大河ドラマ 龍馬伝 幕末 古代 上杉
since 2007.5.21 正岡子規のお墓 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
<< 坂の上の雲、感想 「子規、逝く」  | main | ヒスイ揚げ (銀杏揚げ) >>
正岡子規のお墓



正岡子規のお墓に、お参りして来ました。合掌。
場所は、東京田端の大龍寺。JR田端駅から10分くらいです。
お寺本堂の左側の墓地入り口には、正岡子規のお墓の地図が貼ってあります。

子規のお墓むかって右には、母・八重のお墓があります。
”兄のそばで”の遺言どおり、妹・律も隣りに眠っています。(正岡家累代のお墓)
仲の良い家族であり、それ以上の固い絆で結ばれた3人は、今も一緒です。

向かって、左手には「子規碑」があります。

子規碑は2度建て替えられ、現在はこんな感じですが、刻まれた言葉は子規が生前、墓誌に刻んでくれと遺した言葉です。

正岡常規又の名は処之助 又の名は升 又の名は子規 又の名は獺祭書屋主人 又の名は
竹の里人 伊予松山に生まれ東京根岸に住す 父隼太松山藩御馬廻加番たり 卒す 
母大原氏に養われる 日本新聞社員たり 明治三十□年□月□日没す 享年三十□月
月給四十円
獺祭書屋主人とは、子規の号。獺とは、”かわうそ”のことである。
古来中国では、かわうそは獲った魚を並べて食べるとされ、それが祭祀を行うように見えたと言う。
”かわうそ”でさえ祭祀を行う。
唐を代表する詩人李商隠(りしょういん)は、詩を書いた短冊を左右に並べたと言う。彼の号は獺祭魚。
子規は、この唐の大詩人にあやかったようだ。



新しい大龍寺本堂。


大龍寺お隣りの、八幡神社のケヤキ。
太平洋戦争の時、焼夷弾が当たり、無残に焼けてしまいます。
しかしこのケヤキの防御で、多くの避難民が助かったそうです。
現在、周囲から皮が巻き込み、見事に復活しています。

【2010.12.13 Monday 09:44】 author : いづな薫 
| 坂の上の雲 | comments(0) | trackbacks(0)|
この記事に関するコメント
コメントする









過去のページへ
この記事のトラックバックURL
http://cafe.kenshingen.fem.jp/trackback/1415580
トラックバック

戦国カフェオリジナルグッズショップです。 戦国カフェオリジナルグッズショップへ
    いづなへメール

 仕事(技術・研究系)と環境に優しい生活、家族を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、クラッシック、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

   当サイトは、コピー、転載、ダウンロード、直リンク、持ち出しは禁止です。
◆ 著作権はすべて、
いづな薫に属します。
 過去のページへ


   にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
   にほんブログ村。
   ランキングはお休み中