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since 2007.5.21 応神天皇陵立ち入り調査 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
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応神天皇陵立ち入り調査

5世紀前半に作られたと見られる、大阪羽曳野市の「応神天皇陵」の立ち入り調査が行われた。
宮内庁が管理する古墳時代の天皇陵で歴史研究のため立ち入り調査が行われたのは初めて。
 今回調査は、墳丘にめぐらされている”ほり”を囲む堤の部分。

 応神天皇とは、日本書紀第10巻に出て来る、数奇な運命のもと生まれた天皇である。
天皇は、誉田別尊(ほむたわけのみこと)と呼ばれた。古事記では、品陀和気命(ほむだわけのみこと)で出て来る。
父は仲哀天皇、母は神功皇后である。
応神天皇は、「胎中天皇・はらのうちにましますすめらみこと」と言う、別名を持つ。
仲哀天皇が神功皇后と共に熊襲征伐に九州に出かけ、神懸りした神功皇后より住吉大神のお告げを受けた。
しかし、お告げを無視し非難しため、神の祟りが起き仲哀天皇は崩御してしまう。
神功皇后は、おなかに応神天皇を宿したまま、新羅(朝鮮)征伐に出かけたというものである。
神功皇后、夫を亡くした上マタニティー期で戦争指揮官、戦では軍規を重んじたと言う、
超が付くスーパーウーマン
古代は斉明天皇と言い、英雄ばりの女性が結構いる。

さて陵墓について、書きたい。
陵墓とは、宮内庁管理の皇室の墓である。
天皇、皇后、太皇太后、皇太后の墓をと呼び、その他皇室の人のを、という。
考古学者、歴史学者たちは立ち入り調査を40年以上前から、願っていたが、宮内庁は今も存続する皇室の廟であり、
静謐(せいひつ)を侵すと言う理由で許可して来なかった。
陵墓は整備のための護岸工事をするが、そのための立ち入り調査はしている。
歴史研究調査はしないのに、陵墓の護岸工事はしてしまうと言う、不思議なことになっている。
貴重な人類の遺産である、日本の墳墓の多くは研究がされないままになっている。
しかし、宮内庁は発掘調査は今後も認めないそうだ。
奈良県桜井市で、纒向(まきむく)遺跡の調査が進み、卑弥呼の宮殿ではないかと推測されている。
纒向(まきむく)遺跡に含まれる、箸墓古墳は卑弥呼の墓ではないか?とも言われる。
箸墓の近くで見つかった土器の年代が、炭素年代法で240〜260年と言う結果が出ているが、
宮内庁管理なので、それ以上の調査は行われていない。

ニュージーランドが大地震に見舞われたが、地震国の日本でも墳丘に地震被害と見られる崩落が陵墓地形図から確認されている。
 誉田御廟山古墳(こんだごびょうやま・応神陵)をはじめ、大山古墳(仁徳陵)、渋谷向山古墳(景行陵)にも被害が
見られる。
 宮内庁が、調査許可したくないと言う意見も、古代から伝わる神々を実在とし、神事を受け継いで来たことを考えると
理解出来る。
が、古墳を陵墓、または文化遺産として維持するには、やはり立ち入り調査は必要だと感じる。

【2011.02.25 Friday 20:35】 author : いづな薫 
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 仕事(技術・研究系)と環境に優しい生活、家族を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、クラッシック、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

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