大河ドラマ 龍馬伝 幕末 古代 上杉
since 2007.5.21 花燃ゆ「波乱の恋文」 | 戦国カフェ
   
 
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花燃ゆ「波乱の恋文」
吉田松陰が、親きょうだいの元を離れ、江戸遊学に向かったのは嘉永4年(1851)数えで22歳の時のことである。
目的は、軍事学研究である。
江戸では、松代藩出身の蘭学者・佐久間象山の塾に入門している。
象山は、身なりにうるさい男で、ドラマの中でも松陰は親友の小田村伊之助に着物を借りて会いに行っている。

松陰は、江戸に出て国許長州との学問レベルの差について驚いている。
そのことを記した手紙が残っていて興味深い。
友人には、江戸は大したことはないというような内容の手紙を書いたが、実兄梅太郎にはその驚きが記されている。
「天下に英雄豪傑は多くして、彼らの上に出ようなどと言うことは、才能のない私にはできません。
私が一歩進めば、ライバルも一歩進みます。
できの良くない私は、人が十歩、百歩進む間にやっと一歩踏み出します。」

大げさな表現だが、松陰が江戸に来て多大なショックを受けたのは確かだろう。
その次に、松陰は東北へ巡視の旅に出る。
水戸に寄り、松陰の思想が大きく転換するほどの変化があった。
水戸は、徳川御三家でありながら勤皇の家柄である。
藩主斉昭(なりあき)に仕え政治改革をした会沢正志斉、豊田天功ら高名な学者に松陰は師事している。

東北への旅に出ることは許可されていたが、過所(かしょ 過書とも)の交付がまだであった。
過所とは何か。
過所とは、幕府や朝廷が発行する関所通行手形である。
松陰が、東北への度にいざ出発しようと言う時、江戸の長州藩邸の役人が「過所」がおりていないと
言い出した。
松陰は、単独の旅ではなかった。
肥後藩の宮部鼎蔵(みやべていぞう)らの同行者がいたのである。
過所の発行を待つことは、宮部らとの約束を違えることを意味していた。
宮部らと出かけてしまえば、過所不所持で国法を犯すことになる。
松陰が選んだのは、宮部らとの約束であった。
過所なく、旅に出てしまい、亡命の罪を着ることとなったのである。

藩は、松陰に長州帰国させ蟄居謹慎を命じた。
父・百合之助(ゆりのすけ)の監督下におくことにしたのである。


さてもうひとり出て来た興味深い人物。
周布政之助(すふまさのすけ)。
長州藩の英才で重臣、若き志士たちを大変可愛がった。
志士たちが、その行動から若いうちにこの世を去ってしまうことを予想し涙するような人物である。
志士たちから絶大な信頼を置かれたが、薩摩の西郷のように尽きることを知らない情を振りまくには
この人物は理知的過ぎた。


周布は、文政6年(1823)長州藩萩に生まれている。
同年に、父と兄を失ってしまい、周布が家督相続した時、彼はわずか生後4ヶ月の赤ん坊だった。
8歳で藩校明倫館に通い、中国古典や書を習う。
21歳の時、同館の”居寮生”となった。
明倫館とは、長州藩の子弟が通う教育機関である。
学生の中から特に優秀な生徒を選び、寄宿させ”居寮生”と呼んでいた。
周布は、居寮生となりますます勉学に励んている。
明倫館を出て、藩の役人となったのは1847年、周布が25歳の時である。
最初の仕事は、金や穀物の出納検査係。これは見習いでのちに本役に昇進。

松陰が江戸や東北で研鑽を積んでいる頃、周布は藩の機密事項を扱う重職に就いている。
江戸祐筆添役(えどゆうひつそえやく)と言う職である。
政治的任命権もあり、藩役人の中でも特に優秀な人材が選ばれた。
周布は、藩政府中枢に入ったのである。

日本はまだ泰平の眠り中にいたが、
程なくして、海の向こうでは日本に向けて出航しようとする艦隊があった。
米国のペリー艦隊である。
浦賀に来るのは、嘉永6年(1853)である。
松陰の人生も、幕末日本の行く末も大きく変換させる時が迫っていた。

【2015.01.14 Wednesday 19:35】 author : いづな薫 
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 仕事(技術・研究系)と環境に優しい生活、家族を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、クラッシック、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

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