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since 2007.5.21 軍師官兵衛「落ちゆく巨星」 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
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軍師官兵衛「落ちゆく巨星」
関白秀次事件で、三成が讒言(ざんげん)したのではないかと言う説がある。
三成が、関白秀次と逆側の立場にあったことは事実である。

秀次が、確実に謀反心を抱いていたと言う確たる証拠はない。
しかし、秀次を関白から追い落とし社会的排除する陰謀であった可能性はかなり高い。

一次史料では見つからない秀次謀反だが、秀次切腹に連座して家臣20人近くと妻子侍女など39人が切腹や処刑となる。
秀次の家臣であった蒔田淡路守(まいたあわじのかみ)は、千利休の弟子で一説には利休を介錯した人物だったとも言われる。
秀次も介錯し、秀次の後を追い自害している。

謀反を疑われ、切腹させられた秀次の供養塔の石碑一部分がこの夏見つかったとニュースになった。
場所は、京都下京区貞安前之町である。
高島屋などが並ぶ、京都の中心街。
出土場所は、かつて大雲寺があったところである。
秀吉の死後、大雲寺の僧が供養のために建てたとの説が出ている。

さて、長政の遣いで伏見城下、福島正則の所へ来た母里太兵衛。
用事を済ませて帰ろうとしたら、酔っ払いの福島正則が呼び止めた。
「酒を飲んでいかぬかと。」
太兵衛は、あの鑓をいただけたら大杯で飲むと応じる。
あの鑓とは、福島が秀吉からもらった名鑓「日本号」である。
室町末期、正親天皇が所持していたのが、15代将軍足利義昭に渡り織田信長、豊臣秀吉
福島正則と渡って来た。
 
「おおしわかった、一献飲んだらくれてやる。」
一献どころか大杯で3杯呑み、まんまと鑓をもらって帰った。

翌日酔いがさめた福島正則は青くなった。
太閤殿下拝領の鑓を返してくれと、黒田家に申し出たが後の祭り。
未だに、「日本号」は黒田家の宝物として福岡にある。
刃の長さ79.2cm 螺鈿製の柄は321.5cm。
母里太兵衛(友信)、黒田節のモデルになった武将である。

【2014.11.04 Tuesday 19:27】 author : いづな薫 
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 仕事(技術・研究系)と人と環境に優しい生活を愛する普通の人。
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