大河ドラマ 龍馬伝 幕末 古代 上杉
since 2007.5.21 見てしまった「信長燃ゆ」 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
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見てしまった「信長燃ゆ」
燃えて死んだから、信長燃ゆ?
最近、テレビをほとんど見ていなかったが正月だからか、見た。

相変わらず、切れやすい信長。笑
脳に異常があるんじゃないのか。
ドラマでも、家臣が「苦労した」と言ったら「苦労とはなんだっ!!」と突然激高し殴る蹴る。
敵だと認めたら片っ端から首をはね、僧侶を塔頭ごと焼き殺す。
マザコンから来る残虐性、賢い人にだけ優しいと言うのが信長の特徴である。
ドラマで、光秀は晩年の切れやすい信長にいじめまくられたが、そうなるまでは非常に重用された寵臣であった。
浪人上がりだが教養もあり、実直な光秀は、税の管理に抜群の才能を見せている。
信長ががなり立てて苦労して徴収する税の2倍くらいを、にこやかに集めてくるようなタイプである。

光秀が、真実ボコボコにされていたかどうかは不明だか、信長の方は光秀を追い落とそうとは思っていなかっただろう。
むしろまだ、信頼していたはずである。

潰すつもりなら盛り立てておいて、油断させておいてさっくり殺るのが常套手段である。

信長が、勧修寺晴子(かじゅうじはるこ)に述懐していたが、信長は父母に愛されない子供だった。これは事実。
ちなみに勧修寺晴子、後陽成天皇の実母である。

信長の家庭を見てみる。
父・信秀は、戦に行って留守、母の土田御前は信長を疎んじ弟の信行を偏愛する。
信長自身、赤ん坊の時からすでに那古野城主で非常に危険な中に置かれていた。
子供の時から、自分の身は自分で守らねばならないような過酷な環境である。

何かのアンケートで、理想の上司1位は信長とあった。目を疑った。
確かに、優秀な面もあるが、同じ空気吸いたくない。笑

信長は教養はあったけれども、本を読んだりいわゆる大名の子が学ぶような帝王学をやったわけでない。
方式を学んで答えを出すのではなく、TPOに合わせて経験から最適な答えを瞬時に出すタイプである。
親に愛されない→生命を脅かすような危険がある→対処する
そういう経験がたくさんあり、実地で生きるすべを学んだ人である。そうしなければ、生きていけない厳しさである。

ドラマで、夫&子持ちの勧修寺晴子と不倫?していた信長。
彼の、恋愛遍歴を見てみると、こんなタイプばっかりである。
一級資料である信長公記に最初に出て来る、生駒御前・吉乃(きつの)は、後家さんで2人子持ち。
信長より6歳くらい年上だったようだ。
信長は、清州城から危険を冒して生駒氏のいる木曽川郡村に通い、結婚している。
嫡男信忠、信雄、家康の嫡男信康の妻となった徳姫が生まれている。
生駒氏は、早くに亡くなり小牧城の床下に葬られたと言う。
後で、岐阜城に移った信長が欄干から小牧城の方を見て泣いていたの小姓が目撃している。あらら

その後、迎えたおなべの方もやはり子持ち後家。
子供のために一生懸命な女性にひかれちゃうのかも。

ドラマでは、最晩年の信長を描いていた。
最晩年と言っても40代。
当時は人生50年なので、40代でも晩年である。
信長若い頃は、忍耐力もあったが晩年になるとすぐ切れるオヤジと化す。年のせいだけでなく、過酷な環境から来る精神の疾患かもしれない。
信長には、岐阜岩村城の女城主だった叔母さんがいた。
この叔母さんが、武田家臣と結婚してしまったら夫婦ごと逆さはり付け。
妹お市が嫁いだ、浅井長政のところの甥っ子は、串刺し。
義理の弟・浅井長政とその父・久政は、しゃれこうべにして金箔塗。
黒田官兵衛に与えた、圧切長谷部と言う刀がある。
無礼を働いた茶坊主を、信長が棚ごと押し切ったと言う刀である。

地球が丸いと理解した初めての日本人だったとか、身分にとらわれず人材重用し独創性がある。
でも、信長のそばにいては気を休める暇はないだろう。
戦があるのに、普段でも切れまくっては、仕える家臣は精神疾患になりそう。
うちのサイトでは、私のみならず御常連様にも不人気な信長のお話でした。

【2016.01.04 Monday 21:26】 author : いづな薫 
| 日本史  | comments(2) | trackbacks(0)|
この記事に関するコメント
明けましておめでとうございます。

信長燃ゆ、を観てはいないけれど、楽しく読ませていただきました。
ふむふむ、確かに近くにいたら、気が休まることはなさそう。上司なんてとんでもないですな。

高校の授業で、日本史の先生が、「3人のうち、自分がなるとしたらどの人になりたいか?」と約40人の生徒に聞いたところ、ほとんどが信長で、先生が驚いていたことを思い出しました。確か、私も信長と手を挙げたような。秀吉はひとりもいなかったと記憶。
激しい気性が小気味良く感じる若気の至りということでしょうね。

先日うまく送信出来ず何処かにいってしまったコメントにも書きましたが、おじいさまのピアノの話や今回の話、いづなさんのお話は私の遠い記憶も呼び覚ましてくれて、嬉しいんです。

お着物も子供たちの七五三以来、着ていない私。
お着物でオペラとのことでしたので、私も2月に一世さんの奥さまのコンサートが仙台でえるので、お天気がよければお着物で、とふっと思っています。
お恥ずかしながら、自分では着れませんが。。

いづなさんのブログを読みながら、こんな素敵な気持ちになっている人がここにも1人いますよ〜。
| ぺんた | 2016/01/04 11:50 PM |
ぺんた様

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
信長ねー、ドラマの中でどうでもいいことをすぐ言葉尻とらえて激高し、家臣をボコボコ。
何度もやっているから、もう〜バカなんじゃないのと思ってしまいました。
サルは別として、知的な光秀がよく耐えたなと。
最後は暴発しましたが。

40人の生徒さんで、ほとんど信長ですか!?
まあ、今でも人気ありますからね。
既得権益を壊したのは評価しますよ。
原発とか安倍政権の頑強さを見ていると信長の破壊力が欲しい時もありますが。笑

>うまく送信出来ず何処かにいってしまったコメントにも書きましたが、

そのコメント拝見したかったです。
2月にコンサートをお着物でですか。
いいですね。
着るの結構難しいですよね。

>いづなさんのブログを読みながら、こんな素敵な気持ちになっている人がここにも1人いますよ〜。

信長をこき下ろしたのに、お言葉感謝しております。
またお越し下さいね。
| いづな薫 | 2016/01/05 9:47 PM |
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 仕事(技術・研究系)と環境に優しい生活、家族を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、クラッシック、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

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