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since 2007.5.21 大包平、大般若長光など刀剣と信長陣羽織 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
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大包平、大般若長光など刀剣と信長陣羽織
先日見て参りました、東京国立博物館の名品たちです。

粟田口国吉 重要文化財 鎌倉時代
粟田口国吉(あわたぐちくによし) 重要文化財 鎌倉時代13世紀

刃長54cm 反り1.5
平造(ひらづくり)に短刀を大きくして反りをつけたような刀である。
号は、鳴狐(なるぎつね)、号の由来は謎である。出羽国秋元家に伝来。
山城国(現京都南部)の粟田口派(あわたぐちは)の国吉(くによし)は、氏(うじ)は藤原氏で左兵衛尉(さひょうえのじょう)と言った。
作風は、地金(じがね)がよくつみ小沸(こにえ)できの直刃(すぐは)の刃文を焼いたものとされる。
 
大包平(おおかねひら)
日本刀の最高傑作、奇跡のような名品である。
備前国の名刀工、包平(かねひら)作。平安時代12世紀、国宝。
長さ89.2cm 反り3.4cm 元幅3.7cm 先幅2.5cm 茎(なかご)の長さ23.3cm
元重ねが0.75cmと比較的薄いことから、これだけ長大な太刀でありながら軽い。
包平に”大”が付くのは、大きい、比べるもののない偉大な作品との意味もある。
鎬造り(しのぎづくり)が高く踏ん張りがある。
切先は締まり、見事なまでの猪首となっている。
小板目肌がつみ、地沸(じにえ)つき、地景(ちけい)しきりに交じる。
刀文は小乱れに足、葉(よう)入り、小沸(こにえ)つき、金筋入る。
備前池田家に伝わり、1967年、当時の文部省が6500万円で買い上げた。
魅入られてしまいそうな刀である。
その切っ先と、包平(かねひら)の名前が刻印された茎(なかご)。
通常、包平の作品は「包平」と二文字を切るが、この作品は、「備前国包平作」の銘が堂々と刻まれています。
歴史に残る、会心の一振り。


13代将軍足利義輝の所持した、大般若長光(だんはんにゃながみつ)。
当時から、600貫の途方もない値段がついた。
何で大般若かというと、大般若経が600巻であることからひっかけてついた名前。
さて、大般若長光を所持したことのある足利義輝は、めっぽう腕の立つ、剣豪将軍だった。もう少し詳しくご存知になりたい方はこちらへ。
戦国の梟雄松永久秀と三好義継軍団に斬り込まれ、収集した名刀をとっかえひっかえ斬りまくって、
自身も壮絶な討死。
そしてこの時、既に、大般若長光は彼の元にない。
魔性の名刀は、名将の間を渡り歩いた。
足利義輝→その家臣三好長慶→織田信長→徳川家康→奥平信昌(のぶまさ)→松平忠明に渡る。
松平忠明の、武蔵国忍藩(おしはん)が所蔵したまま、明治を迎えた。
石田正宗(いしだまさむね)
この刀は毛利若狭守から宇喜多秀家に渡り、秀家から石田三成へと贈られたと伝わる。
秀吉死後、石田三成が加藤清正、福島正則らに追われ宿敵徳川家康に庇護を求めた。
五奉行を辞退して佐和山城に蟄居謹慎することになり、道中同行してくれたのが家康次男の結城秀康。
そのお礼に、三成から結城秀康へ贈られた刀である。
切っ先から10cmくらいの所に傷がある。

 
獅子王(ししおう)
太刀 大和物 無銘 (号 獅子王)重要文化財
刃長77.5cm 反り3.0cm
源頼政(みなもとのよりまさ)が鵺(ぬえ)を退治して、天皇から賜ったと言う太刀である。
鎬(しのぎ)が高く、かます鋒(かますきっさき、刀の切っ先の一種)で腰反りが高く細身である。
鍛(きたえ)は板目で刃文は匂口のしまった直刃。
平安時代後期の古風な姿である。
獅子王の拵(こしらえ)
陣羽織 黒鳥毛揚羽蝶模様
伝・織田信長の陣羽織 溝口家に伝来
丈102.5_肩幅48.0cm
黒い部分と白い部分は、鳥の羽で出来ている。

