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since 2007.5.21 東大寺大仏殿大刀2振り、1251年ぶりに確認 | 戦国カフェ
   
 
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東大寺大仏殿大刀2振り、1251年ぶりに確認


 歴史的大発見、と言って良いだろう。
奈良・東大寺の大仏の右足元に埋められていた2振りの刀が、1907年に見つかっている。

 その刀、1251年前、正倉院から持ち出され、行方不明になっていた宝物であると、この度判明した。
 鉄製で、長さ97.2cmと98.5cm。
X線をかけて、剣の柄近くに浮き上がった文字は、「陽劔」と「陰劔」である。

2剣は、1907年、大仏殿を修理した時、大仏の載っている、須弥壇(しゅみだん、土台)の中から見つかっていた。
現在、国宝で奈良国立博物館で保管されている。
正倉院に納めた宝物の目録で、「国家珍宝帳」と言うものがある。
756年聖武太上天皇が崩御し、遺愛の品々を東大寺に納める時、楷書体で書かれた、5巻ある目録のうち1巻である。
 当時の、国家的重要文書と言って良い。
そこに、「陽寶劔」(ようほうけん)と「陰寶劔」(いんほうけん)と言う記載が見られ、持ち出したことを示す、「除物」の文字が書かれている。

 持ち出したのは、光明皇后だと考えられている。 
取り出したのは、夫の聖武太上天皇が崩御した3年後の、759年12月。
亡き夫の供養のため光明皇后が正倉院から出し、大仏に供えたのではないか?と推測されるとのことである。


【2010.10.25 Monday 20:53】 author : いづな薫 
| 古代史 | comments(2) | trackbacks(0)|
この記事に関するコメント
こんばんは。
えらいニュースです。今年は光明皇后の1250年忌(というのか?)ですし、なんか余計にドラマを感じます。調べたのが、元興寺文化財研究所っていうのが、こりゃまたすごい!って思うのは私だけ?

剣は正倉院から持ち出されたとのことですが、本日その正倉院展に行ってまいりました。聖武天皇、光明皇后ゆかりのお品が展示されており、それでなくても人が集まるのに、すごいことになってましたけど。

急に寒くなりましたね、月末月初お忙しいとは思いますが、御自愛くださいませ〜。
| sayuri | 2010/10/27 11:06 PM |
sayuriさま

お越し下さり、とっても嬉しいです!
コメント感謝します〜。

>今年は光明皇后の1250年忌(というのか?)ですし、

菩提僊那(ぼだいせんな)の1250年法要について、今春ブログに書きましたが、皇后と同年没でしたね。
 大仏建立グループがバタバタ逝きますな。

元興寺、お寺そのものがお宝ですからね。
私も、元興寺屋根裏に行きたいです。
正倉院、秋の公開ですか。
今年は1300年記念もあり、凄い人出でしょうね。
東京で今、東大寺展していますが、八角灯篭持って来ちゃってますな。
あれは、東大寺にあるからこそ良いんですが。笑
寒くなりましたね、お体ご自愛下さいね。
昨夜鍋しようと思って魚屋に行ったら、刺身が安かったんで急遽寿司になってしまいました。
 飛鳥鍋でも食べたいです。
| いづな薫 | 2010/10/28 9:35 AM |
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 仕事(技術・研究系)と人と環境に優しい生活を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、野球、音楽、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住→東京→Toronto

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