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since 2007.5.21 ハーバード大学 白熱教室 「愛国心と正義 どちらが大切?」 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
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ハーバード大学 白熱教室 「愛国心と正義 どちらが大切?」
第11回目の授業は、「なぜ人間は、国や家族に愛着を感じるのか?」がテーマだった。

「人間は本質的に、物語を紡ぐ動物である。」そう言ったのは、アラスデア・マッキンタイア(1929−)、
アメリカの政治哲学者である。
 彼いわく、「私は、何をすべきか、」と言う問いには、「どんな物語の中で自分の役割を見つけられるのか?」に、
まず答える必要がある。

私は、単なる個人として、善を求め美徳を実践することは出来ない。
私たちは皆、特定の社会のアイデンティティーの担い手として善を求め、周囲と付き合う。
私は誰かの息子であり、娘であり、どこかの都市の市民である。
したがって、私に良いことは、このような役割を生きる者にとって良いことだ。
 私は、自分の家族、年、民族、国民の過去から、様様な負債、遺産、期待を受け継いでいる。
 私の人生に元来、与えられた物が、道徳的な出発点である。
それが、私の人生に道徳的な特性を与える。

自己の物語的観念、それは、負荷ありき自己である。

それは、個人主義や、自由主義と対立する。
 生物的に父の子だが、父のして来たことの責任を負わされることはない。
国がして来たことの責任を、負わされることはない。
 マッキンタイアは、これは無知だと言った。
集団的責任、過去の歴史から生じる、重要な責任から逃れようとする無知である、と。
サンデル先生は、「1945年以降に生まれ、ナチスのことを関係ないという、若いドイツ人。」を例に挙げた。
プチ解説:ご他聞にもれず、”アジアの中の日本の歴史”などその最たるものだ。
以下数行の文書を、日本と朝鮮、中国に当てはめると非常に分かりやすい。


 人生の物語は、常にコミュニティーの物語に深く根付いており、アイデンティティーはそこから生まれる。
 自己は集団の構成員であり、歴史物語と切り離せないし、切り離すべきではない。

 サンデル先生いわく、マッキンタイアの強烈なメッセージだ。
 
リベラルの観念では、
/佑箸靴董⊃佑鯊砂鼎垢襦普遍的義務。
⊆発的義務。約束したことで発生する誰かに対して負う義務。

コミュニタリアニズム(共同体主義者)は、別のカテゴリーがあると、主張する。
O帯、忠誠心、集団構成員としての義務。

例:家族に他する義務。
  子供が、2人おぼれている。どちらか1人しか助けられない。1人は自分の子、もう1人はよその子。
 自分の子のみ助けるのは、道徳的に鈍感か?

別の例:第二次世界大戦中、フランス・レジスタンスの空軍パイロットが、占領下のフランスを空爆した。
プチ解説:フランス・レジスタンスとは、第二次大戦当時、占領したナチス軍に対する抵抗運動を言う。
イギリスの支援を受けた。

ある日、爆撃の標的が自分の故郷だと気付き、爆撃を拒否した。
 パイロットは、フランス解放と言う大儀がありながら、故郷を爆破するのは、道徳的罪であると考えた。

 彼を賞賛するとすれば、私たちは、連帯義務を認識しているからだ。

サンデル先生は、別例を挙げる。
 何年か前、エチオピアに飢饉が起こり、イスラエル政府は、エチオピア国内のユダヤ人のみ飛行機で救出した。餓えている人は他にもたくさんいる。
 これは、イスラエルが、エチオピア国内のユダヤ人にのみ、より多くの義務を負っているからだと説明する。

 コミュニタリアニズム(共同体主義者)に賛成、反対の学生たちの意見が続く。
 先生は、言う。コミュニティに歴史があり、善に対する考え方がある。その中で人は育ち、生きている。
 コミュニティーの継承した、負荷(責任)を負っているのだと。

