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since 2007.5.21 斉明天皇陵隣りで、石室出土 | 戦国カフェ
   
 
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斉明天皇陵隣りで、石室出土
明日香は、何が埋まっているか分からない。

斉明天皇陵だとほぼ確定の牽牛子塚(けんごしづか)古墳(奈良県明日香村、7世紀後半)が話題になって間もないのに、
今度はお隣から、今度は孫娘の大田皇女(おおたのひめみこ)のお墓らしき石室が出て来た。
越塚御門古墳(こしつかごもんこふん)と、名付けられている。 

斉明天皇陵の牽牛子塚(けんごしづか)古墳を埋め戻していた時、古墳の南東20mの所にある巨石が知られていたと言う。
巨石の周りを1m掘り下げた時、スコップがガチンッとあたり、石室の底板を発見したという。
床石の大きさは、縦横300×350cm、石室は縦横高さ、240×90×60cm。
2枚の石の総量80t、さすが石文化の女王の孫
調査中の明日香村教育委員会によると、この石室も斉明陵と同様、巨石をくりぬいた石槨(せっかく=石室)構造だと言う。
なお、墳丘は崩れており、墓全体の形や大きさは不明である。
日本書紀には、斉明天皇の墓の近くには、孫の大田皇女(おおたのひめみこ)の墓、との記述があり、それを裏付ける発見となりそうだ。 
 牽牛子塚古墳(けんごしづかこふん)の被葬者は、斉明天皇との説がより強まったと言える。


大田皇女(おおたのひめみこ)、スーパー女帝斉明天皇の孫で、天智天皇の娘で、天武天皇の孫と言う、血筋である。
ちなみに天智と天武は兄弟なので、血がめちゃくちゃ近い。
大田皇女(おおたのひめみこ)の息子には、悲運の皇子、大津皇子(おおつのみこ)がいる。
持統天皇は、大田皇女(おおたのひめみこ)の同母妹である。
そして、大田皇女(おおたのひめみこ)、持統天皇、ともに同じ天武天皇の妻であった。
大田皇女は、若くして亡くなり、妹の持統天皇が皇后になった。この時は、鸕野讃良皇女(うののさららのひめみこ)と言った。
分かりにくいので、持統天皇で統一。
持統天皇には、草壁皇子と言う息子がいた。
これを皇位継承者にするため、姉の子・大津皇子が邪魔になる。
父親、天武天皇が崩御すると、大津皇子は謀反の疑いで捕縛され、死を賜った。
大田皇女(おおたのひめみこ)が若死にしなければ、彼女が皇后になった可能性が強い。
ならば、大津皇子の悲劇もなかったかもしれない。

【2010.12.09 Thursday 21:58】 author : いづな薫 
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かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

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