大河ドラマ 龍馬伝 幕末 古代 上杉
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美術品鑑賞
先日、東京国立博物館にて趣味の美術鑑賞して参りました。


武野紹鴎(たけのじょうおう)作、竹の茶杓。
武野紹鴎(1504−1555)は、千利休の茶の師で、堺の豪商である。
店は、皮革を商っていたとも、武具だったとも伝わる。
作品は、象牙の茶杓のようなすらりとしたカーブが美しい。
筒の文字は、「一閑斎 不審」。利休の孫、千宗旦によって彫られている。


徳川家康の四天王、榊原康政(1546−1606)着用の陣羽織。
黒と白の鳥毛が埋め込まれた陣羽織である。
鳥毛の陣羽織と言えば、織田信長の蝶の文様の品が有名。
戦場で人目を引くことを意識した奇抜なデザインである。



今回、興味を持った絵。
果蔬図(かそず) 田村宗立(たむらそうりゅう 1849−1918)
江戸時代末期に描かれた果物と野菜である。
果蔬(かそ)とは、果物と野菜のことである。

スイカを始め、今見るような果物が当時あることが分かる。
当時のスイカは、緑一色か黒っぽいものである。
今でも、でんすけスイカなど黒くて大変美味なスイカもあるが。
現在のような、シマが入ったのは昭和に入ってからである。

黒や緑の単色のスイカはかなり昔から食べられていたものと思われる。
スイカは、西瓜と書く。
西方から伝わった瓜を意味し、エジプトでは6000年前の壁画にスイカが登場する。
中国では、夏瓜とか水瓜と書く。
日本へは西から来たので、西瓜である。

京都高山寺に伝わる、『鳥獣戯画』には西瓜らしき物が登場する。
中世、近世にいたるまで白い瓜は頻繁に食べられたが、江戸時代には赤い果肉が
不気味に感じられたので、人気がなかった。

明治の終わりの頃、米国経由で西洋スイカの種が持ち込まれ、本格的に栽培が始まっている。


胡瓜(きゅうり)を買う時、私は感動を覚える。
何とも、エキゾチックな名前である。
胡の国の瓜。
胡(こ)とは、古代中国で北方西方の異民族をさす言葉である。唐の時代ではペルシア人をさした。
商人たちは、シルクロードの通過点にあるさまざまな国、さまざまな町の産物、絹や、宝物、果物、象牙製品などの珍品食品に至るまで、らくだの背に積み、砂漠を越えて行った。
胡瓜(きゅうり)、胡麻(ごま)、胡椒(こしょう)、胡桃(くるみ)、胡弓(こきゅう)、胡楽(こがく)、私たちにもおなじみの製品がある。
「胡」の付くこれらの品は、西方から中国にもたらされ、シルクロードの終着点である日本に到達したことを意味している。
味わって食べたい、胡瓜である。

【2015.10.01 Thursday 20:40】 author : いづな薫 
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かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

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