿に暖かく送られ、寂しいけれど幸せな最期でした。
彼は、まさに親の鏡でしたね。
 
 菊が落ち着いた良き夫人になったと思ったら、もう亡くなりそうです。

 そして、忘れてはいけない私の萌えポイントハート
謙信壺ですよ、謙信壺。
 しかも景勝が拝んでいると言う、素敵おまけ付きハート

 
赤りんご天地人紀行に出て来た、米沢の直峯町(のみねまち)について。
 直江兼続の父樋口兼豊(惣右衛門)は、景勝により、1584年直峰城主(現:新潟県)に任じられている。
 この城は、新潟ではのうみねだったが、米沢では直峯町(のみねまち)と読むのだそうだ。

 城下の西に、旧町名を記す柱がある。
 2009年いづな撮影



 町名は、新潟の直峰城から取っている。
新潟と米沢は、春日山林泉寺など、同じ名称の町、お寺などが本当に多い。
新潟から移り住み、同じ名を米沢に付けたからである。
 米沢の直峯町も、新潟から直江兼続の家臣が多く移り住んでいたと言う。
上杉家御年譜によれば、鉄砲鋳造屋敷があったが、江戸初期の火災により消失している。 
 

ドラマ中で、兼続が作ると言っていた直江石堤が、米沢に今もあります。
以下に書いておりますので、ご覧ください。
http://cafe.kenshingen.fem.jp/?day=20090505

【2009.10.11 Sunday 21:07】 author : いづな薫 
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 仕事(技術・研究系)と環境に優しい生活、家族を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、クラッシック、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

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