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since 2007.5.21 行基の偉業と骨壷 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
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行基の偉業と骨壷
ドラマ「大仏開眼」にも出て来た、行基さんの偉業と骨壷について語る。

行基(668年〜749年2月23日)
百済系渡来人の子孫で、高志(こし)と言う一族に生まれる。
行基の出身地は、現在の大阪府堺市だが、高志(こし)と言えば、越(こし)。
越は、古くは高志と表記された。
行基のお父さんは、越の国(越後)から移住してきた一族らしい。
こっここにも越後ハート 笑

行基さん、何をした人か?
重機もない古代に、橋、寺、ため池、用水路、無料宿泊所を、驚異的な速さで作り
社会に貢献した偉い人である。
行基の教えに賛同した千とも万とも言う人達が、労働力となり、渡来人系の一族が持つ進んだ土木技術で、工事は急ピッチで進んだと言う。
本来、政治の力で為すべき事業を、盛んに行っているのである。
  
 日本各地には現在も彼の発見した「温泉」があり、行基が民と作った「ため池」は現在も使われている。
  行基に集まる民衆、高度な土木技術が、聖武天皇の目に留まり、行基は奈良大仏建立に協力することになるのである。
 聖武天皇は、行基に大僧正の位を授ける。

 さて、行基発見とされる温泉を幾つかあげる。
草津温泉(群馬)作並温泉(宮城)渋温泉、湯田中温泉・鹿教湯かけゆ温泉・野沢温泉(長野)
東山温泉・芦ノ牧温泉(福島)、山代温泉(石川)etc
いづなもこれらの温泉行っているので、行基さんには感謝しなければならん温泉温泉

 行基の骨壷について、興味深い話がある。
古代人で、確実に墓が分かっている人は多くない。
しかし、行基は確実に分かっている。
奈良県生駒市有里町竹林寺の、行基の墓から、鎌倉時代に銅製の骨壷が出土している。
壺の表面には、文字が書かれ、行基の物だと判明している。
 戦国時代荒らされたりして、現在骨壷は一部のみ残る。
奈良国立博物館が、保管している。
 
 行基82歳で入寂(逝去)、長く偉業を為し続けた、生きた菩薩である。 
事実、菩薩の称号を贈られている。

【2010.04.09 Friday 22:04】 author : いづな薫 
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 仕事(技術・研究系)と人と環境に優しい生活を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、野球、音楽、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住→東京→Toronto

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