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since 2007.5.21 江、感想 「猿の人質」 | 戦国カフェ
   
 
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江、感想 「猿の人質」

「猿の分際で一緒に泣くな!」と、江に怒鳴られた猿が、江の中に信長の姿を見たのが面白かった。
おねと京極龍子の、悠然と生きる姿がいい。
京極龍子、大変な美女として知られ、江の次姉・初の夫は龍子の弟(兄)である。
身内の仇と言う存在は大変なことだが、互いに殺傷しあう戦国時代では、存続をかけて仇とも縁を結ぶ。
三姉妹が亡き母を想って泣くシーン、これも400年程前の現実と思いながら、やはり今月の地震で家族を亡くした被災者を想った。

信長の3男織田信孝ついて、少しだけ記述する。
幼名三七、3月7日生まれだとか言う説もあるが、定かではない。
信長が北伊勢を攻めた時、降伏した神戸城(かんべじょう・三重県鈴鹿市)の城主、神戸具盛(かんべとももり)の養子となり、神戸信孝とも称す。
本能寺で父信長が横死すると、3男信孝は丹羽長秀と秀吉に合流し、山崎の合戦で、明智光秀を討伐。
美濃岐阜城の城主になったが、次兄の織田信雄と争うこになる。
信雄には秀吉が、信孝は柴田勝家が付いて、賤ヶ岳の戦いを迎えた。
しかし居城岐阜城を信雄に取り囲まれ、柴田勝家も北ノ庄で自害してしまった。
信孝は、信雄に岐阜城を明け渡し、和約を願い出て、自身は自害した。
墓は、三重県亀山市福蔵寺、愛知県美浜町大御堂寺の双方にある。


【2011.03.28 Monday 20:53】 author : いづな薫 
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 仕事(技術・研究系)と環境に優しい生活、家族を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、クラッシック、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

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