大河ドラマ 龍馬伝 幕末 古代 上杉
since 2007.5.21 謙信公太陽暦ご命日 第一義 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
<< 大関ヶ原展 | main | 初鰹 はつがつお >>
謙信公太陽暦ご命日 第一義



今日は、お屋形さまの太陽暦ご命日なのでお屋形さまのお話。
テーマは、謙信公の座右の銘「第一義」。

実は、先日、知人のO様からご連絡いただき「第一義」について熱心な会話になった。
どうして、その会話をしなければならなかったか確認を取っていないので今は伏せる
よろしければ、O様ご連絡下さい。


第一義(だいいちぎ)は、ブッダ(釈迦)の言葉である。
仏教の開祖、ブッダが悟った万物の真理のことである。

仏教の教えの中でも、謙信公は特に禅の教えを重視した。
信義に厚い謙信公の生き方も、第一義の言葉も仏教思想から生まれたものである。


謙信公が、不識庵(ふしきあん)を名乗るきっかけとなった、益翁宗謙(やくおうしゅうけん)との禅問答が有名である。
謙信公の人生を考える時、強烈な仏教思想への憧れと、大変高い教養を抜きにしては語れない。
まるで、哲学者のようである。


人を助けて軍事行動を起こすと言う思想も、犠牲を強いることをいさめたのも益翁宗謙(やくおうしゅうけん)である。
彼は、林泉寺の高僧で、謙信公の子供時代の先生であった天室光育(てんしつこういく)の高弟であった。
天室光育(てんしつこういく)と益翁宗謙(やくおうしゅうけん)は、当時最高の知識人である。
このふたりが教育にあたったということは、上杉謙信と言う人物を考える上で非常に重要である。
謙信公自身も、長じて日本で五指に入るくらいの高僧になっている。

上越林泉寺の「第一義」の額があり、謙信公の文字の本物が宝物館にある。
(山門上のは複製)

第一義の考えを、謙信公は、益翁宗謙(やくおうしゅうけん)との禅問答によって導き出している。
益翁宗謙(やくおうしゅうけん)の諫言(かんげん)を受け入れ、尊敬し、その名から一字授かり、謙信と名乗った。

謙信公と宗謙和尚が行った禅問答のテーマとは、「達磨大師(だるまだいし)と武帝の問答」である

達磨大師(だるまだいし)は、だるまさんのモデルである。
5世紀頃、インドに生まれ、中国で禅を布教したと言われる僧である。
武帝(ぶてい)は、梁(りょう 古代中国の国名)の皇帝で、仏教の熱心な信者だった。


武帝は、達磨大師に聞いた。

「私は、大寺院を建てたりお坊さんをたくさん養成した。これってどんな素晴らしい見返りがあるのか?」

大師は、「何にも、ないね。」

武帝、「では、仏教の根本の教えとは何なのだ?!」

大師は、「不識(ふしき)。」
不識とは、書物などで得た知識でなく、偏見を捨て、仏とともに生きる時悟りが開ける。との意味である。


達磨大師は、自分の徳を自慢する武帝を嫌ったのである。
その後、大師は魏(ぎ これも古代中国の国名)嵩山(すうざん)少林寺に籠もってしまった。


16世紀の日本で、達磨大師と武帝の問答を題材に、今度は謙信公と林泉寺の益翁宗謙(やくおうしゅうけん)和尚が「不識(ふしき)」について問答を交わす。

宗謙は、「達磨大師(だるまだいし)の言う、”不識”とは何か?!」と謙信公を問い詰めた。

しかし、若い謙信公には満足の行く答えが出せない。
謙信公は、修行をしながら”不識”について数ヶ月も考え続けたと言う。
そして、あっとひらめき和尚のもとに行った。

宗謙和尚は、越後で絶大な権力を持つ謙信公と武帝を重ねていたのである。
為政者が、民にあれもこれもしてやったと考えるのは恩着せがましい。

民あっての国であり、為政者である。
為政者は、民のためにある。

そう、宗謙は考え、謙信公に厳しく禅問答を仕掛けたのである。
聡明な謙信公も、宗謙の考えを早々と察知する。
そして、林泉寺の山門の額に、”仏教の究極真理、一番大切なもの”「第一義」の大書を掲げたのである。

達磨大師が言った「不識」にちなみ、謙信公は不識庵(ふしきあん)と後年名乗る。


謙信公が第一義とした、”万物の真理”とは何か。
この世は、苦難や煩悩がたくさんあり人々を苦しめる。
この世は無常に移り変わるので、(よけい苦しむので)何かに束縛されてはいけない、と言うことではないかと思う。

越後では、諸将間における土地争いがかなりあり、謙信公を悩ませていた。
解決方法のひとつに、謙信公は仏教の中に答えを見い出すのである。

ブッダは、土地やお金が欲しいとか、”欲や執着”が、人々の苦悩の原因だと考えた。
だから、欲、執着から放たれれば、苦悩もなくなる。

第一義(万物の真理、普遍的にだいじなこと)は、”何物にもとらわれない生き方”と考えることができる。

では、具体的に何をしたら苦悩から解き放たれるか?

