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since 2007.5.21 災害と文化遺産 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
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災害と文化遺産
ニュージーランド地震により、耐震性の低い古都クライストチャーチは、被害がひどいと言う。
エジプトのデモでは、略奪されたカイロ博物館所蔵のツタンカーメンなどの宝物が、ゴミ箱にうち捨てられていた。

災害や紛争は人命だけでなく、文化財も危機にさらされる。
今日は災害と文化財について、少し書いてみたい。

昨今歴史研究のための立ち入り調査が初めて行われた、応神天皇陵は、以前より地震による崩壊が指摘されている。
日本では、地震による文化財的建築物、文物の破損は頻繁に起きて来た。
文化財に亀裂が入ったり崩落させるだけでなく、火災を起こしたりするので被害は甚大だ。

2004年10月23日に起きた新潟中越地震は、山間部に強い揺れがあり、最大震度7を記録した大地震であった。
私はこの日の新聞を、その頃の居住地であるフランスとドイツの国境地域で見ていた。
地震が極めて少ない彼の地でも、記事の取り上げ方は大きく、私の親しい人々はかなり心配してくれた。
後で日本に帰って来ていろいろ調べると、地盤が大きく破壊されたため、山間部にある中世の山城がかなり破壊されたと言う。
山岳地帯のため、重機などの修復機材が入れず、そのままになっているのも多い。
博物館内に展示してある、土器や陶器製品は倒れ破損し、その後は免震台に載せ、テグスで固定するなど、地震対策を図っている。

2007年3月25日能登半島地震では、七尾城の貴重な野面(のづら)積み石垣が崩落した。
戦国時代の石垣は、石一つ一つが貴重な文化財である。
レーザー計測を元に、元通り丁寧に積み上げられている。

 奈良の興福寺の阿修羅も、耐震対策が今月採られている。
特殊加工鋼板を2枚重ねした装置を、台座の下に敷き、地震が発生すると、上板が緩やかにスライドする。
阿修羅は長い歴史の中で、人の力で火事からも逃れて来た。
乾漆造(かんしつぞう)のため軽く、火事など災害の際には、僧侶たちが容易に運び出すことが出来たのである。
乾漆造(かんしつぞう)とは、麻布を漆で固めことを繰り返し、漆と木粉を混ぜ、像に塗りつけ形作る、東洋で見られる彫像製作法。
その乾漆造(かんしつぞう)のため、軽く、火事など災害が起きた時は僧侶が容易に運び出すことが出来たので、今日に残った。
それでも、明治期には、6本の腕のうち2本が折れ、痛々しい姿をさらしている。

文化遺産をこわす要因は、地震や暴動だけではない。
空襲や雷で城や塔が焼けてしまった例も多くある。
塔は、その傘の様な構造から、耐震構造となり揺れには弱いが、落雷により焼けているものが多い。
名古屋城や広島城など、空襲で焼けてしまった城も数多い。
名古屋城は、金のしゃちほこが焼け落ちて、現在金の茶釜が出来ている。

 最後に、雷で焼けた美しい城を語る。
青森新幹線開通で、話題になる、青森・弘前城である。
桜の名所として全国的に知られ、堀に散り注ぐ桜の花びらで水面がピンクに染まる頃はえもいわれぬ美しさである。
 その弘前城は、1627年9月、しゃちほこに雷が落ち五層の天守閣は焼失してしまった。
その時の火事である。雷はしゃちほこに落ち、三層目が燃え上がり、天井に吊るしてあった時の鐘が2階に落ちた。
この2階はなんと火薬庫で、大爆発を起こし、五層の天守城は完全に失われてしまった。
再建されたのは、1810年、三層の天守閣が完成した。
しかし、城建設が庶民への重税になり、一揆への引き金となって行くのである。
幕末東北には、奥羽列藩同盟があり、津軽藩も加わったが、早い時期に脱会し、1868年新政府側に参加し、天守閣、南門、辰巳櫓(たつみやぐら)、丑寅櫓(うしとらやぐら)は破壊されずに近代を迎えている。
私も何度か見ているが、南門は慶長期の、日本で数少ない現存する城郭建築であり、大変貴重である。

【2011.03.02 Wednesday 08:52】 author : いづな薫 
| 日本史  | comments(2) | trackbacks(0)|
この記事に関するコメント
度々お邪魔します。

文化財破壊については、私も自分のブログでちらっと書きましたが、本当に難しい問題だと思います。

戦争や政権交代の混乱によるものは、世界中の人々が文化財は人類全体の財産という認識を共有することでしか防げないのではないかと思います。現に、現地の人々のそういう認識の下で守られてきた文化財も、世界各地で見ることができますし。

中国ほどは酷くないですが、日本での文化財破壊、散逸もかなり深刻なんですよね。お城だって、萩や鹿児島の城のように、維新後自分で壊したものも多いとか。廃仏毀釈での破壊や略奪もひどいものだったみたいですし、先の大戦とその後の混乱による滅失散逸は言わずもがな。
日本の場合、可燃性の材料を使ったものが多いから故意でなくても滅失の危険性が高いですしね…文化財にもっと予算を!


 
| じゃいらーん | 2011/03/02 11:18 PM |
じゃいらーん様

ご贔屓にして下さりとても嬉しいです。

>戦争や政権交代の混乱によるものは、世界中の人々が文化財は人類全体の財産という認識を共有することでしか防げないのではないかと思います。

 本当ですね。天災は免震システム、防災で防ぎ、紛争による破壊は戦争をなくす、言うのは簡単ですが、本当に難しい問題です。
欧州の共通歴史教科書など、教育の面から紛争の禍根を未来に残さないことも、文化財保護につながります。

>日本での文化財破壊、散逸もかなり深刻なんですよね。お城だって、萩や鹿児島の城のように、維新後自分で壊したものも多いとか。

未だに多々あります。博物館にある品はまだいいのですが、遺跡保存、特に都市部では現代人の生活を優先されることが多いです。
東京のような密集地で史跡保存は困難を極めます。でも、塩留の明治期の駅遺跡、伊達家など大名家の遺跡は残すべきだったと思います。
日本の文化財予算は少ないですが、多い国と言うのは、過去の歴史で占領など国がなくなるような危機を迎えた国であり、文化保持に大変な努力をします。
文化予算の数字を見るたび、ナショナリズムについて考えさせられます。
| いづな薫 | 2011/03/03 10:03 AM |
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時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、野球、音楽、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住→東京→Toronto

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