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since 2007.5.21 大地震で命を落とさないために | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
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大地震で命を落とさないために
最近日本に起きた大地震に、奇妙な共通点がある。

1995年1月17日午前5:46 阪神淡路大震災
2001年3月24日(土) 広島芸予地震
2004年10月23日(土) 新潟中越地震
2005年3月20日(日) 福岡西方沖地震
2007年3月25日(日) 能登半島沖地震、
2007年7月16日(月・海の日で祝) 新潟県中越沖地震
2008年6月14日(土) 岩手宮城内陸地震
2009年8月11日(火・夏休み中) 静岡沖地震
2011年3月11日(金) 東北地方太平洋沖地震

さて、上記で奇妙な共通点とは何か。
今年の3.11以外、比較的家族がまとまっている時間におきていると言うことである。
3.11は平日の昼間起きた。
実際、東北では家族がばらばらの箇所にいて、被災している。
まず、自分の命をまもり、離れた家族とどう連絡を取り落ち合うか考えておかねばならない。

今日は東京を例に、防災の注意点を考えたい。

3月11日、東京でも震度5強の揺れに見舞われ、交通が止まり大混乱を来たした。
しかし、関東地震、南関東直下地震に比べれば、被害はなかったも同じである。
この2つに当てはまる地震が首都圏で起きた時、膨大な死者と負傷者、建物倒壊を覚悟しなければならない。
関東地震とは、200〜300年に起きるM8クラスの地震で、1703年元禄大地震と
1923年関東大震災が例だ。
南関東直下型地震は、関東地震の合間に数回起きるM7クラスの地震で、1855年の安政江戸地震、1894年明治東京地震が当てはまる。
M7クラスでも、密集した首都圏では甚大な被害になる。
前回の1894年の地震から、117年経つ今年、地震エネルギーはたまりに溜まっていると考えられる。

関東の巨大地震と、3.11とは全く別物と考えなければならない。
3.11の時は、東京では火災も起きていないし、建物が広範囲に倒壊してもいない。(一部九段会館で崩落して死傷者を出した。)

実際関東で巨大地震が起きれば、以下のような被害が考えられる。

1)電車は脱線、横転
2)ビル窓ガラスの崩落、住宅の倒壊
3)走行中の車の横転などによる、衝突事故
4)大規模停電、断水などライフラインの寸断 発電所を分散化して、被害を最小限に留める必要がある。
5)エレベーターの閉じ込め、高層階にいる人が大怪我、閉じ込め
6)地下鉄の落盤事故
7)道路陥没
8)情報が入手しにくいことによる、流言飛語、パニック
9)治安の悪化
10)あちこちで同時多発する、大規模火災 火炎旋風
11)東京は国の組織が集中しているので、複合的に経済、行政が機能しなくなる。

これらが、同時に私たちを襲うことになる。
亡くなる人は、お年寄りが多く、且つ女性が多いそうだ。(女性は長生きでシニア人口が多いから)

しかし、同時多発する大規模火災に巻き込まれたら、若く元気な人も落命する確立が高い。
火の粉は普通50〜200mくらい飛ぶが、2kmくらい飛び火することもある。
火炎旋風とは、広範囲の火災により炎と伴なう旋風になることである。
1923年関東大震災の時、本所被服廠跡の広場で火炎旋風が起こり、人や家財道具に燃え移り3万8千、4万とも言われる死者を出している。
今、東京都慰霊堂(とうきょうといれいどう)がその地に建つ。私もお参りした。
実はいづなの祖母がごく若い頃(幼い頃)ここにいて、生存者の1人となった。

阪神淡路大震災を例に取ると、生き埋めや閉じ込められた時、助けてくれた人は、1)自分、2)家族、3)隣人友人で、
これらが全体の95%近くを占める。
レスキュー隊によるものは、1.7%ほどだ。
つまり、被災したら、自分で自分や家族の命を守らねばならないと言うことだ。

東日本大震災のニュースで、テレビで給水車を見た人は多いと思う。
しかし給水車は来ないと思った方が良い。もし、被災中に給水車に出会えたら、かなりの幸運だ。
東京23区で、給水車は10台くらいしかない
今、東京都の食料備蓄を調べてみたら、乾パン、アルファ米、即席めんなど合わせて、342万4,520食分しかない。
東京都の人口は、1千300万人。
1日1回しか食事が配給にならないとしても、342万人しか行き渡らないのだ。

東京以外の地にお住まいの人も、ご自分の市町村の食料・水備蓄がどの位かネットなどで調べてみて欲しい。
どこも、少量備蓄しかないと思う。
行政は国民に防災と備蓄を促し、もっとマスコミも報道しなければダメだ。日本のマスコミはなんと役に立たないことか。

