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since 2007.5.21 唐招提寺1200年の謎 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
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唐招提寺1200年の謎
「天平を駆け抜けた男と女たち」の感想〜。
僧と戒律の世界である唐招提寺に、男女の愛憎って何よ、と思って見ていたが、なんと言うことはなかった。
 孝謙天皇と道鏡は、史実どおり怪しかったが。笑
独身が定めの女帝、ちっと位いいじゃないかと思ったが、この彼氏、政治に口出すし、うーん相手が悪かったな。

 鑑真の5回にも及ぶ日本への渡航失敗、6回目の成功、戒律を広めるための苦難、鑑真没後60年にわたる愛弟子如宝の努力、人とは凄い事をなし得るものだと思う。

 孝謙天皇や藤原仲麻呂ら、泥仕合する連中もいれば、鑑真と如宝の神のような
高潔な精神を持つ人間もいる。

 仲麻呂に、刷雄(よしお)のような英邁で清廉な息子がいることに、面白みを感じる。
 父・仲麻呂が乱を起こし妻子郎党が斬られても、遣唐使だった彼だけは隠岐へ島流しになった。
 当時遣唐使は大切に扱われ、罰を軽減された。


 いづな、書棚の古代史料を引っ張り出してみた。
写真の「続日本紀」「日本後紀」には、鑑真や唐招提寺、鑑真亡き後如宝の生きた桓武天皇時代のことが記録されている。
 鑑真に関しては1300年近く前の人なのに、生没年、経歴が克明に記録され、彼がいかに高僧だったかがわかる。

 ドラマとは違い、歴史学は極めてドライで、残された史料をもとに仮説と想像力で実証を重ねていく学問である。
 俳優が演じるような喜怒哀楽はなく、どちらかと言えば科学に近い。
 だが、みな現代のニュースを見るようにそれらは実際あった事で、1300年近い時を経てもリアリティーをもって伝えてくる。

 しかし、古代史となると史料が格段に減り、ドラマを作ろうとすると、創作部分が圧倒的に多くなる。 
 その創作部分をいかにドラマティックに見せるかが、脚本家の腕である。
今回のドラマ、ドキュメンタリーとドラマを分け、当時の国際色豊かな様子もあると良かった。
 遣唐使の刷雄(よしお)や如宝が、語学堪能な所なんかも見せると面白い。 

 嵐で船が遭難する以外にも、高僧鑑真が、日本に行ってしまうのを惜しみ、密告で渡航出来なくなったり、鑑真の苦難は12年も続く。
 鑑真が66歳、6回目にして初めて成功し、鹿児島県坊津に到着する。
 到着しても、政治抗争、疫病流行に悩まされながら、鑑真は唐律招提(とうしょうりつだい)と言う、私寺を建て亡くなる。
 唐招提寺となり発展したのは、弟子如宝の時代で、現在ある金堂は彼の尽力により建てられたものだ。
 
 如宝は、鑑真没後60年あまりを日本で生きた。
唐の宝と言われた鑑真の高潔な精神は、84歳の長命を保った如宝によって、日本に伝えられていくのである。

【2009.11.05 Thursday 11:46】 author : いづな薫 
| 古代史 | comments(4) | trackbacks(0)|
この記事に関するコメント
はじめまして

鑑真の長年にわたる苦節を思うと、何が彼を日本へ駆り立てたのか?とふと思います。唐から見れば日本は当時どのように見えたのでしょうね?後進国は間違いないにせよ。孝謙天皇と道鏡、仲麻呂など、この時代、面白いですね。 

記事はわかりやすくとても楽しかったです。ありがとうございます。
| ☆sapphire | 2010/02/16 2:25 PM |
☆sapphire様

初めまして、いづな薫です。
ありがたいコメント賜りまして、心より感謝申し上げます。

>鑑真の長年にわたる苦節を思うと、何が彼を日本へ駆り立てたのか?唐から見れば日本は当時どのように見えたのでしょうね?

 どこの国でもそうなんですが、当時日本も治安悪化や天然痘など疫病がが流行り、天変地異が起きています。
 聖武天皇も東大寺を建て、仏の力で、災難から守ろうとするわけです。
 しかし日本仏教界は荒廃し、戒律を破った時に罰を与える僧侶がいません。
(戒と律は違うものですが、次第にくっついて戒律となっています。 戒、自発的に身につける内面的規範。律、教団で守るべき規則。)

 仏教に入会する時の儀式に、三法七証(さんぽうしちしょう)という10人の資格制の僧侶が必要だったんですが、これもいない。
 (3人は作法を教える師で、7人は立ち会いの僧です。)

 そこで、聖武天皇は鑑真を招きます。
天皇から遣わされた2人の僧侶から、鑑真は日本仏教界の堕落ぶりを聞かされ、「弟子だけでも派遣して下さい。」と言われます。
 鑑真は日本の堕落振りを聞いて、弟子だけを派遣しても無理だから、渡航禁止令が出ているにもかかわらず、自分が行くと言うのです。

 仏教が隆盛した地日本から、助けて欲しいと請われ、僧としての使命感と、仏教世界を広めたいと言う気持ちがあったのではないでしょうか。
| いづな薫 | 2010/02/16 10:34 PM |
いづな薫様:

わかりやすく解説してくださり、感謝申し上げます。
三法七証(さんぽうしちしょう)、そういうのがあったのですね。ちっとも知りませんでした。少しは賢くなったような気が...

鑑真の時代、栄えていた中国の仏教、現状を見ると、色々考えさせられます。一度栄えた地も、たとえばインドもそうですが、荒廃した寺院遺跡などを見ると、諸行無常とわかっていても、なにか残念に思います。 教えていただいて、ありがとう!
| ☆サファイア | 2010/02/19 6:18 PM |
☆サファイア様

またコメント賜りまして、大変喜んでおります。
ありがとうございます。
古代史も面白いですね。

>荒廃した寺院遺跡などを見ると、諸行無常とわかっていても、なにか残念に思います。

 そうですね、文化財を保存するには、国が平和でないと難しいし、宝物を大事にすると言う人間を教育しないといけません。
 文化財が大切に扱われている国になると言うのは、努力の要ることですね。
 ☆サファイア様、またお越し下さいね。
| いづな薫 | 2010/02/19 10:19 PM |
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 仕事(技術・研究系)と人と環境に優しい生活を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、野球、音楽、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住→東京→Toronto

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