サンデル先生は、興味深い例を挙げた。
 米マサチューセッツ州議会議長を勤めた、ビリー・バルジャー氏と言う人物がいる。
 著名な政治家で、マサチューセッツ大学の学長でもあった。
その弟、ワイティ・バルジャーは、ボストンのギャングのリーダーである。
幾つかの殺人事件に関与し、FBI最重要指名手配リストに載る。
現在も逃走中だ。
連邦検事は、兄のビリーに、弟の行き先について情報を求めた。
兄は、拒否。
検事は問う。「マサチューセッツ州より、弟に忠誠心を感じるのですか?」
ビリー氏は答えた。「そんな風に考えたことはないが、弟を大切に思っている。
弟と対立する人に手を貸さなくて済むよう願っていますし、弟を捕まえようとする人に協力する義務はありません。」

 また先生は、1950年代のアメリカ南部のとある人のインタビュー映像を上映する
当時、そこは、人種分離を社会の伝統だと考える人がいたと言う。
映像の中の人物は、
「白人のして来たことは虐待、変わらねばならないと言われる。しかし、新しい考えは、南部の人には難しい。」

サンデル先生は、白人が黒人を支配したのはまずいように、
ローカルな共同体には、弱点があることを指摘する。
共同体だけ主張するのは弱点があり、
善こそ重要なのだと、仰っている。

 善がなければ、共同体は社会にとって良きものだとは限らない。
歴史の長い日本では、この手の話はたくさんあるが、一例を挙げる。

第二次世界大戦時、日本陸軍指揮官で硫黄島で玉砕した、栗林中将と言う人物がいる。
 渡辺謙さんが演じて、映画にもなった。
 栗林中将は、ハーバード大学で学んだ米国通である。
アメリカで教育を受けた彼が、日本に帰り、日本軍として戦死した事は、コミュニタリアニズム(共同体主義者、ここでは陸軍)からすれば天晴れなことだ。
 しかし、戦争は善ではないし、アメリカ人と温かい交流を持った彼が、かつての友の国と戦争をするのは如何ばかりであったかと思う。
 
 善こそ、不可欠で最重要と実感した講義だった。

【2010.06.14 Monday 19:10】 author : いづな薫 
| 白熱教室 | comments(8) | trackbacks(0)|
この記事に関するコメント
当番組、他ブログで知って、いづなさんも取り上げていらしたので、かなり面白いのかなと思い、昨日見ることにしました。ハーバード大、非常に活き活きとした講義をされるんですね。

> 「人間は本質的に、物語を紡ぐ動物である。」
まず家庭という特殊な共同体で、そして学校という共同体で、大人になって職場という共同体で、そして自分が育ったもしくは生活している地域社会という共同体で、最後には、自分が生まれて死にゆくであろう国家という共同体で、人は、その人の個性という特殊性もありますが、自分が属する共同体の特性に何らかの影響を受けて、自己そのものを創造していくのは事実だと思います。カントの言うように、自己の心の中に「永遠普遍なる道徳律」があって、それによって純粋な自由性の中で、人間はいつも判断しているわけではない、という考えはある程度納得できます。

私は幕末維新が好きですが、当時の尊皇攘夷という考えは、今の時点から見れば野蛮で非合理的なものにも見えますが、当時はそれなりの正当性があった考えであったと思います。結果としての明治維新は、尊皇開国であったわけですが、そこに到るまでには、尊皇、佐幕、攘夷、開国、公武合体、倒幕と、いろいろな考えが入り乱れました。、あの時代、かなり普遍的な思考をしていた福澤諭吉でさえ、第二次長州征伐まで、佐幕開国でした。特に革命や戦争の際は、正義というものが簡単に覆されていきます。普遍的価値という意味からは離れたものになります。その時の、ある共同体の善が、永遠普遍的な善となっているかを、その時に判断することは、実は非常に難しいことかもしれません。

