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仏教の道
 先日、アフガニスタン・バーミヤン遺跡の巨大石仏が、かつて赤や白、青に色鮮やかに塗られていたことが判明、と言うニュースが流れた。
この世に最初、偶像としての仏様が出現したのはアジャンタ石窟である。
日本に仏教が伝来する200年前のことである。
今日は、仏教伝来のお話。

アジャンタ→バーミヤン→敦煌→法隆寺、と仏教美術は西から東へ伝播して行く。
インターネットで、バーミヤン、法隆寺と同時に検索したら、法隆寺近くにある中華料理バーミヤンが出て来て、閉口した。笑

バーミヤン遺跡は、周知の通り、2001年にタリバンが、ボカンとやってしまい、今は、東大仏西大仏ともに失われている。
古代から続く標高2500mの都市、バーミヤンは、1世紀あたりから岩盤を削ってつくる石窟仏教寺院が建設され始める。
5〜6世紀の頃には、今回カラフルだと判明した西大仏55mと東大仏38mの2体の大仏が彫られている。
 都市バーミヤーンは、仏教文化が繁栄し、630年には、唐の玄奘三蔵が、訪れた。
彼が訪れた時、大仏は金色で装飾されていたと言う。
僧・玄奘は、道昭(どうしょう)の師で、道昭とは、日本に来た渡来僧で日本初めて火葬になった人物である。
道昭(どうしょう)の弟子が、奈良東大寺大仏建立に尽力した行基である。

法隆寺、鞍作止利(くらつくりのとり)作・釈迦三尊像の釈迦如来は、厩戸皇子(うまやどのおうじ・聖徳太子)の
等身大で作られたと伝わる。
釈迦如来は、身長175cm、厩戸皇子は当時の人としては、背が高い。

法隆寺をはじめ、寺院の塔頭には金堂と呼ばれるものがある。
なぜ金堂と言うか?
飛鳥時代、仏様は金属製で、金人(金銅仏)を納めて拝んだので、金堂と呼んだのである。

飛鳥時代、日本に仏教に伝来した。
仏教を受け入れることは、海外の新しい技術や知識を取り入れることでもあった。
外国文化を導入することで、日本の飛鳥の宮に国際文化が花開いたのである。

【2011.03.03 Thursday 08:31】 author : いづな薫 
| 古代史 | comments(2) | trackbacks(0)|
この記事に関するコメント
こんばんは!

バーミヤン、法隆寺で、中華料理「バーミヤン」が出ましたか!!なんと、バチあたりな(笑)でもこれを見た瞬間「桃」のマークがでちゃいました、失礼。

法隆寺、飛鳥寺の仏像と、薬師寺の仏像のお顔を見比べると、海外から来る文化を吸収して、短期間で自分たちのものにしたんだなぁ、といつも思ってしまいます。「知る」ということに対して、とても貪欲ですよねぇ。
| sayuri | 2011/03/04 12:01 AM |
sayuriさま

メールとコメント感謝申し上げます!
法隆寺のバ―ミヤンって必ずしも外れてない上、面白いですな。
狙って出店したんでしょうか?
飛鳥時代、仏教を取り入れることは先進技術を取り入れることでしたね。
仏様のお顔が西域の人たちに似ているは当時の交流を思わせ興味深いです。
またこんなお話を、お会いしてしたいですわ。
| いづな薫 | 2011/03/04 9:12 AM |
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時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、クラッシック、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

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