大河ドラマ 龍馬伝 幕末 古代 上杉
since 2007.5.21 赤穂と森蘭丸の森家 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
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赤穂と森蘭丸の森家
 これは江戸時代の赤穂藩の品ではない。
浅野家が御取り潰しになり、開城され、替わりに備中にいた森家が入城した。
この森家、森蘭丸の末弟・森忠政の家系である。
で、森蘭丸には、坊丸、力丸、忠政などの弟がいたが、兄に長可(ながよし)や可隆(よしたか)がいる。
生き残った男子は忠政だけ。あとはみな戦死の凄まじい兄弟である。
森家に代々伝わった、長可(ながよし)の鎧が下。
長可は、小牧長久手の戦い(1584年)で戦死。
かぶとがない。
なぜないかと言えば、合戦で首ごと持ち去られたからである。
 
花岳寺
花岳寺は、赤穂藩の菩提寺であり、森家の菩提寺でもある。
墓所には、赤穂藩祖浅野長直公らの墓石が並ぶ。
浅野長直は、下野国真岡藩主(後に笠間藩主)長重の三男として生まれる。
父のあとを継ぎ笠間藩主になった。
ある時、赤穂藩主の池田輝興が乱心し妻の黒田長政の娘(官兵衛の孫)や侍女を惨殺すると言う事件を起こす。
池田家は改易。
城引き取りに派遣されたのが浅野長直で、そのまま赤穂藩主となった。
孫の内匠頭に至るまで、赤穂藩主となったのである。

森家の墓所。

【2014.03.07 Friday 20:32】 author : いづな薫 
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 仕事(技術・研究系)と人と環境に優しい生活を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、野球、音楽、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住→東京→Toronto

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