最低、3日分の食料と水(1日3リットル)を確保しなければならない。1週間あるといい。
中には、1ヶ月備蓄している人もいる。


世界の保険会社では、東京は災害都市のリスクナンバー1に位置する。
日本は地球陸地の400分の1だが、世界の地震の10分の1は日本で起きる。

・食料は国や都が準備してくれるとは思わない方がいい。
・避難所もいっぱいで、収容出来ない。
・仮設トイレは、何百人に1つと言う程度。タンクが満タンなれば使用禁止。
・ビニール袋をたくさん用意し、「大」をして封をし、ダンボールに貯め、後日ゴミ収集が始まったら捨てる。
・庭のある人は穴を掘って、棒を立ててシーツで囲いトイレを作る。
・猫のトイレ用砂が、人間用に使える。
・電話がつながらず家族と連絡が付かない。遠くに住む親戚を中継地点にする。

・寝床の近くに靴を置く。ガラスが散っても歩ける。
・家の中に箒とちりとり、ダンボール、ガムテープを用意。割れガラスを箒とちりとりでダンボールに入れ、ガムテープで破片を取る。
・お風呂の水は絶対に捨てない。(新潟地震に遭った盟友義太郎様案)
・家具にクッションを挟んだり、ベルトでつないだり、転倒防止をする。

あと私がやっていることは、
・エレベーターは極力使わない。閉じ込め事故に遭う確立がぐんと減るし、逃げるための足腰が鍛えられる。
・万が一閉じ込められた時のため、笛を常に所持。
・テレビ、パソコンをロープでつなぎ、ジェルクッションを敷く。
・枕元に靴と懐中電灯を置く。ガラスが割れた室内でも歩けるように。
・冷蔵庫の中の卵引き出しを、飛び出し防止のためガムテープで止めた。(東日本大震災で被災した戦国カフェ読者ともも様案)

備えは十分にし、そして何より命を守ること。
命あってこそ、食料と水がいる。
食べなくても1週間くらいは死なない。
貴重品その他を失っても、とにかく命を第一に考えること。
生き残るために、あらゆる手を打って欲しい。

首都圏を襲う大地震について書いたが、対策は日本中どこでも共通している。津波の危険のある地域はもちろん津波対策を加えて欲しい。
そしてとんでもないことに、この大震災に、原発事故が加わる可能性が大と言うことだ。

石原知事、東京オリンピック誘致に150億もの血税をドブに捨て、性懲りもなくまたオリンピックに立候補している。
石原銀行と言われる新銀行東京も、ひどい物だ。
そんな所に、金使っている場合ではない。
防災対策が出来なければ、一極集中した首都が壊滅、日本全体が危うい。
早急に手厚い防災対策を採るよう、意見を言いたい。
意見窓口は以下にありますので、意見を仰ってもいいと思う方はお願いします。
http://www.metro.tokyo.jp/ANNAI/TOCHO/MADOGUCHI/koe.htm
https://cgi.metro.tokyo.jp/cgibin/cgi-bin/fmail_input_disp.cgi?dep_id=ts02&scr_id=f001&lang_opt=00

野田首相が「ご意見お待ちしてます」と仰るので、原発や防災に関してどんどん書くつもり。
http://www.nodayoshi.gr.jp/contact/contact.html
http://www.kantei.go.jp/jp/iken.html

【2011.09.05 Monday 21:19】 author : いづな薫 
| 地震、原発 | comments(2) | trackbacks(0)|
この記事に関するコメント
もうすぐ3.11から半年です(~Λ~)★
半年の間に震度5弱〜強の余震も数回経験しました。
今は、首都圏の皆様が心配でなりません!!!
(本当に…震度6超えると「卵爆弾」恐いですよ〜苦笑〜)
私も家と会社に多少の備えはしていたつもりですが、実際に被災した
のは訪問先の会社で(しかも中心街付近)なんの備えも無い場所での
被災はパニック状態でした。幸い周りは仕事で付き合いのある方達で
それだけが救いでしたけど、一人だったらどういう行動とれたか自信
無いです。。。その点、電気が復旧してから拝見したいづな様は
さすがです!!!日頃の震災シミュレーションって大事ですね。

実際に被災してみて、いづな様が書き留められてることは本当に
全て大事なことで、生命はもちろんですが、こういった備えをしている
ってだけでも精神的な支えというか…パニックは抑えられます。
もう、、外に避難するまでの行動はパニックになりつつ冷静な自分も
居たのですが…避難先の駐車場に辿りついたらワワ〜ギャーギャーと
パニックになって叫ぶ方達もいて…そういった方にさらに余震がきた時に
腕にしがみつかれた時は私までパニックになりました(苦笑)