それが、八正道(はっしょうどう)である。
謙信公の十六ヵ条の御家訓は、この八正道(はっしょうどう)によく似ている。

八正道(はっしょうどう)とは、釈迦が示した苦しみを滅するための実践方法である。
正しい生活、正しい見解、正しい行い、正しい記憶、正しい努力、正しい注意、正しい言葉、正しい考え、である。


ただ、仏教だけでは生活は豊かにならず結局争う。
そこで、謙信公は自らトップセールスマンになり、畿内で、青苧(あおそ、繊維)の販売拡大に成功している。
青苧は、越後に巨万の富をもたらし、越後経済は大いに発展したのである。

時代劇で、豪商の名前が「越後屋さん」なのも、それにちなむ。
頭のいい人でも、考えると実際やるのでは大違い。
実際に成功させてしまう謙信公は、450年前の政治家である。
いやはや、本当にすごい人である。


出来なければ、想定外と言い訳をする今の日本政治家ども。
現代日本は上に行くほど、バカばかりである。
数ヶ月もかかって、不識の答えを導き出した謙信公。
国民は国民で、情報だけはたくさんあるので知った気になっている。
深く考えないし、危機感も関心もなさすぎる。

【2015.04.29 Wednesday 20:31】 author : いづな薫 
| 上杉謙信 | comments(2) | trackbacks(0)|
この記事に関するコメント
ゴーダマ・ブッタ(プターともいう)の八正道は、
正見(正しく見ること)
正思(正しく思うこと)
正語(正しく語ること)
正業(正しく仕事をすること)
正命(正しく生活すること)
正進(正しく道に精進すること)
正念(正しく念ずること)
正定(正しく定に入ること)
ブッタ「想念を無にする。瞑想三昧は、人によっては雑念から遠ざかることができよう。
しかし、雑念が浮かばぬことがただちに仏の境涯に、どうして結びつくのであろう。
人間が呼吸をし、意識が目覚めているかぎり、そういう瞬間は生まれても、
永続性のないものだ、またそういう心の状態は、悟りには縁もゆかりもない。」

ブッタ「悟るために、肉体をいじる。悟るために、禅定三昧にふける。
人間は生まれながらにして、目、鼻、口、耳、手、足、そして思考する能力もある。
こうした与えられた機能をなぜ、ふさがなければならないのか。
もし人間の目的がこの二つに集約され、そのために生まれてきたとするなら、
人間ほど哀れな、惨めな、悲しき生物はいないことになろう。」

そうですよね、必要なものは全て、身に付いていますもんね、ぶら下げて生まれてきました。
| 串かつ | 2015/04/30 8:10 PM |
串かつ先生

コメントありがとうございます。
私の知り合いに、真言宗の僧階で上から2番目のお坊さんがいます。
その方と、お菓子をいただきながら話していたら、「坊さんはね、修行して人の心が読めるようになります。」
と仰っていました。

修行、悟りまでは行かなくても、もっと考える機会が欲しいですね。
日本人は、長時間労働を強いられ考える意欲をそがれています。
それでも、国民が考えないと本当に危険な所まで来ています。

妊婦さん適用の強壮ドリンク剤が何種類もあって、生まれるまで仕事を休めない人に!なんてキャッチコピーでしたよ。
風邪で熱があるのに、薬飲んで働く、しかも風邪薬は症状緩和だけで治療効果はないのにも係わらずです。
どんな分野でもよく考えると、利権に当たるのが日本です。
何せ、税金(特別会計)330兆円が使途不明金ですから。
こんな国、世界どこ探してもありません。
| いづな薫 | 2015/05/01 4:40 PM |
コメントする









過去のページへ
この記事のトラックバックURL
http://cafe.kenshingen.fem.jp/trackback/1416788
トラックバック

戦国カフェオリジナルグッズショップです。 戦国カフェオリジナルグッズショップへ
    いづなへメール

 仕事(技術・研究系)と環境に優しい生活、家族を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、クラッシック、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

   当サイトは、コピー、転載、ダウンロード、直リンク、持ち出しは禁止です。
◆ 著作権はすべて、
いづな薫に属します。
 過去のページへ


   にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
   にほんブログ村。
   ランキングはお休み中