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since 2007.5.21 牽牛子塚古墳けんごしづかこふん、「斉明陵」強まる | 戦国カフェ
   
 
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牽牛子塚古墳けんごしづかこふん、「斉明陵」強まる

奈良県明日香村の牽牛子塚古墳(けんごしづかこふん、7世紀後半)が、この時代の御陵の特徴である、8角形を確認し、
斉明天皇陵である可能性が強いと発表された。

斉明天皇(594〜661)とは、天智天皇、天武天皇の母で、飛鳥時代絶大な権力を握り、巨石の土木工事をいくつも成し遂げ、百済滅亡に立ち会った天皇である。
 日本書紀には、斉明天皇の「飛鳥の石垣工事」の記載が残る。
後飛鳥岡本宮(のちのあすかのをかもとみや)の東の山に、石上山から石を舟200で運んだとある。
 
 7〜8世紀の八角形墳は、天武・持統陵(明日村)など天皇級の古墳の特徴である。
 墳丘は高さ4.5mで3段構成と推定され、底辺部分が135度で曲がり8角形を構成している。
石の土木工事を好んだ斉明墓とされる陵墓、は対辺は22m、周りのじゃり部分を入れると32mに及ぶ。
 墳丘の石室は、幅5m、奥行き3.5m高さ2.5m、側面は安山岩で囲まれている。

 以前の石室内調査で、遺体を収める部屋が2つあり、合葬墳だったことが判明している。
 日本書紀には、斉明天皇と娘の間人皇女が合葬されたと記述がある。
間人皇女と同じ年代の歯や、玉が出土している。
 棺の一部と見られる破片は、漆と布を交互に塗り固めて作る、最高級の「夾紵棺(きょうちょかん)」であった。

この古墳の西2.5kmの場所に、車木(くるまぎ)ケンノウ古墳と言うのがあり、宮内庁は斉明天皇陵に指定している。
 墓誌など決定的証拠が出ない限り、このままで行くそうだ。
いや、陵墓だと思ったら違った。違うと思ったら天皇のお墓だった。
こんなの結構あるけれど、案外そのまま。笑

 斉明陵だとされる牽牛子塚古墳(けんごしづかこふん)からは、非常に重要なデータが出ている。
 より良い保存も、為されていくであろう。
目が覚めるほどの、興味を覚えた。

余談だが、NHKさん、斉明天皇+息子2人でドラマ作ってくれんかの〜。来年崩御後1350年だし。笑

【2010.09.10 Friday 13:03】 author : いづな薫 
| 古代史 | comments(2) | trackbacks(0)|
この記事に関するコメント
宮内庁の横槍が入らないうちに、みんな掘ちゃえ

貴重なデーターが取れます。
| たかしくん | 2010/09/10 6:47 PM |
たかしくん様

コメントありがとうございます。
むやみには掘れません。埋土も貴重な遺物、発掘は必ず破壊を伴ないます。
| いづな薫 | 2010/09/11 7:16 PM |
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