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since 2007.5.21 軍師官兵衛「追い込まれる軍師」 | 戦国カフェ
   
 
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軍師官兵衛「追い込まれる軍師」
 「わしの後、天下を取るのは黒田官兵衛・・・。」
天下人となった秀吉は、おそらくそんなことはいわない。

でも、官兵衛が秀吉に疎んじられ、ひょっとしたら黒田家が危ないと感じていたのは事実だろう。
秀吉は、利休、官兵衛と耳に痛いことを言う人物たちを排除していく。
まもなく、武士でもない利休が切腹に追い込まれる。

秀吉に警戒されている官兵衛は、宇都宮の一件もあり、長政に家督を譲ることになったと思われる。
官兵衛が、明に攻め入ろうとしている秀吉に反対していたが、周知の通り朝鮮半島への出兵は行われる。
文禄の役だけで、158,800人が渡海。
ルイスフロイスは「日本史」の中で15万人渡海、5万人死亡と記録している。

当時、秀吉の甥・関白秀次がいる。
秀次の政治的求心力が増し始めると、今度はこれを恐れた秀吉&三成は、難癖をつけ秀次とその家族を処刑。
しかし、これが豊臣政権崩壊に拍車をかけることになった。
秀次には側室が大勢いたため、姉妹娘を殺された諸大名が大勢出たのである。
そこへ、慶長伏見地震が起きる。
秀吉は、朝鮮派兵と秀次事件で疲弊した諸大名に自分の居城伏見城の再建を命じた。
しかも、壊れた元の城よりも堅固に豪華な城を建てよと。
そして、明との和平交渉がまとまりかけた矢先、再度の朝鮮出兵・慶長の役を命じたのである。
官兵衛も、慶長の役の最中次男熊之助を溺死で失ってしまう。
文禄慶長の役の甚大な被害と、慶長の大地震で倒壊した伏見城建替えを言われた諸大名は、秀吉&三成の豊臣政権から心が離れていく。

大名も一般の人々も、豊臣家の滅亡を願い、徳川家康の台頭を待ち望むようになる。
しかし家康は、秀吉や前田利家存命中に無理に戦を起こし被害を被るより、老いぼれた秀吉の死を待った。

まだそこまで行っていない、ドラマの話。
秀吉が、天下平定が近くなり”まつりごと”の自己目的化をしようとしている。
それを官兵衛が懸念している。
戦国を終わらせるためでなく、おのれの欲である。
政治の自己目的化。
今の、日本の首相に似ているではないか。

三成は官僚としては大変有能でも、天下人の間違いを軌道修正する能力はない。
これまた、現代にいる。
国民利益は考えない官僚が、アホな首相の手綱を取っているのが現代。

昨今、日中、日韓の雪解けが始まったようでこれは良いことである。

【2014.09.22 Monday 16:19】 author : いづな薫 
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 仕事(技術・研究系)と人と環境に優しい生活を愛する普通の人。
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かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住→東京→Toronto

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