大河ドラマ 龍馬伝 幕末 古代 上杉
since 2007.5.21 坂の上の雲感想 「敵艦見ゆ」 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
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坂の上の雲感想 「敵艦見ゆ」
 不思議な逸話がある。

バルチック艦隊が日本海、太平洋側いずれを通るかで、日本中が神経をすり減らしていた頃、明治帝・皇后の夢枕に
白い着物の侍が立った。侍は、言う。

「バルチック艦隊東航については、御心配なさることはない。」
白い着物の侍は、更にこう言った。

わが名は、坂本龍馬。


白い着物は海援隊の制服か。

参謀・秋山真之も脳漿を搾り出すほどに悩んでいたが、東郷の不動の考えにより、対馬側日本海の方に確信を持つ。
なぜ東郷が、確信を持って「対馬」と言ったか。

・バルチック艦隊は、東洋の海路に暗く距離的に遠く燃料不足になる可能性がある太平洋航路を行かない。
対馬側を行く方が近く、航海も安全である。
・喜望峰を周る長い船旅をして来たバルチック艦隊の船底には牡蠣(かき)など貝類がくっついて、船のスピードを鈍らせている。
太平洋を回れば、足の早い日本艦隊に追いつかれる可能性がある。
・太平洋周りでウラジオストックに行くには、大回りの上、宗谷海峡を通らねばならない。
宗谷海峡は霧が深く、大艦隊が航行するのは難儀である。
慶応4年(明治元年)に真之が生まれた時、東郷はすでに薩摩藩士として海で戦っていた。
幕末から40年もの間、薩英戦争、戊辰戦争、阿波沖海戦、函館戦争、宮古湾海戦と歴戦して来た東郷平八郎と言う人間の勘もあるだろう。

ドラマの中で秋山真之と共に東郷の言葉を聞いていた島村速雄が、「敵がいくらかでも航海と言うものを知っていれば、必ず対馬海峡を通る。」と述べている。

秋山真之は、心身の限界まで考え抜いても答えは出なかったが、東郷の他にも「対馬に来る」と見ていた人間は多かった。
東京の大本営、他の軍艦の幕僚たち、太平洋戦争終結の時首相だった、鈴木貫太郎(赤井秀和さん)もそう見ていた。
東郷のそばにいる真之は、小さな可能性も排除できず判断材料に入れ悩むが、一歩離れてみれば大局が見える。
的確な形勢判断を行うことが出来る。

「敵艦見ゆ」の時、兵士たちと体操していた秋山がとたんに阿波踊りしたのがおかしい。
これは事実で、見た者がいる。
浜口雄幸首相(任期1929〜1931年)時、海軍大臣になった安保清種(あんぼきよかず)と言う人物である。
バルチック艦隊が三笠前方8000mに迫り、東郷に「どちらで戦をするのですか?!」と怒鳴った人物である。
この後、東郷は手を挙げ、左側を指し示した。
三笠の砲術長安保も、射撃を指揮し功績を挙げている。

戦術と言うものは、敵を撃滅させるだけの準備をし、撃滅するのに都合のいい場所におびき寄せ、気象を最大限に利用する。
これに、戦術家は己の知力体力のすべてを費やすものである。
バルチック艦隊が思い通りの所に来たと言う、真之の狂喜が阿波踊りに現れている。
真之の有名な言葉、「天気晴朗ナレドモ浪高シ」。
濃霧でバルチック艦隊を取り逃がす心配はない、との意味である。

ただ、日本海海戦、日本艦隊の被害も甚大なものだった。
特に秋山や東郷が乗る三笠に多く命中し、50発近く被弾している。
東郷自身、自分の戦死と三笠沈没も計算に入れた末の判断であった。

追伸2つ
・戦国カフェ読者様にはおなじみですが、春日山城にある春日山神社・石碑の揮毫は東郷平八郎でござる。
・坂の上の雲とバルサの試合をテレビ2画面で見ていたが、バルサの技は桁違いに凄い。
サントスのエース、ネイマールがバルサ監督に「僕を連れて行って欲しい。」と直訴したそうだ。


【2011.12.20 Tuesday 21:44】 author : いづな薫 
| 坂の上の雲 | comments(2) | trackbacks(0)|
この記事に関するコメント
 いづな先生、失礼致します^^!

 …先生の御話の、龍馬殿が夢枕に立たれた逸話にて、下拙、総毛立ち申し候…!
それ即ち、龍馬殿が魂となった後にも、この日の本を護って下さっていたと言うことに御座いますよね…?
下拙、その逸話は誠であると存じますTT!

真之殿の阿波踊り、実話だったんですか(笑)
なんともカワイい方ですよね^^
…劇中で彼が、
"本日、天気晴朗ナレド波高シ!"("!"は付いてませんね^^;・笑)
と打電するシーンには、下拙、脳髄が痺れ過ぎた為、目頭まで熱くなりおり申し候TT!

 下拙、若かりし日の東郷殿の御写真を見たことが御座いますが、誠に美しい和泉元彌似の美青年に御座いますよね。
彼の母上、薩摩では"白梅の君"という通り名が付く程の色白の美人であったらしいですから、東郷殿のあの美しさも十分理解できます。


 いづな先生、毎回勉強になる素晴らしい御話、感謝申し上げます。
下拙、毎回感謝感謝にて学ばせて頂きおり申し候^^!


−追伸−
…遅ればせながらですが、下拙の御先祖様の顛末まで調べて下さっておりましたか^^

…まっこと凄まじい御縁に御座候TT!(笑)


−次郎左右衛門−
| 次郎左右衛門 | 2011/12/21 3:30 PM |
次郎左右衛門先生

コメント嬉しおす〜。舞妓さん風、笑。
龍馬の話は、夢なんですが魂を揺さぶられますねぇ。
幕末の長崎で海運と海軍を担った商船艦隊を持った龍馬がこの世を去って、40年弱で日露戦争を迎えます。
龍馬は薩摩に新婚旅行に参りますが、その時まだ10代だった東郷が龍馬を見かけているのですよね。

>"本日、天気晴朗ナレド波高シ!"("!"は付いてませんね^^;・笑)と打電するシーンには、

ドラマになって再現され、こう言う経緯で詠まれたかと思うと、感慨深いです。

>若かりし日の東郷殿の御写真を見たことが御座いますが、

そうそう、東郷は美男ですよね。小柄な人でしたが、芸姑さんたちにもてたとか。
母上、南国薩摩で色白は貴重かも。笑
薩摩は優秀な人材を多く排出しているので、賢さが秀麗な容貌になっているのではないでしょうか。

次郎左右衛門先生・御先祖様のお話は、戦国カフェ読者様も上杉勢が多いので、皆さま感慨深く読んでいらっしゃいます。
七尾城攻略、私も特に関心が強いのでまた調べたいです。
| いづな薫 | 2011/12/21 4:19 PM |
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