大河ドラマ 龍馬伝 幕末 古代 上杉
since 2007.5.21 播州赤穂 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
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播州赤穂
先日、赤穂四十七士の播州赤穂(兵庫県)に行って来た。
 
忠臣蔵と言うと、史実と物語が入り混じった話が多い。
史実を探求する私はあまり関心を払って来なかったが、わけあって興味を持ち赤穂にも行くことになった。

元禄14年(1701)3月14日四つ刻(午前11時頃)、浅野内匠頭は突如、江戸城松の廊下で吉良上野介に斬りかかった。
内匠頭を抱き留めた、梶川与惣兵衛の日記によると、この時梶川が止めたため、上野介が怪我のみに留まったとある。
浅野内匠頭は、同日夕方、芝の虎の門外の田村建顕(奥州一関藩主)の屋敷に預けられ、そこへ大目付と目付けが来て、
即日切腹を言い渡した。
大名でありながら、座敷での切腹を許されず”庭先”でとなった。
3月14日、赤穂藩主浅野内匠頭切腹。享年35歳。
 
凶事を、第一便として国許に知らせたのは、藩士の早水藤左衛門(はやみとうざえもん)と萱野三平(かやのさんぺい)で
ある。
これが3月19日、殿中刃傷事件と内匠頭切腹から5日後である。
早籠に乗り、駕籠かきは交代するが、乗っている人は交代できない。
早水は38歳、萱野28歳、比較的若いとは言え、5昼夜、籠(かご)で揺られ続け半死半生の状態で
赤穂に着いたのではないだろうか。
赤穂に着き、井戸の水で喉を潤す。息継ぎの井戸を呼ばれ、大切に保存されている。

下は、筆頭家老・大石内蔵助邸址である。
早水と萱野が、ダンダンッと叩いた門が今も現存している。これは必見。
大阪箕面市には、萱野三平の屋敷長屋門と土塀が現存している。
萱野三平は、吉良邸討ち入り11ヶ月前、元禄15年1月14日大坂の自宅長屋門一室で自害した。
討ち入りを父に反対され、主君への忠義と親への孝心に悩み自殺。

赤穂城(復元)。

赤穂は温暖な土地である。
良質の塩が取れ、財政の天才・大野黒兵衛の働きもあり財政が豊かだった。
この豊かな地を内匠頭は一瞬にして捨ててしまったのか、と言うのが正直な感想。
家臣も家族の生活もあったはずである。
江戸時代の武士の価値観は、もちろん現代人とは違う。
武士は、命より名誉が大事である。
吉良上野介が引退し家督を譲り、浅野内匠頭の弟・大学は本家広島の浅野家にお預けになった。
大学を主君に仰ぐ”お家再の夢”は途絶え、吉良は隠居で公的な罰を受ける可能性がなくなった。
浪士たちはもう、仇討ちするしかなくなったのである。
 
討ち死に覚悟だが、同時に自分たちの名が後世に語り継がれることを強く望んだ。
義士たちは、本懐を遂げ、300年以上経った今でも熱く語り継がれている。

最後に、堀部安兵衛の鎖かたびらと、大石内蔵助の愛刀。

備前に近い播州赤穂の家老、大石内蔵助の愛刀は、もちろん備前刀である。

【2014.03.06 Thursday 16:07】 author : いづな薫 
| | comments(2) | trackbacks(0)|
この記事に関するコメント
 大石内蔵助の愛刀は備前刀ですな〜 みごとな腰反りです(笑)
結構な大太刀ですね。やっぱり備前刀はいいですね〜
すみません、やはり備前刀にくぎ付けになってしまいました。

 赤穂浪士美談は、意外にも新潟県と上杉家に由来がありますよね。
 堀部安兵衛は新発田市の英雄。今でも地元でお祭りがあります。
 吉良家は、上杉家へ入っていますね。(意外と知られていませんが)
 その時代、その時代で歴史は美化されて「美談」として伝えられていくものです。でも、ゆかりの土地や街を探訪するのは楽しいですよね。時間があれば行きたいな〜
                         義太郎
| 義太郎 | 2014/03/07 1:19 PM |
義太郎様

いつもお世話になりありがとうございまする〜。
備前刀つながりで赤穂も行ってしまいました。笑
赤穂事件ももちろん、その後日本人にこの逸話が愛され続けて来た歴史が興味深かったです。
赤穂はまた、時間作ってまた行くつもりです。
| いづな薫 | 2014/03/07 8:41 PM |
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 仕事(技術・研究系)と人と環境に優しい生活を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、野球、音楽、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住→東京→Toronto

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