大河ドラマ 龍馬伝 幕末 古代 上杉
since 2007.5.21 かぶき者慶次「石田三成の子」 | 戦国カフェ
   
 
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かぶき者慶次「石田三成の子」
慶次のドラマ、上杉家が舞台なので関心を持って見ている。

慶次の一級資料は、「前田慶次道中日記」のみである。
慶長5年(1600年)の最上合戦(長谷堂城の戦い)後、慶次は上杉家執政直江兼続と京にいた。
その後、米沢まで辿った間を記録したのが道中日記である。

と言うわけで、ドラマはほとんど創作で毎回行くはずである。
三成遺児が上杉領で僧侶になったと言う話もなくはないので、それを慶次の養子に仕立てたか。

わが子として育てていたら、捨てて来たはずの本当の娘が出て来てさあ、大変。笑。
しかも、この娘ただの娘ではない。
父の無苦庵に来た途端、朝っぱら声を張り上げ槍をグルングルン回す。ビビる三成の子。
長谷堂城の戦いの時、自害しようとした直江兼続を叱咤し上杉軍しんがりを勤めた前田慶次を彷彿させるから笑える。
長谷堂城の戦いは、1600年、上杉VS最上&伊達の戦いを指す。
同時に関ヶ原の戦いが進行しており、東の関ヶ原とも言われる。

長谷堂城のしんがり奮戦が事実なら、生没年未詳でも慶次はおそらくもっと若かっただろう。

最近のNHKドラマ、政府意向に沿うよう「花燃ゆ」共に、家族、家族である。
昔、家族でテレビを見ていることが多かった時代はこうではなかった。
家族という概念が出来だしたのは、せいぜい明治からこちらである。

妻なく”だいふべんもの”の慶次のはずが、子育ての戦場に立たされてしまうのが
今のご時勢である。
その”だいふべんもの”の逸話について軽く書く。

前田慶次、「だいふべんもの」の旗印を持って上杉家中にいちゃもんを付けられる話がある。
「武威をもって知られる上杉家において、大武辺者・だいぶへんものとはなんだ!」※大武辺者は武芸者のこと。

「これは、大武辺者でなくて、浪人暮らしが長く妻もいなくて不便だから大不便者だ。そんなことも分からんのか。」と慶次は笑ったと言う。

ドラマだが、年をとっても粋なところが慶次らしくて良い。
自分で作った野菜を自分で料理し、下女や下男には親切。
風流三昧の生活、慶次はすでに理想を行っている。

先日、「里山資本主義」と言う本を紹介した。
簡単に言えば、政財界にとって使い尽くし食い尽くすまで資産でいるより、別の生き方を見つけた方が身のためだと言うことである。
慶次郎は、まさにこれを地で行っている。

たとえ万戸候たりとも、心にまかせぬ事あれば匹夫に同じ、出奔せん

「たとえ、広い国を治める領主であっても、思い通りに生きられないなら匹夫と同じである。」
そう言って、慶次は前田家連枝の地位を投げ捨てて、国を出奔したのである。

【2015.04.14 Tuesday 20:51】 author : いづな薫 
| 前田慶次郎 | comments(0) | trackbacks(0)|
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時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、野球、音楽、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住→東京→Toronto

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