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since 2007.5.21 軍師官兵衛「太閤の野望」 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
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軍師官兵衛「太閤の野望」
天正20年(1592)4月、朝鮮侵略のベースキャンプである肥前名護屋城が完成した。
この年は、途中で文禄に改元される。
文禄慶長の役の始まりの年になった。
文禄の役で、朝鮮へ渡海した日本兵は158,800人。
宣教師ルイスフロイスが、15万人渡海しうち5万人が死亡という記録を残している。
死因は、戦死ではなく飢え、寒さ、疫病、労苦による過労死である。

黒田家の当主は、長政なので彼が5000人を率いて戦闘に加わった。
官兵衛は、戦目付けのような役目である。
しかし官兵衛は、朝鮮で体調を崩し秀吉の許可を得て帰国している。

文禄元年4月12日、 日本の朝鮮侵略が開始される。
1番隊を率いて釜山に上陸した小西行長が、東莱城と釜山城を落とす。引き続き、大邱(テグ)、仁洞(インドン)、尚州(サンジュ)や忠州(チュンジュ)を次々と制圧し、漢城(ハンソン、現ソウル)に向けて朝鮮半島を縦断して進軍した。

地上戦では、日本軍の勝ち戦が続いたが開戦となると全く様相が違う。
同じ頃、文禄元年5月上旬、李舜臣率いる朝鮮水軍に初戦から大敗している。
この情報は、すぐに日本に届き巨済島近くに脇坂安治、九鬼嘉隆、加藤嘉明を援軍として送っている。
しかし、6〜7月にかけまたもや日本惨敗。
翌年文禄2年になると戦況はこう着状態なり、日本側に犠牲者が拡大し秀吉の渡海が中止される。

そして、官兵衛の方は秀吉の命で渡海することになった。
今度は、浅野長政が同行している。
この時、珍妙な事件が起きる。
漢城(ハンソン、現ソウル)にいた石田三成が、渡海して来た官兵衛と浅野長政を東莱(トンネ、釜山北部)に訪ねた時のことである。

三成が来た時、官兵衛と浅野長政は碁に夢中で三成を待たせることになった。
それにへそを曲げて、帰ってしまった三成。
もちろん、秀吉に書簡でこのことを報告した。
焦ったのは官兵衛である。
申し開きをするため、冷静沈着な官兵衛が無断で帰国してしまった。
碁の一件だけなら、さしたる咎めはなかっただろうが無断帰国は軍律違反である。
官兵衛は蟄居させられ、出家し如水円清(じょすいえんせい)が誕生するのである。

短く感想
いじわる三成と害獣秀吉がものすごいんですけど。笑
秀吉よ、障害者の官兵衛を杖でつついてはいけません。他の人に対してもですが。

【2014.10.21 Tuesday 17:13】 author : いづな薫 
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この記事に関するコメント
ブッタ「串かつよ、この世は悪が栄え、善は日陰にはいつくばっているように見える。憎まれっこ世にはばかる式に・・けれどもこれは違うのだ。権力は奪うもの式に、やっと手にした権力者は、今度は追われる立場となって、身の安全に、夜もろくろく眠れない日々を送る。憎まれ者は、絶えず針の山に、その身を座しているようで、四六時中、腰を浮かして生活しているのだ。世にはばかりながら、自らを裁き、苦しんでいる。これが法則の姿なのだ。人は外見ではわからん、善人のように見えて、実は自分の利害しか考えない者もあるかと思えば、悪人のようだが、無頼の善人もいるのだ。口先や姿形で判断してはいけない。わかったか串かつ」(^-^)/はい。
| 串かつ | 2014/10/26 5:12 PM |
串かつ先生

コメントありがとうございます。
貴重な教えです。
一般の人も、もっともの申さねばなりません。
権力者に決断ばかりを求めないで、一般の人たちが自身でよくよく考えるようにしないとなりません。
マスコミは、事あるごとに「待ったなし」と書き立て何でもいいから決断する政治家を高評価します。
長時間労働、意に沿わぬ社会環境で難しいことは考えたくない人もいるでしょう。
憂さ晴らしに、隣国バッシングが大流行です。

これを、放置した場合どうなるかです。
作家永井荷風の言葉に、「日本人に理想などなく強きに従い、一日一日を気楽に過ごすのみ」があります。
こうして、戦争に向かって行ったのです。
今と全く同じです
| いづな薫 | 2014/10/26 7:31 PM |
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 仕事(技術・研究系)と人と環境に優しい生活を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、野球、音楽、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住→東京→Toronto

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