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since 2007.5.21 軍師官兵衛「死闘の果て」「信長の賭け」 | 戦国カフェ
   
 
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軍師官兵衛「死闘の果て」「信長の賭け」
都知事選で休んでいた、大河ドラマ「軍師官兵衛」の記事だがその前に、
最近のNHK会長、経営委員の百田尚樹氏、長谷川三千子氏の暴言、妄言に怒り心頭である。

安倍首相と思想を同じくし、極めて近い存在の人たちである。
NHK籾井会長は、「戦争地域には慰安婦はどこにでもあった。
なぜオランダには今も飾り窓(売春宿)があるのか。
日本だけが強制連行をしたみたいなことを言うからややこしい。お金をよこせ、補償しろと言っているわけだが、日韓条約ですべて解決していることをなぜ蒸し返すのか。おかしい。」

経営委員の百田尚樹氏は、都知事戦中選挙カーに乗り田母神候補を応援。
他の3人の候補を「人間のくず」呼ばわりしている。
靖国参拝を安倍首相に勧めた。
憲法改正、軍隊創設論者。
憲法第9条第1項を否定し、「すごくいいことを思いついた!もし他国が日本に攻めてきたら、9条教の信者を前線に送り出す。そして他国の軍隊の前に立ち、こっちには9条があるぞ!立ち去れ!と叫んでもらう。」

同じくNHK経営委員の長谷川三千子氏。
「日本の国柄は国民が天皇のために命を捧げる国体(国の政治原則)。」
「女は家で育児が合理的」、「生活の糧をかせぐ仕事は男性が主役となるのが合理的」
ではなぜ、この女性は埼玉大名誉教授なのか。
女性の社会進出を阻んだ先進国で、出生率が上昇した例はない。

安倍政権ができてから、マスコミを牛耳ろうとする力がより強くなっている。
戦争を始める時、政府がまず統制するのが情報である。
すでに大マスコミは、政府に都合の良い情報しか流さない。
都知事選でも、原発は争点でないとし報道を避け、選挙は盛り上がっていないと報道する。
政府に都合のいい世論調査を出し、報道を使ってその数値に近づけて行くから世論調査通りになる。
もはや、「当たった」なんて言うレベルものではない。数値に近づけるのである。

大河ドラマはここ何年かは見ていたが、今年毎回見るかどうか不明。
官兵衛は好きな題材だが、NHKの体質を考えると非常に腹立たしい。


前々回、前回はともかく見たので簡単に書く。
「死闘の果て」で終盤書かれていたのは、青山の戦と土器山(かわらけやま)の戦
当時播磨(現兵庫県あたり)は、龍野城の赤松政秀と、三木城の別所長治、官兵衛の主君の小寺政職の3人が治めている。
永禄12年(1569)、官兵衛24歳の時、龍野城主・赤松政秀が3000の兵で官兵衛のいる姫路に攻め込んで来た。
官兵衛は手勢300程度なので、姫路に籠城し主君の小寺政職の援軍を待つのが普通である。
しかし、官兵衛は青山と言う場所に布陣し、赤松を撃退。
官兵衛の名は多いに高まった。
ところが、青山の戦に続く戦で多大な犠牲を伴うはめになる。
黒田家に残る「黒田家譜」を見てみる。
青山の戦に続く、「また此比(このころ)」とだけ記されている土器山(かわらけやま)の戦は、赤松政秀を相手に、土器山(かわらけやま)で両軍激突。
官兵衛の叔父・井手友氏(いでともうじ)や、母里小兵衛、武兵衛親子が戦死。
武兵衛は最初の戦で7箇所負傷し、なおも戦に出て討ち死にを遂げた。

「信長の賭け」
そこで、母里(もり、ぼり)家にあらたに養子になったのが太兵衛(多兵衛とも)。長身俳優が演じている槍名人。
ちなみにこの人、「黒田節」のモデル。
母里氏は、尼子氏の末裔で、姫路近郊の妻鹿(めが)城主。
官兵衛のお守役で土器山の戦で戦死した母里小兵衛は、官兵衛の父・職隆の従兄弟である。
職隆は、従兄弟の小兵衛を母里に養子として送り込んでいるのである。
その小兵衛と武兵衛親子ら一族24名が、土器山の戦で戦死。
そこで、家老曽我大隅守一信(1516〜1577)の次男が母里家へ養子に入った。
これが黒田節の人。
友信と名乗り、後には秀吉が直参に欲しいと願い出たほどの勇猛な武者。
後で官兵衛が九州の豊後入国後、栗山、井上、母里それぞれ6000石で家老。
官兵衛が荒木村重の有岡城に幽閉された時、ひそかに忍び込み生存を確認し後に救出したメンバーである。
一老栗山、二老井上、三老母里と呼ばれた、官兵衛の側近中の側近。
頭はいいけれど、敵に捕まっちゃうちょっとトンマな官兵衛をしょうがないな〜と生涯支えた家臣たちである。

酒は呑め呑め〜♪の黒田節、の母里太兵衛友信。
文禄慶長の駅の頃、殿(当時は長政)の使いで、福島正則の元へやって来た。
この時、福島正則が酔っ払っていて、大杯で酒を呑むよう勧めた。
で、太兵衛、「あの槍をいただけたら呑みます!」
福島「おおし、わかった!一献吞んだらくれてやる!」
一献どころか、ぐいぐいと三献一気吞み。
ゲットした槍は、福島正則が秀吉から賜った名槍「日本号」。
翌日、泥酔から冷めた福島正則は真っ青。
返してくれと懇願したが、黒田家ゆかりの宝物として今も、福岡市博物館蔵。

【2014.02.12 Wednesday 15:49】 author : いづな薫 
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時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、野球、音楽、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住→東京→Toronto

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