大河ドラマ 龍馬伝 幕末 古代 上杉
since 2007.5.21 江感想 「義父の涙」 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
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江感想 「義父の涙」
 信長の葬式について書く。
信長の葬式は、天正10年(1582)10月15日、京都大徳寺において、羽柴秀吉が、養子秀勝(信長四男)を喪主にして行っている。
大徳寺を出る3000人の葬列、警護に1万人と言う、天下人の葬儀らしい規模で、葬式を牛耳る秀吉が信長後継者であることを天下に示すものであった。

 信長の棺は、前を池田輝政(信長乳母の孫・池田恒興の子、姫路城を大改修した大名)、後ろを秀勝に担がれている。
棺の中身だが、もちろん遺骸はない。
信長の木造を納めている。
秀吉は信長の愛刀を捧げたと言う。
 信長の法要は、信長死んで100ヶ日の9月12日にもお市の方が妙心寺で行い、秀吉も大徳寺で行っているが、正式な葬儀は、10月15日である。
秀吉は、信長の息子たち、信雄、信孝、重臣柴田勝家らに信長の葬儀をする様子がないことを確認し、自ら盛大な葬儀を行い、彼らが葬儀に参加するのを妨げた。
葬儀には、反秀吉派の有力大名がおらず、秀吉の新天下人のデモンストレーションとなった。
これが、柴田の反感を買い、賤ヶ岳の戦いへとつながって行くのである。
京都大徳寺に、総見院(そうけんいん)と言う塔頭がある。
総見院は織田信長の戒名で秀吉が主君信長の菩提を弔うため、1万貫文を寄進して建立した。
開祖は、古渓宗陳(こけいそうちん)。
信長の葬儀もここで行なわれている。境内には信長一族の墓もある。

ドラマで「女には分からぬが男は戦に行きたいのじゃ」、と市が言っていた。
男女の差で武士の名誉を説明したが、確かに武士には現代人には難しい価値観がある。
本能寺の変の時、信長の息子信忠は、脱出が十分可能なのにもかかわらず、二条御所で自害している。
同場所にいた信長の弟織田有楽斎、水野忠重(家康の母方のおじさん)は脱出に成功している。
信長の長男信忠は、雑兵の手にかかるのは口惜し、として自ら命を絶っている。
武士としての名を惜しんだのである。
京都伏見の落ち武者狩りの農民の手にかかった光秀とは、同時の価値観からすれば、その死に雲泥の差がある。
そして信忠が生きていたら、秀吉の台頭もなかったかもしれない。

さて、感想。
今週も柴田パパサイコ―!
戦場で刺繍してたんか?笑
江が作った勝家袋も可愛い。
勝家本当にけなげで良き父だが、来週は賤ヶ岳かな。


追伸2つ
Taroの塔、今週は出張のため見られず。再放送で見ます。

インテルの長友選手がセリエA初ゴール!!
しかもホームでの試合。この先も優勝を目指したいとのこと。
サンデースポーツ見てたら、香川選手が出ていて、長友選手のようにビッククラブへ移籍しタイトルを取りたいと語っていた。
みんな頑張れ〜応援するよ〜。

【2011.03.07 Monday 17:45】 author : いづな薫 
| | comments(6) | trackbacks(0)|
この記事に関するコメント
いづな先生、失礼致します^^!

…今週の江、下拙、ヤラれ申し候…TT!

>勝家パパサイコー!
(笑)…勝家パパ、サイコーにて御座候…!(笑)

この勝家殿こそ"理想の父"であり、かつ"理想の夫"であると存じます!
戦場では、"鬼柴田"や"かかれ柴田"など幾つもの通り名が付くほどの猛々しき武士に御座いますが‥家庭では、その"強さ"を殆ど出さず、不器用で厳しくもあれど、誠に愛情と温かさに満ち溢れた可愛く優しいパパなのですから^^
…昨今の日本に、最も必要とされるタイプのパパではないでしょうか?

