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since 2007.5.21 戦国時代展 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
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戦国時代展


東京両国の江戸東京博物館で開催中の、「戦国時代展」を見て来た。

1月には「国宝・上杉家文書」や謙信公の短刀「五虎退」などが展示されるが、
私にとって前半の目玉は「義元左文字」である。

「義元左文字」は、織田信長が、桶狭間の戦いで今川義元から奪った刀である。

今川義元に渡る前は、摂津国領主・三好宗三の持ち物だった。
その頃の二尺六寸の太刀である。
三好宗三が一族の三好長慶と仲違いし、武田信虎(信玄父)に援助を求め、信虎にこの太刀を贈る。
武田信虎の娘、定恵院が武田今川の和睦の証しに今川義元に嫁ぎ、太刀も一緒今川家に渡った。
婿・義元は、この刀を愛刀として大切にしたという。

義元から信長が奪い取り、本能寺まで所持している。
本能寺の信長の枕刀であったのを、信長の愛妾・京都松尾神社の娘が、持ち出した。
これを秀吉に差し出し、秀吉を経て秀頼に渡る。
そして、関ヶ原の一年後の1601年桃の節句、大坂に来ていた徳川家康、秀忠に豊臣秀頼から贈られた。
豊臣が滅んだ大坂の陣で、家康が佩刀していたのは、この義元左文字だと言われている。

今川支配下で苦汁をなめた家康、今川義元が討たれ信長に強奪された刀を持って天下人の戦をしたのか。

大坂の陣からさかのぼること55年、
永禄3年5月(1560年6月)今川義元は大軍を率いて意気揚々上洛する途中であった。
その途中の尾張・織田信長を踏みつぶして行く勢いである。
信長は、10倍の戦力の今川義元に下るか、戦を挑むか、命運を賭けた決断に迫られていた。
家臣は降伏を進めるが、信長は断固拒否。
今川に下れば、今川が戦を起こした時最前線に立たされるは必定である。
死傷者も出るし、人質も出せねばならない。
信長はそれはダメだと言ったのである。
信長は、熱田神宮で吉凶を占い桶狭間に向かう。

占いは”吉”と出た。

その日は豪雨、義元は陣中で休息していたと言う。
狭い道を、長く伸びた今川軍隊列のうち、大将の義元の陣めがけて信長は奇襲をかけた。
見事討取った時、奪った刀がこの「義元左文字」である。
信長は、喜びの余り刀に金文字で「永禄三年五月十九日義元討捕刻彼所持刀織田尾張守信長」と象嵌している。
456年(2016年現在)以上経った今でも、信長の熱い高揚感と息遣いが感じられる名品である。


今一つの名品に、上杉謙信の「泥足毘沙門立像」を挙げたい。
ほとんど負けたことのない、軍神上杉謙信が戦に行く時携行していた毘沙門像である。
ある時、毘沙門天の足に泥がついていて、毘沙門天が加勢してくれたと謙信は信じたと言われている。
今回、謙信の宝物は、毛氈鞍覆(もうせんくらおおい)、国宝上杉家文書、唐草透彫烏帽子形兜(からくさすかしぼりえぼしなりかぶと)など多く展示されている。
自らの欲のために戦を起こさず、幕府立て直しと戦国終焉のために戦った上杉謙信。
高潔な精神を持ち、領国を豊かにすれば戦はなくなると経済政策に奔走し義と経済が両立している稀有な人である。
上杉謙信は、経済人としても一流だった。
謙信と共にあり、亡くなった時棺の上に載せられた「泥足毘沙門天」皆さまにもぜひご覧いただきたい。

歴史の遺物は、過酷な時代を理想に向かって生きた先人たちの残してくれた宝物である。
今回、国宝や重要文化財などの貴重な宝物が多く展示されている。
私たち国民の宝である文化財を守り、末永く語り継いで行きたい。

戦国時代展
東京 江戸東京博物館 2017年1月29日まで。
京都 京都府京都文化博物館 2月25日〜4月16日 
米沢 米沢市上杉博物館  4月29日〜6月18日

【2016.12.14 Wednesday 17:18】 author : いづな薫 
| 上杉謙信 | comments(4) | trackbacks(0)|
この記事に関するコメント
いづな様。書き込みは大変久しぶりです。なんと、私も12月14日に「戦国時代展」を見に行っておりました! どこかですれちがっていたかもしれませんね。

私もこの日の私なりのみどころは、左文字と毘沙門天像だったので、いづな様も同じだったと知り、なんだかうれしいです。

1月にも行くつもりでいます。風邪などひきませんよう。
| ぎんなん | 2016/12/16 12:02 PM |
ぎんなん様

こんにちは。コメントありがとうございます。
ぎんなん様もいらっしゃいましたか!
私も、1月にまた参ります。
上杉家文書と五虎退が主な目当てです。
左文字と毘沙門天像、保存が大変よく非常に価値がありますね。
謙信公の唐草の兜も美しかったです。
あと、銭がたくさん詰まった壺にとても関心を持ちました。

年末になって、寒くなって参りましたね。
ぎんなん様もお風邪召しましませぬようお気を付け下さい。
またお越し下さいね。
| いづな薫 | 2016/12/16 3:37 PM |
いづな様。便宜上、こちらにコメントいたします。

昨日、1月の分の戦国時代展に行ってきました。上杉家文書と五虎退を見てきました。

もうひとつ、お屋形様の陣羽織に見とれました。真っ赤な羽織を着たお屋形様はどんなに凜々しかったことか。

でも、裏地がいっさい見えませんでした。見たかったなぁ、裏が。仕方のないことでしょうか?

それから、いづな様。いづな様は博物館や美術館に行ったときに、音声ガイドは借りられますか?
| ぎんなん | 2017/01/12 11:09 AM |
ぎんなん様

コメントありがとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

お屋形様の陣羽織、私も見て参りました。
裏に龍の柄があると書いてありましたね。
謙信公のお召し物は結構残っているのですが、この赤い陣羽織はつるしての展示に耐えられると言うことです。
何せ、450年も経っているために、展示も出来ない品があります。
マントとか紅地雪持ち柳とか。
今回の陣羽織、表も裏も、輸入品の本当に珍しい生地を使っています。
表は、羅紗なので雨をはじきますね。
裏がなんと緞子、この1着にどれほど手がかけられているかと感嘆します。
配慮と贅を尽くした逸品です。

>いづな様は博物館や美術館に行ったときに、音声ガイドは借りられますか?

借りない方が多いです。
本を読んで知識を入れます。

| いづな薫 | 2017/01/12 4:48 PM |
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 仕事(技術・研究系)と環境に優しい生活、家族を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、サッカー日本代表、欧州サッカー、クラッシック、登山、茶道、語学。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

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