【2015.01.31 Saturday 08:25】 author : いづな薫 
| 刀剣 | comments(2) | trackbacks(0)|
この記事に関するコメント
「新春刀剣祭り!」ですね〜笑
 刀剣のオールスターが揃い踏みのような感があります〜豪華絢爛!
刀剣マニアにはたまらない豪華な顔ぶれです〜
 「粟田口国吉」も、相州の雄・正宗と並んで名刀工です。短刀が得意としてますが、なかでもこの鳴狐は傑作です。
 
 「大包平」刀剣好きには言うに及ばず、是非にあらずの名刀です。
 有名なエピソードとして、かのマッカーサー元帥(彼も刀剣好きだったようですが)が「ぜひこの大包平を譲ってほしい」と所有者の池田伯爵に所望したところ「自由の女神となら交換してもよろしいでしょう」と返答した逸話は有名です。それほどの名刀です。まさに日本の宝、世界の宝。私もナマで見ましたが、腰反りといい、輝きといい、とにかくあの放つハンパではないオーラはまさに日本一の称号にふさわしいです。刀剣に詳しくない方でも、ぜひ一度ご覧いただきたいです。
 「大般若長光」は刀剣として国宝指定にされた第1号の名刀。いづな様も大好きな足利義輝の武功が刻まれた名だたる一振りですね。まさに名刀は名将を好むプロフです。これまた、刀剣キング・オブ。キング。
 「石田切り込み正宗」は、短刀が多い正宗にしては珍しい大太刀です。この切り込み傷はどこでついたのか?ロマンが広がるところですね〜
 「獅子王」は、当初102センチを超える大太刀とも推測されていました。摺り上げられてしまったのかは定かでないですが、平安時代のよすがを残す名刀です。また「拵え」がいいですね。職人さんいい仕事してますよね。

 よき「刀・太刀」は、正しい心をもった武士(もののふ)のところに集まります。それを所持するに値する高い教養と、義の心を持たなければ、所持する価値はありません。誤解しないように添えておきますが、「刀・太刀」だけが優れているのではなく、サムライの心と一心同体に存在してこそ「刀・太刀」はその真価を発揮するのです。
かつて、九州のお殿様が備前長船の名刀工のもとへ、自身の太刀をつくってほしいと頼みにに行きましたが、刀工はその人間の価値に値しなければ絶対に昨刀しなかったと言われています。

 「刀・太刀」は使い方を間違えば、殺戮の道具にもなります。世界の人々が政治・宗教を超えて、真のヒューマニズムを第一義にすれば世界は変わることと思います。かつて、非道な戦国時代にたったひとりで「義の心」を掲げた謙信公のような慈悲深さをもった人間が多く現れることを、「刀・太刀」も望んでいることと思います。
                          
                          義太郎


 
| 義太郎 | 2015/02/02 11:44 AM |
義太郎様

毎度お世話になっております。
ただ今、刀剣について義太郎様にメールしたきことがありますが、スマホを新調してアドレス帳をまだ移しておりませぬ。
繁忙期中で、今書いているのも仕事PCです。

「新春刀剣祭り!」ですよ〜笑
大盤振る舞いです。
鳴狐、今回出会えてよかった一振りです。
差表に銘を刻んだ一風変わった短刀ですね。

 大包平は、皆さまに見ていただきたいですね。
マッカーサーの逸話も、明治帝のお話も思い出していただきながら。
まさに、奇跡の一振りです。

石田正宗の傷は、どこでできたものなのでしょうね。
傷と言えば、山鳥毛の傷です。
こちらも誰がつけたのでしょう。

>よき「刀・太刀」は、正しい心をもった武士(もののふ)のところに集まります。それを所持するに値する高い教養と、義の心を持たなければ、所持する価値はありません。

名刀は名将を好むですね。
では、落ち着いたらまた連絡します。
| いづな薫 | 2015/02/02 3:30 PM |
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 仕事(技術・研究系)と環境に優しい生活、家族を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、サッカー日本代表、欧州サッカー、クラッシック、登山、茶道、語学。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

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