サンデル教授の思想背景を私は詳しくは知りませんが、アメリカにおけるコミュニタリズムとは、アメリカにおける自由至上主義に対するアンチ・テーゼの意味があるのではないかと感じます。個々人の自由と、その共同体全体(アメリカという国家)との調和、その辺りに普遍的価値を見出そうとしているような感じがします。(最終回を見ないと何とも言えませんが。)しかし、この共同体としての国家の「善」を考えることも、難しいことだと思います。先の大戦を例にすれば、アメリカが日本に二発の原子爆弾を投下したことは、アメリカという共同体の、当時の正義を意識した行動であったと思います。その行為が、未来永劫正しいことであったと、アメリカ国民が言い続けられるかは、疑問ではありますけど。それと同じ意味で、日本が、朝鮮、中国で行ったことは検証されなければなりません。番組で女子学生が、地球に住む人々という共同体からみた普遍的な価値から判断すれば、というようなことを話してましたが、ネットと衛星中継が普通となった現代の世界において、そのような価値観から普遍的な善を創造していくことは、非常に重要なことかと思いました。

長くなりました。とりとめもないことを書いて申し訳ありません。この講義、生命(いのち)のこもった哲学が展開されていて、非常に面白いと感じました。
| 晋作 | 2010/06/14 10:44 PM |
晋作さま

連投、ありがとうございます。
この番組、反響にNHKも驚いているそうですが、「戦国カフェ」でも、龍馬伝、謙信公、ハーバードの順にアクセスがあります。
サンデル先生の絶妙の語り口と、学生の白熱した討論から目を離せません。

 人間は一人では生きていけませんし、私も、サンデル先生の提唱する善不可欠のコミュニタリアズムに共感します。
 
 幕末期は、いろいろな思想がぶつかり合いますね。
家、武士と言う、今からは考えられないほどの負荷を背負わされた共同体が存在します。
 戦いで死に、刑罰で死に、このコミュニティーに生きた人たちは悲惨な運命にも従順です。
 このような価値観が、つい65年前まであったのが、恐ろしいです。
 授業11回のラスト、1950年アメリカ南部の人のインタビューで、公然と人種分離を唱えていますからね。
 ワールドカップ開催中の南アフリカでは、もっと近年までアパルトヘイトがあったわけですし。

>その時の、ある共同体の善が、永遠普遍的な善となっているかを、その時に判断することは、実は非常に難しいことかもしれません。

 そうですね。
インターネットで世界中がつながるグローバルな現代、違う国の人の意見を聞いてみると言うのも、普遍的な善を見つけ出す時間短縮になるかもしれません。
 ご指摘の通り、日本にも、先の大戦におけるアメリカとの問題、アジアにおける日本の問題がりあります。
 同じように、ドイツとフランスも国境をめぐって何度も争い、帰属が変わる度、母国語が何度も変わった地域があります。
その度、政治も文化もアイデンティティーも変更を余儀なくされるのだから、苦難を察して余りあります。
 それが、近年一緒になって、独仏共同歴史教科書を作り、大いに話題になりました。
2カ国間の歴史を、見極めようとしています。最近はEUで統一教科書なんてプランも挙がっています。
 同一の資料、割付、写真、図、専門用語索引を使い統一されていますが、翻訳時の、その国の歴史観が入り、変化しているとの指摘もあります。
そしてこの作業が、わずか3年で行われたことは画期的です。

 これで学んだ子供は、争いの時代とは違う大人になると思います。

>生命(いのち)のこもった哲学が展開されていて、非常に面白いと感じました。

サンデル先生は、米・生命倫理委員会の委員でいらしたことがあり、学識且つ命に対する暖かい目をお持ちになる所が、私は好きです。
アリストテレスの言う、「適合」に適ったポジションですね。
| いづな薫 | 2010/06/15 7:43 PM |
こんにちわ。毎回ハーバード白熱教室を視聴しております。たぶんこの番組がなかったら、カントやベンサムやアリストテレスなどの理論の一端を知ることもなく人生を過ごしていただろうと思い、この番組に感謝しております。
ところで、今回の授業の中で、かなり違和感というか国民性の違いを感じた部分があります。学生さんたちの大多数(成否拮抗ではなく)がルームメイトのカンニングを見逃す行為もバリジャーが弟を庇う行為にも当然のごとく賛同したということです(編集で反対意見がカットされた可能性はありますが)。身びいきな考え方はどこにでもあるとは思いますが、日本でこの質問をしたら一体どういう結果が出るでしょうか。興味があります。この手の友情(あるいは家族愛)と正義の板挟みというテーマは青春ドラマやサスペンスドラマなどでもよく取り上げられますが、少なくとも冷静な第三者的な立場で考えた場合には(現実に自分がそういう状況に置かれたら話は別でしょうけど)、日本では表向きは「罪を犯したものを庇うことは、本人のためにならない」というのが多数を占めるのではないかと思います(相棒の杉下右京が犯人に言いそうですね)。間違ったことでも身内のやったことは擁護するという傾向を見ると、イラク戦争を遂行した(大量破壊兵器がなかったにもかかわらず)ブッシュを米国人があまり批判しないのも納得できるような気もします。
| キムリン | 2010/06/16 8:28 AM |
キムリン様

