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since 2007.5.21 名刀工・天田昭次氏ご逝去 | 戦国カフェ
   
 
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名刀工・天田昭次氏ご逝去
天田氏は、昭和2年に新潟県本田村(現、新発田市)に刀匠天田貞吉氏の長男として生まれる。
小学校卒業と同時に、刀剣界の最高実力者栗原彦三郎師の日本刀鍛錬伝習所に入門。
伝習所は栗原氏の自宅敷地内にあり、場所は東京都港区赤坂氷川町である。実はここ勝海舟邸跡。
私は、パンを買うためこのあたりを歩くが勝海舟邸址、乃木希典邸、高橋是清邸址などがあり楽しい。

天田氏は7年間修行の後、
昭和26年、サンフランシスコ講和条約記念刀を作刀第一号として製作。
当時、戦後中断していた刀鍛冶を復活させようと運動が起きる。
主催者は、天田氏の師匠でもあった栗原彦三郎氏。刀匠でありジャーナリストであり、元衆議院議員でもあった。
GHQの要人に刀剣が贈られ、その美術品としての価値を見出させようとする。
そして、サンフランシスコ条約締結を記念して、日本刀300振りを製作が計画されるが、栗原氏が亡くなり途中で頓挫する。

昭和30年第1回作刀技術発表会に出品し、優秀賞。
その後、天田氏は現状の作刀に疑問を感じ、自家製鉄の研究に入る。

700年も前の「相州正宗」再現に成功する。
700年前、鎌倉・南北朝時代の刀剣とは実益と芸術性を兼ね備えた、豪壮な刀剣である。
天田氏は鎌倉時代後期の相州伝の伝承に努め、刃文や移りに研究を重ね地鉄の重要性を確認する。
自家製鉄による鉄を用い優れた地鉄作りに努力した。

以後、刀剣界の最高賞、正宗賞を3度も受け、平成7年には人間国宝に指定された名工である。

当ブログ読者さまたちは刀剣愛好家が多く、天田先生のお仕事場にご実家が近い方までいらっしゃいます。
皆様と共に、ご冥福をお祈り申し上げたいと思います。

【2013.06.27 Thursday 19:36】 author : いづな薫 
| 刀剣 | comments(2) | trackbacks(0)|
この記事に関するコメント
 天田昭次先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
 本当に、実に惜しい人間国宝を亡くしてしまいました。誠に残念至極です。二度と天田先生のような気概と志をもった刀匠は出てこないと思います。
 あの正宗賞を3度も受賞されたのは天田先生だけですが、何より刀にかける情熱がすさまじかったですね。作品に打ち込むあまり一時期、体調を崩されました。当時の玉鋼と同等のものを探して、一から制作するという徹底したリアリズムの姿勢はすばらしかったです。近年では確か、秋篠宮悠人様の護身刀を作刀されたかと記憶しています。
 
 なにか、大きな空虚感を感じてしまいます…。返す返すも残念ですね。初めて天田先生の作品を見たときの感動は忘れられません。せめて先生の魂を受け継いで、「真実を希求する心」はさびないように受け継いで行きたいものですね。
                         義太郎
| 義太郎 | 2013/06/28 8:44 PM |
義太郎さま

お待ちしておりました。
本当に惜しい方を亡くしてしまいましたね。
刀鍛冶は大変な精神力、集中力、体力を使う職務です。
人の命は限りがありますが、類い希な技が失われたと思うとなんとも無念です。

>近年では確か、秋篠宮悠人様の護身刀を作刀されたかと記憶しています。

はい。伊勢神宮式年遷宮御神宝大刀や北の湖親方の太刀もですね。
優れた技と言うのは、刀匠や芸術家の才能にかかっているため伝承が非常に難しいですね。
素晴らしい技が、長く安定して受け継いでいかれることを願ってやみません。
合掌

| いづな薫 | 2013/06/28 9:06 PM |
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 仕事(技術・研究系)と人と環境に優しい生活を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、野球、音楽、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住→東京→Toronto

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