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戦国のワルモノ君、宇喜多直家
1560年代美作国(みまさかのくに 岡山県北東部)では、宇喜多、浦上、三村の抗争が激化。

永禄9年(1566)突如として、三浦家親(みむら いえちか)が暗殺される。
討ったのは、宇喜多直家である。
直家の命を受けた遠藤河内守と修理兄弟が、酒宴中の三村家親(みむら いえちか)を鉄砲で狙撃して殺害。
酒宴、茶会中に暗殺するのは、宇喜多直家の常套手段である。

当時、鉄砲での暗殺は珍しく且つ、火縄銃にそれほどの性能があったとは考えにくい。
たまたま、命中したのかもしれない。

たまたま当たっちゃったのに、味を占めたのか、今度は鹿狩りで
”鹿と間違えて撃ってしまいました事件”を起こす。

鹿と間違えられたのは(間違えていないが)、備前国・金川城主・松田元賢(まつだ もとかた)の中心的家臣、
宇垣與右衛門(うがき よえもん)。
交通の要所に居を構える松田氏は、宇喜多家が備前で勢力拡大していく上で邪魔だったのだ。

松田の有能な家臣をあげると、横井土佐、橋本、宇垣兄弟。
宇垣與右衛門(うがき よえもん)は、宇垣兄弟の弟である。兄弟とも謀略に優れた。
横井は医師でもあり、敵味方関係なく医療を施す仁愛の持ち主であった。
バランスの良い家臣団に支えられた松田氏は、強力な勢力を保持。

永禄11年(1568)、松田氏討伐を決めた宇喜多直家は、松田氏の城の近く金川で狩をしたと言う。
宇喜多直家は、殿様の松田元賢(まつだ もとかた)の妻の父である。
つまり、義理のお父さん直家が狩をしても、怪しまれない。
しかし狩の最中、鹿を撃つふりをして、松田の家臣を宇垣兄弟の弟の方、與右衛門(よえもん)を撃ち殺す。
狙撃者は不明とされた。

事件をきっかけに、宇垣の兄・市郎兵衛が城を出てしまい家中崩壊のきっかけを作ったのである。
実際、謀反の疑いをかけ、城内に攻め込み城は落城、松田氏は逃亡したとも討ち死にしたとも伝わる。

宇喜多直家は重要人物の暗殺を繰り返したが、大きな戦で兵が大量に死んだり農村が焼かれたりしないので、
庶民はこの方がましだったかもしれない。

人だまし他家を乗っ取り、邪魔者は暗殺、ワルモノ君な直家、畳(床)の上で死ねないと思いきや53歳で
無事病死。
当時の平均寿命からすれば普通、若干長いくらいである。
浦上宇喜多両家記には、「下血の疾」とあるので下血を伴う重い消化器疾患だったようだ。

【2014.03.20 Thursday 19:34】 author : いづな薫 
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