初めまして、管理人のいづなです。
コメント賜りまして、心より感謝申し上げます。
白熱教室、毎回、知的好奇心をそそられますよね。

>ルームメイトのカンニングを見逃す行為もバリジャーが弟を庇う行為にも当然のごとく賛同したということです

 賛成多かったですね。
ルームメイトカンニングの件は、賛同者は多いかもと思いました。
 そもそも大学の研究となると、カンニングしてどうこう出来る解答でもないですし。
サンデル先生に、「私の質問を台無しにしたな。」と言われそうですけれど。笑
 アメリカが訴訟社会と言う、側面もあるでしょうね。 
バリジャー兄弟のエピソードは、彼らのコミュニタリア二ズムである、家庭環境に大変興味を持ちました。
 
>(現実に自分がそういう状況に置かれたら話は別でしょうけど)、日本では表向きは「罪を犯したものを庇うことは、本人のためにならない」
 
 キムリン様と同じく感じた、日本の視聴者は多いでしょう。

 発言していた学生は、友人のカンニング程度だったら、黙っている事に賛同するのではないでしょうか。
 バルジャー兄弟は、肉親。「カンニングの友人」より、よりコミニュティーの負荷が重く強いですね。
 そして、アメリカの歴史の中に広く存在する人種差別問題。
 この拘束力の違う3つのコミュニティーを挙げ、善の必要性を導いた授業に感銘を受けました。
| いづな薫 | 2010/06/16 11:07 PM |
いづな様
 
 私もサンデル教授は、以前から心理学や脳科学引用文献で出てきていたので知っていましたし、氏の話しは大好きです。いづな様のブログで登場するとは思いませんでした!

 毎週「白熱教室」はHDに録画して見ていますし、氏の著書も好きです。なかでも「justice」(邦題:これからの正義の話しをしよう」は面白いです。

 結論から言うと、2つポイントがありますが、
\祥里氾賤里如◆崟亀繊廖崙仔繊淵皀薀襦法廚砲弔い討旅佑方(思想の紡ぎ方)が違うということ。
 やはり、justice「正義」という観念は深く道徳観に基づいていますが、西洋と東洋(特に日本は異質な文化)では全く違うということです。

 西洋の経済・産業の精神構造の基盤となっているのが、功利主義です。ジェレミー・ベンサムは、「道徳の原則は、苦痛に対する快楽の割合を最大化することだ」と喝破してます。すなわち、快楽をはばむ、苦痛などの障害を除去することが最大の効用だと言っています。
 2004年のメキシコを襲ったハリケーン・チャーリーの影響で、便乗値上げ(氷が通常の10倍の値段で販売)問題が社会問題になっても、それを支持する経済者が多かったと言う事実からも、正義という理念が東洋と異なっています。理論的・分析的・利己的(主観的)なのに対し、東洋は実践的・感覚的・体現的といえましょう。
※余談ですが、第二次大戦中スラバヤ海域で、日本の巡洋艦「雷(いかづち)」艦長、工藤俊作が敵兵のイギリス兵437名全員を救出したエピソードがあります。義を見てせざるは勇なきなりと助けたそうです。

