大河ドラマ 龍馬伝 幕末 古代 上杉
since 2007.5.21 上杉景勝と女性の家族 1 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
<< 石榴 ざくろ | main | 栗ご飯 >>
上杉景勝と女性の家族 1
 
 
 最近、天地人で景勝夫人やら側室やらが出て来たが、どうにも影が薄い、景勝が。笑
 
わずかに残る史実の妻妾たちとの関係とも違う、私から見れば”なんちゃって景勝”なのである。
 フィクションなので、どう書こうと自由だが。

 今日は、ちょいと上杉景勝の夫人たちについて書いてみる。
正室と側室、計2人。以上
 至って簡単である。
 いったい何人いるのさと言う大名、将軍が多い中、謙信を真似をしたか、彼は女性にさして興味を示さない感じだ。

 正室は、ご存知風林火山の息女で、1558年生まれ景勝と2歳差である。
 (菊姫生年は異説あり。景勝は弘治元年11/27生まれ、この日は西暦で1556年1/8に当たる。)
 最初、長島一向宗の願証寺の左尭と婚約している。

 長島一向一揆を織田信長がブッつぶしたため破談スペード、信玄も死に武田家衰退する中、菊姫は行かず後家になる所だった。
 そこで、妻がいなかった景勝と婚約するのである。
周知の如く、実子なし。

 周りから、跡取りがないと家がつぶれるだろ!と、やいのやいの言われなかったら、謙信同様、景勝も生涯独身だったかもしれない。
 謙信は、誰に頭を下げることなく生きているので、宗教その他の(注1)理由で独身でいても、さして問題じゃなかった、たぶん。
 (注1)失恋説とか、衆道好みだったとか、謙信女性説とか・・・etc

 景勝も大変な女嫌いで身辺に女性を近付けないため、兼続が側室を男装させて近付けたら、子供が生まれたなんてとんでもない話もある。
 
 正室菊姫死去後、2ヵ月半で、玉丸は生まれる。
生母は四辻大納言息女とあり、名前、生年月日、いつから側室になったのか一切不明である。
 正室と側室が、京と米沢同時にいた時期があるのは確かである。
もしも後妻なら、四辻さんは正室になっただろう。
 この時代の公家はいたって貧乏だが、大納言と言えば、景勝より上の位である。景勝は中納言。

 玉丸は、慶長9年(1604)5月5日午前8時に米沢城で生まれている。 
景勝は伏見にいて、その3ヶ月前、菊姫を看取っている記録が残る。
これが、菊姫の信用できる2つの記録のうち一つ。
 景勝は8月21日伏見を出発し米沢に帰るが、この時既に、側室も亡くなっていた。

 2人の妻妾をバタバタと亡くしたが、景勝は子供を愛し、教育はしっかりやった感がある。
 の上達を褒めたり、プレゼントをしあったり、もっと大名たちと付き合えと諭したりする書簡が残っている。
 謙信と幼少の景勝の間柄に、似ていて可愛い。

【2009.10.28 Wednesday 22:31】 author : いづな薫 
| ちび勝&上杉景勝 | comments(2) | trackbacks(0)|
この記事に関するコメント
いづなさま★こんにちは。
先週の景勝さま、、すっかり黄昏ていた後姿があわれで、、。
>正室と側室が、京と米沢同時にいた時期があるのは確かである
そうだったんですか〜。
それにしても、正室さんと言い、側室さんと言い
続けざまに亡くなられて、マジで落ち込んじゃったでしょうね。
(いや、女嫌いならそうでもないのかな?)
ドラマの、玉丸ちゃんの顔を見に来るけど、抱こうとしない。
と、言う件が菊姫を亡くした失意から立ち直れないことなのか、
側室に対する愛情のなさの表れなのか?でも、母を亡くした
可哀想な、たまちゃん。可愛がってあげてほしかったですねえ。
ご主君の、あまりにもかわいそうな家族運、女運の悪さに
比べ、兼続の家族運の良さを皮肉に感じておりましたが。
お父さんが亡くなり、親友とも言える弟を追放し、
なんと、次回は最愛のお嬢様方まで…!!!
と、言う展開に結局、兼続もすっかりご家族を失ってしまうのか?と、ショックでした〜〜。
(あらすじ読むまで知りませんでした)
いづなさんの、景勝さまとたまちゃんのあたたかな
親子関係のお話を伺って、やっと救われる思いでした〜。
| poppy-23 | 2009/10/31 4:07 PM |
poppy-23さま、ようこそお越しくださいました。

コメントもありがとうございます。
私も、先ほどpoppy-23さま宅にお邪魔しましたよ。

>正室さんと言い、側室さんと言い
続けざまに亡くなられて、マジで落ち込んじゃったでしょうね。

 京都で正室を看取って米沢帰ってきたら、側室は既に御骨、ですもんね。
 
>(いや、女嫌いならそうでもないのかな?)

 笑、そうだったりして。

>可哀想な、たまちゃん。可愛がってあげてほしかったですねえ。

 史実の玉ちゃんは、可愛がられたはずですよ。
だって、普通だったらこの子、喜平次って付けるでしょ?
 それを宝石の玉、掌中の珠(玉)ですもん。
火のない処に煙はたたぬ、記録の少ない景勝&夫人たちの仲は良いとは判断できませんが、景勝父子の関係は大変良かったと思います。
 それと景勝が仲良しだったのは、母と姉じゃないかと思います。
 それを、今度書くのでよろしければ見てやってください。

 兼続は子供たちが皆先立ってしまうのが、辛いですよね。
彼の書状にも残っているんですが、体の弱い子供を本当に心配しています。
 poppy-23さま、またおいでくださいね〜。
首を長くして待っております。
| いづな薫 | 2009/10/31 4:34 PM |
コメントする









過去のページへ
この記事のトラックバックURL
http://cafe.kenshingen.fem.jp/trackback/1311782
トラックバック

戦国カフェオリジナルグッズショップです。 戦国カフェオリジナルグッズショップへ
    いづなへメール

 仕事(技術・研究系)と環境に優しい生活、家族を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、クラッシック、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

   当サイトは、コピー、転載、ダウンロード、直リンク、持ち出しは禁止です。
◆ 著作権はすべて、
いづな薫に属します。
 過去のページへ


   にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
   にほんブログ村。
   ランキングはお休み中