色々な困難があってようやく避難所に辿りついた時は、とてももう入れる
状態じゃなく…避難所は2カ所まわっても人が多すぎて立っていて
お邪魔している程度でとても落ち着かず…結局車で過ごしました。
あの恐怖の一日は…分単位で記憶に焼き付いてます。
知人はなんとか避難所に辿りついたものの…支給されたのは
「一人:かっぱえびせん2本」と聞いて驚きましたが、それも
たまたま居合わせた人が皆に支給してと提供したものらしく、
数人に聞いても避難所でゴハンは殆どありえない状況でした。

ギリギリ津波被害を免れた私も、津波が逆流してきた近所の川が
(普段は浅瀬)氾濫し避難勧告が出たり、あちこちでガス漏れした恐怖と
水道管が破裂して冠水した街中をタイヤ半分以上埋まりながら逃げ、
水害が引き起こす数時間後の火災(流れてくるオイルやガソリンや灯油缶
からの漏れなどが水上に上がってきて瞬く間に大火災発生★)から
逃げる時は、揺れ以上の恐怖でした。
仙台駅や某大ホールやスーパーやGSも頑丈かと思ってましたが、
なんと天井が落下!近所の銀行では、ソファーと大きな観葉植物が
ガラスを破って飛んできて、その近くのスーパーの螺旋状の駐車場
(出入り通路)にタイヤ一つで引っかかっている車まで。。。
天井や壁に異常をきたした建物のあちこちではスプリンクラーが誤作動
して、みなさんずぶぬれになって逃げていました。
こうした現象…間違い無く首都圏で大地震がきたら…

ビル屋上の鉄塔やアンテナが飛んだり…上の落下や揺れに気を取られて
逃げようと車道に出て車に跳ねられそうになったり…もう数々★
避難所以外で意外にもセーフティーゾーンだったのは、大きな交差点の
真ん中や、幅の広い大通りの中央分離帯。ビルが密集した場所で被災すると
本当に日頃の避難イメージが大事です。

かなりの長文コメントすみません★いづな様&首都圏の皆様、気をつけて!
| ともも | 2011/09/06 10:52 AM |
ともも様

力の入ったコメント嬉しい限りです!
もうすぐ半年ですね。それにしても、11日と言う日は災害、事件が多いです。9.11もそうだし。
友人と3.11東京の地震の話になると、仙台ではこれが余震なんだよね。と話しています。
震度は1違うと、ものすごく違いますからね。
7は本当に凄かっただろうとお察しします。

>一人だったらどういう行動とれたか自信無いです。

誰にも頼れないとなると、案外腹が据わると思います。
変な例えで申し訳ありませんが、いづな苦手な種類の虫がいて、見つけて騒ぐのは人がいる時だけです。爆。一人の時は黙って捨てます。爆
備えが精神的な支え、いいお言葉ですね。
大地震を経験された方の言葉として、記憶しておきます。

>パニックになって叫ぶ方達もいて…そういった方にさらに余震がきた時に腕にしがみつかれた時は私までパニックになりました

そうですよねぇ。分かります。

>結局車で過ごしました。

このお話し、家族や友人に話しましたよ。貴重です。
知人の方は、「一人:かっぱえびせん2本」ですか。
行政の備蓄は当てにしてはいけないと覚悟していますが、もっと備蓄するよう、意見を書きたいと思います。
津波などで本当に身一つで逃げた人にために渡ると良いのですが、消防署などに聞くと、助ける方も混乱または被災しているため、援助食糧は偏るのが現状とのこと。

>水害が引き起こす数時間後の火災(流れてくるオイルやガソリンや灯油缶からの漏れなどが水上に上がってきて瞬く間に大火災発生★)から逃げる時は、揺れ以上の恐怖でした。

これは、火炎旋風並みの恐怖ですね。
首都は津波被害はあまりないだろうけれど、火災は本当に怖いです。
東海地震では、止まっているとは言え、浜岡原発が危ない。
放射能漏れを起こしたら、東名高速も新幹線も止まり輸送が分断されます。
福井の原発震災は、琵琶湖の汚染が恐ろしいです。関西の飲料水です。
知識があり、供えも十分にすれば、多少なりとも危機を回避できますね。
お互いに、気をつけて暮らしましょう。
これからも地震アドバイスお願いいたします。
| いづな薫 | 2011/09/06 1:30 PM |
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時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、クラッシック、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

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