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since 2007.5.21 柳田國男生家 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
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柳田國男生家


 
兵庫県にある、民俗学者柳田國男の生家を、見て来た。
『遠野物語』は、多くの人が目にしたことがあると思う。
「日本民俗学の父」と呼ばれる柳田國男である。
先日、竹田城に行く途中特急の停車駅で看板を見かけ、帰りにその駅福崎で下車して見学させていただくことにした。

柳田國男は、明治8年(1875)この家で生まれている。
この家は、もとあった辻川と言うあたりから移築された物。
辻川と、現在ある場所は歩いていくらでもない。
柳田國男は、旧姓松岡と言いこの家で生後10年間を暮らしている。

この家は、見ての通りこじんまりしており柳田自身も「日本一小さい家」と言い、
それが民俗学を志すきっかけとなったと話している。
18世紀中頃の建物で柳田が生まれた時、すでに100年近くを経過している。
平屋で4畳半2間と3畳2間である。
柳田は国学者で医師の松岡操の6男として生まれ、両親と兄弟、兄嫁、國男など7人が当時暮らしている。
柳田は幼い時から非凡な記憶力見せ、兄弟たちも各方面の大家となり松岡5兄弟と呼ばれている。
当時の典型的な農家の住まいだが、7人では確かに小さい。
そして、母と兄嫁が不仲で母が兄嫁を追い出してしまうという事件が起きる。
母の腰ぎんちゃくであった國男だが、兄嫁を優しい人だったとの好印象を残している。
兄嫁は実家に帰ってしまい、國男ら松岡家の人々もこの家を売り払い母の実家である、加西市北条町、さらには千葉県へと移って行ったのである。
小さな家で大家族で、生活、文化、人間性を深く考える環境に柳田は生まれた時からあったと言える。

【2014.10.29 Wednesday 08:09】 author : いづな薫 
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