もう一つのポイントとして、
◆嵜祐屬録焚修靴討い襪發痢廖△箸い┐泙后
 古代から中世、近代へ人類は歴史を紡いできました。その多くが、侵略し、取る・奪うという手法を用いた拡大戦略でした。人間が進化・成長していく過程で、正当化するために多くの理論の実験を行ってきました。
 しかし現在、取る・奪うではなく、融和的・友好的に互恵的に戦略していかないといけないというステージに変わってきました。これはやはり、進化といえるのでしょう。人間も少しずつでも進化しているのでしょうね。


 世界がグローバルになってきたことから、「正義」justiceとは何か?「倫理観」とは?が問われてきました。
まさに、我らが謙信公の「義」の心がこれから脚光をあびるかもしれませんね。それでは。
                      越後義太郎




| 越後義太郎 | 2010/06/17 10:05 AM |
いづな薫様
コメントありがとうございます。
カンニングする友人を見逃す件についての、日米の考え方の違いは、もしかするとアメリカに金八先生や中学生日記のようなテレビ番組がないからなのかもしれません(日本だと金八先生に、それは本当の友情ではない!とか一喝されそうですから)。そういう意味で、個人は自分が所属する共同体から大きな影響を受ける存在であることが裏付けられるのかもしれません。
サンデル教授のベースは、コミュニタリアニズムだということですが、来週の授業でこの領域にどのような形で結論をだすのか非常に興味深いです。
| キムリン | 2010/06/17 11:27 AM |
越後義太郎さま

多方面でお世話になり、感謝申し上げます。
また、共通の趣味が出来てしまいましたね。笑

>いづな様のブログで登場するとは思いませんでした!

そうですか?笑。
私は、義太郎様がサンデル先生の講義に、関心をお持ちだろうと思っていましたよ。当然だよ〜ですか。笑

「justice」、面白いですね。
私も、テレビ放送の方は、多忙期だったので、録画しておいたのを、最近まとめて見ています。

仰るとおり、西洋と東洋で、「正義」「道徳(モラル)」の考え方が違いますね。
 アメリカと欧州も違う。哲学全体を考えても、同じ根を持ちながら特に実効性を追究するアメリカ。
 机上の空論に満足しなければ、聞いてて面白いものがあります。

>2004年のメキシコを襲ったハリケーン・チャーリーの影響で、便乗値上げ(氷が通常の10倍の値段で販売)問題が社会問題になっても、それを支持する経済者が多かったと言う事実からも、正義という理念が東洋と異なっています。

 このお話、JUSTICE"の冒頭に出て参りますよね。
私もこの正義論に興味を惹かれます。
 
>日本の巡洋艦「雷(いかづち)」艦長、工藤俊作が敵兵のイギリス兵437名全員を救出したエピソードがあります。

 エチオピア系ユダヤ人救出と、真逆のエピソードですね。

>世界がグローバルになってきたことから、「正義」justiceとは何か?「倫理観」とは?が問われてきました。

 はい。昔各国間の情報伝達が容易でなかった時代は、このようなことを考える機会も稀だったでしょう。
 義太郎さま仰る所の、盗る奪うから友好的な関係、人間の進化ですね。

謙信公の「義」について、日本人以外の方に話したことがあります。これはまた別の機会に。

いつもご贔屓にして下さり、ありがとうございます。
| いづな薫 | 2010/06/17 3:30 PM |
キムリン様

またお越し下さり、大変うれしいです。
コメントいただき、どうもありがとうございます。

>カンニングする友人を見逃す件についての、日米の考え方の違いは、もしかするとアメリカに金八先生や中学生日記のようなテレビ番組がないからなのかもしれません

興味深く面白いご意見、賜りました、笑。
アメリカは、あの様な番組ないのですね。

>サンデル教授のベースは、コミュニタリアニズムだということですが、来週の授業でこの領域にどのような形で結論をだすのか非常に興味深いです。

前回あたりから、サンデル先生の提唱するお考えが中心になっているので、固唾を呑んで見ています。
アリストテレスたち時代から、さまざまな哲学があって、現代まで来ると、その思想の進化に感銘を覚えています。
| いづな薫 | 2010/06/17 8:04 PM |
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