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since 2007.5.21 坂本龍馬暗殺を検証する 5 | 戦国カフェ
   
 
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坂本龍馬暗殺を検証する 5
今回は、龍馬暗殺実行犯、今井信郎に焦点を当てたい。

今井は、龍馬襲撃に加わった後、函館五稜郭の戦いで破れ降伏する。
捕まった時、龍馬暗殺の真相を新政府側に語った文書があるので、いづなが読み下してみる。
供述内容は、『坂本龍馬関係文書』 明治3年2月

明治3年2月兵部省での、今井信郎、30歳の時の供述調書である。

坂本龍馬殺害の儀は、佐々木唯(只)三郎の指図だった。
先日は取り逃がしたので、今度こそは捕まえ、手に余る時は、討ち果たしてしまおうと言うことだった。
佐々木唯三郎、渡辺吉太郎、高橋安次郎、桂隼之助、土居仲蔵、桜井大三郎、の7人で三条下ルの龍馬の宿に昼頃行った。
龍馬は留守で、夜五つ頃また行ったら在宅していた。
指揮官の佐々木只三郎が先に行き、すぐに渡辺、高橋が2階へ上がった。
土井、桜井は階下で控えていて、2階の様子は知らなかった。2階より、降りて言うことには、3人(龍馬、中岡、藤吉)を討ち果たした。
一同は、その場を去り、二条通にて、高橋、渡辺は見廻組屋敷に戻り、佐々木は帰り、私共は宿に帰った。

そして、明治3年5月刑部省での取調べ

・・・略・・・龍馬の旅宿にまかり越し、渡辺吉太郎、高橋安次郎、桂隼之助は2階に踏み込み、私並び土井仲蔵、桜井大三郎は、台所で見張りをしていた。

 刑部省でも、兵部省同様の口述が続き、この供述書が公表されてから、京都見廻組犯行説が一般的となった。
裁判の判決も、それに即したものとなっている。
 しかし、今井以外は、全員鳥羽伏見の戦いで死亡しており、他の実行犯からの供述は取れていない。
つまり、裏付け証言がない。

それから、30年後、今井は、地方新聞社の取材に不可解なことを言った

龍馬を殺したのは自分で、暗殺犯の1人はまだ生存している。
3年前の兵部省、刑部省の調書とは違う発言である。

このことから、今井が明治三年時点で、自分と生きているもう1人の罪を、鳥羽伏見で死んだ仲間におっかぶせたと言う、推測が立つ。

 事件当時、現場には、鞘が1つ残されている。
これについて今井信郎は、渡辺吉太郎が、6畳に置いて帰ったとしている。
しかし、明治44年になって、元見廻組の渡辺篤と言う人物が、異議を唱える。

「鞘は、世良敏郎(せら としろう)の物である。」

「そして、自分こそが龍馬を斬った人物である。」

今井が言う、もうひとりの生存者、それは、この渡辺篤ではないか。

襲撃は、今井信郎、渡辺篤、世良敏郎(せら としろう・鞘を現場に落とした人物)で行われた可能性が強いように思う。
佐々木只(唯)三郎は、指揮官のため、2階入り口で顛末を見届けていた可能性がある。
世良は、どちらかというと、文人肌だったと言うから、斬ったのは、今井信郎渡辺篤

京都・霊山歴史館には、龍馬を斬ったとされる見廻組・桂隼之助の刀と言う物が現存する。
私も、見たことがある。
刀身にはいくつもの傷があり、戦いの凄まじさが感じられる。
龍馬らがいた近江屋の部屋は天井が低く、大刀は適せず、小太刀か脇差が良かったのかもしれない。

そして、今井の脇差も同博物館に現存する。
今井は、鳥羽伏見の戦いの直前、京都は危険なので、妻に江戸へ非難するよう勧める。
その時、坂本と中岡を斬った長刀と、守護職から賜った褒状を見せたと言う。
守護職とは、会津藩主・松平容保である。
この長刀は、失われてしまったが、共に差し料にしていた脇差が現存する。今年、東京でも公開されていた。

今井信郎所用 脇差 銘 山城守源一法

私は、刀剣が好きで見る。しかし、この刀、けっして良い刀ではない。
その刀を今井は質屋に出したが、後でわざわざ買い戻している。
しかし、今井にとっては特別な思い入れがある品なのだろう。

今井信郎は、禁固刑の後、明治5年罪を赦され、静岡に転勤。

明治11年頃、今井は、龍馬の養子となっていた坂本直(さかもとなお・高松太郎・龍馬の姉の子で海援隊士)から呼び出しを受ける。
「龍馬の法要を開くから、来い。」、と言う。
今井は殺されるかもしれないと思ったが、行かないのも恥だと思い法要に出かけた。

「この先は、日本のため共に頑張ろう。」と坂本直(さかもとなお・海援隊の高松太郎)と話し合ったと言う。
叔父龍馬に似て、寛大すぎる直(なお)である。
今井は、明治期にキリスト教に入信する。
暗殺犯の中で一番年長で最も長く生き、大正8年77年の生涯を終えた。


                                 「龍馬暗殺を検証する」 終

【2010.12.02 Thursday 07:56】 author : いづな薫 
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 仕事(技術・研究系)と環境に優しい生活、家族を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、クラッシック、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

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