大河ドラマ 龍馬伝 幕末 古代 上杉
since 2007.5.21 秋の鎌倉2 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
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秋の鎌倉2
鎌倉幕府14代執権北条高時終焉の地、東勝寺跡の腹切やぐら。合掌。
東勝寺は、3代執権北条泰時によって、北条の嫡流、得宗家の氏寺として建立されました。
いろいろな宗派を学ぶ学問所でもあります。
元弘三年(1333)、新田義貞による鎌倉攻めの時、執権北条高時は惨敗、一族郎党とともに東勝寺で
自害したと伝わります。
1996年、1997年の発掘調査で、焼けた地層と焼失した建物跡が確認されています。
東勝寺は再興され関東十刹に数えられましたが、16世紀後半衰退しました。

源頼朝の墓。正治元年(1199)53歳で没。
頼朝の持仏堂であった法華堂に葬られましたが、この法華堂が後に廃絶。
今お墓が建っている辺り一体は、法華堂が建っていた場所です。

鎌倉でいちばん古いお寺、杉本寺の仁王像。運慶作
修復工事中だったので、かやぶき屋根の本堂は写真を断念。
この杉本寺、なんと創建は天平六年(734)光明皇后の発願により、菩薩といわれた高僧行基(ぎょうき)と藤原房前(ふじわらのふささき・藤原不比等の次男)により建立された古刹。
行基自ら彫った、十一面観音を安置しています。
お寺の言い伝えによると、文治五年11月23日夜火災が隣家から起き、類焼。
本尊3体が庭内の大杉の下に逃れ、焼かれずに済んだので”杉の本の観音”と呼ばれるようになりました。

本堂に安置されている仏像は、行基、恵心僧都(えしんそうず)、慈覚大師それぞれ作の十一面観音の三尊。
頼朝寄進の運慶作「十一面観音」、ほか運慶作「観音三十三身」「地蔵菩薩」「仁王尊」など。
山門、境内共にこじんまりしていますが、その歴史の古さと運慶作の仏像を多く抱え、非常に訪れる価値あるお寺でした。

【2013.11.19 Tuesday 20:16】 author : いづな薫 
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 仕事(技術・研究系)と人と環境に優しい生活を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、野球、音楽、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
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