下拙も男として、この"勝家先生"より誠に多くのことを学ばせて頂きおり申し候!

ただ、お市殿と勝家殿とのお二人のシーン‥そして、可愛い可愛い娘達よりお守りを貰い受け、それらをお江殿の作りし"自身の姿の刺繍"が入ったお守り袋に入れるシーンには、下拙、滝の如くに号泣致し申し候TT!
…ラストの、勇ましく出撃する勝家殿の武張った甲冑に吊された可愛い可愛いお守り袋にて下拙が涙線、ヤラれ申し候TT!!(笑)

…次週、下拙、気を失う恐れあり…!(笑)

いづな先生、ブ熱いメール、失礼致しました!
毎回素晴らしいお話の数々、誠に有り難う御座います^^!
| 次郎左右衛門 | 2011/03/07 4:02 PM |
次郎左右衛門さま


コメントありがとうございます。
勝家パパ、いいですよね。

>この勝家殿こそ"理想の父"であり、かつ"理想の夫"であると存じます!

おっしゃるとおりでございます。
温かい勝家パパ、素敵なキャラに仕上がっています。
理想の父ですね。

>拙も男として、この"勝家先生"より誠に多くのことを学ばせて頂きおり申し候!

次郎左右衛門さまは今のままで、十分御立派でございます。
勝家の袋、お市と勝家の会話、なかなかだったと思います。
勝家の甲冑についたお守り袋、かわいいですよね。

>次週、下拙、気を失う恐れあり…!(笑)

だっ大丈夫ですか???
いつもご贔屓にして下さり心より感謝申し上げます。
次郎左右衛門さま、またお越しくださいね。
| いづな薫 | 2011/03/07 5:37 PM |
いづな様 ご無沙汰致しました。

せっかくパパが出来たのに戦国の世とは残酷なものですね。
江ちゃんが真に嬉しそうに「父上〜♪」と呼ぶ姿がキュート。
何だか現代ホームドラマ風ですが、
こういう微笑ましいシーンには顔がほころびますね。
一方、ヒールと言うにはマヌケ過ぎなサル。
気のせいでしょうか?私は昨年の「●太郎」を思い出します。
芸風、かぶってませんか?

今月より不肖ブログをスタートさせました。
リンクを貼らせていただきましたが
宜しかったでしょうか?
| | 2011/03/08 4:15 PM |
湛さま

ようこそお越しくださいました。

>せっかくパパが出来たのに戦国の世とは残酷なものですね。

 江は今度は母と義父と別れねばなりませぬな。泣
勝家と江、父娘はほほえましいですね。

>ヒールと言うにはマヌケ過ぎなサル。

 爆笑〜「マヌケ過ぎなサル」

>芸風、かぶってませんか?

主人公の邪魔をしながら、影響されていくと言うようなでしょうか。笑
弥太郎は家庭内問題の絶えない家でしたが、家族を大事にしていたことが良かったと思います。
今年のサルは、茶々や松の丸らに取り囲まれますね。
北政所を大事にしてくれることを願います。

>リンクを貼らせていただきましたが
宜しかったでしょうか?

もちろんでございます、深く感謝申し上げます。
御ブログ、明日以降に参上つかまつりまする。
| いづな薫 | 2011/03/08 9:49 PM |
このような最中、申し訳ございません
ひとつ教えて頂きたい事がありましてお邪魔しましたm(__)m
内容は
秀吉の側室となる前の龍子の3人の子供は、どうなったのでしょう?
| 茶々 | 2011/03/25 10:54 AM |
茶々様

お越し嬉しいです〜。ありがとうございます。
京極龍子の3人の子のうち息子2人は、殺された、または北政所の仲立ちで北政所の兄弟の養子になった説がありますね。
| いづな薫 | 2011/03/25 9:00 PM |
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 仕事(技術・研究系)と環境に優しい生活、家族を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、クラッシック、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

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