大河ドラマ 龍馬伝 幕末 古代 上杉
since 2007.5.21 超イケメンだった、長宗我部元親 | 戦国カフェ
   
 
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超イケメンだった、長宗我部元親
以下は、土佐の長宗我部元親の若かりし頃の描写である。

「生得背高く、色白く柔和にして、器量骨柄天晴れ類ひなしと見えながら、要用の外は物言ふ事なく、
人に対面しても莞爾と笑ふばかりにて、会釈もなく、日夜深窓にのみ居給ひければ、”姫若子”と異名を付けて、
上下囁き笑ひけり」(土佐物語)


つまり、超イケメンだった長宗我部元親。
背が高く、”姫若子”なんてあだ名が付いちゃうほど、フェミニンで優しい男性だった。
 平和な先進国で、人気があるタイプである。
現代にいたら、さぞやもてるであろう・・・って、某ゲームで散々もてはやされているが。

さて、この長宗我部、関ヶ原の戦いを前後してお取り潰しになるが、これは関ヶ原で西軍に付いたからではない。
 
 彼には4人の息子がいる。ちなみに奥さんは、春日局の叔母さん。

 豊臣秀吉による九州征伐で元親は出陣したが、最愛の嫡子信親が戦死してしまう。
 パパに似たのであろう、長身(184cm)で頭も良い、イケメン息子だった。
 この頼もしい跡取り息子の戦死、パパ元親の落胆振りは大変なものだった。
 
 仕方なく、新たな跡取りを決めた、これが4男盛親。
しかし面白くないのが、2男香川親和、3男津野親忠。
 みんな”親”が付いて分かりにくいので、数字で。
 兄弟げんかが始まり、あろうことか、4が3をぶすり。ばさり、かもしれない。
 この殺害事件を徳川家康が怒り、長宗我部家は改易されたのである。

 その後に、山内家が土佐へ入る。
 龍馬伝の上士と下士、周知の通り、下士はこの長宗我部家の遺臣たちである。

 長宗我部の3男4男のけんかがなければ、下士たちを、苦しめた身分制度もなかったかもしれない。
 ま、龍馬なら、穏やかな時代で、ただ楽しく暮らしていそうだが。笑

 また戦国時代と言われそうだが、長宗我部元親、大河の題材にもなりそうだ。 

【2010.06.10 Thursday 23:21】 author : いづな薫 
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かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

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