大河ドラマ 龍馬伝 幕末 古代 上杉
since 2007.5.21 おんな城主直虎「おんな城主直虎」 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
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おんな城主直虎「おんな城主直虎」
直親が殺されてしまった。
分かっちゃいるが、何とも無残。
直虎の曽祖父直平も、重臣中野、叔父さんの新野のみな、今川に命じられた戦で討ち死に。
成人男子がみな死ぬから、おんな城主が出て来るのだが。


直親の父は、家老小野の讒言により殺され、直親は小野の息子政次の讒言により殺される。
ドラマでは讒言ではなかったが、史実ではそうである。

今川義元が死に、従っていた国主が離反して行く。
松平元康は、織田信長との同盟を深め義元からもらった”元康”を改めこの頃、”家康”と改名している。
家康の嫡男信康と信長の娘徳姫との縁組み約束も交わされた。
家康は、今川を棄てたのである。

そんな中で、家康が内応を誘ったのが引馬城(ひくまじょう)の城主飯尾連龍(いいおつらたつ)である。
家康のいる三河国に一番近いのが、井伊谷城(いいのやじょう)の井伊と、引馬城(ひくまじょう)の飯尾連龍(いいおつらたつ)である。
殺された井伊直親が松平元康に誘いをかけられたとして、動揺するのも無理はない。
直親が、松平に内通したかどうかは史料では不明である。
今川が、離反する国衆を脅かすため、無実の罪を着せ、粛清したとも考えられる。

戦乱が起きようとする時、起きている時、冤罪は起きやすく、民衆もそれを支持するおかしな力が働く。
これだけは、間違いない。
森友事件で揺れる、今も今もそうである。

そして、引馬城(ひくまじょう)の飯尾連龍(いいおつらたつ)が今川氏真に謀反を起こした。
永禄6年(1563)12月のことである。
引馬口飯田合戦と呼ばれるものである。
今川氏真は、家臣の朝比奈、富士両氏に命じてこれを攻めさせる。
家康に組した飯尾を家康は守らねばならない所、三河で一向一揆が起きて引馬城を救えなかった。
結局、今川氏真の軍に攻められ飯尾は自害、落城している。
この時、反旗を翻したのは、引馬城(ひくまじょう)飯尾連龍(つらたつ)だけでなく、今川一門の堀川六郎と言う人物がいる。
この人も、自害している。
飯尾連龍と堀川六郎が謀反を起こした経緯について、「今川家譜」に非常に興味深い史料がある。
この謀反に、武田信玄が絡んでいるのである。
武田信玄は、「飯尾と堀川が手を組み、駿府(今川の御所)に攻め込めば、こちらも手を合わせ人数を遣わす。今川の館と、家督は差しあげましょう。」

「今川家譜」では、武田信玄の誘いに、飯尾と堀川がまんまと乗せられ、今川氏真に討取られたと言うことになっている。


この戦いの中で、井伊直平(直虎曽祖父)、重臣中野、叔父新野は討ち死にした。
この3人と、今川方として一緒に戦っていた人物に朝比奈備中守と言う人物がある。
朝比奈備中守泰朝(やすとも)、彼の家臣によって井伊直親は斬殺されたのである。

朝比奈は、今川の家臣が次々と離反していく中で最後まで氏真に付き従った。
そして、越後の上杉謙信にまで援助を要請している。

井伊には、これでもこれでもかと苦難が襲って来る。
中小の国主、時には大名にも少なからず、滅亡の危険を伴ったのが戦国時代である。
そうはなりたくないと、桶狭間を起こした織田信長、今川を裏切った徳川家康、少年時代床下に隠れていたこともあった軍神上杉謙信。

歴史の行く末を見分けることが出来るか、これは、現代人にも必要な技である。

【2017.03.27 Monday 11:59】 author : いづな薫 
| おんな城主直虎 | comments(2) | trackbacks(0)|
この記事に関するコメント
( `ω´) 素晴しい
う〜む、いい男は早死にするのう( `д´) 謙信しかり、信玄しかり
残ったのはカスばっかりか、信長、秀吉、家康(三河のぼんやり)
この人物達、本人は大したことないんだが、ナンバー2、ナンバー3など優秀な人材がいた
井伊谷のナンバー2がね〜いまいちだ、井伊谷が自ら自滅したのか、仏様が決めたのか
春日山の関東管領様にも応援依頼したのですね、信玄がいるから、そこらまでこれませんよね、
ドラマの直虎の着物は、景虎の着物に似ていましたね、ビジュアルで素晴らしい。
| 串かつ | 2017/03/27 7:58 PM |
串かつ先生

いつもありがとうございます。
このドラマに出て来る井伊の人達正直でいい人過ぎます。
直親なんて現代人みたいですもの。
そう描かないと、視聴者が感情移入しにくいと言うのもありますが。
戦国時代だと、盛んに情報を集め、裏の裏をかく位でないとやっていけません。小国ならなおさらです。
その点、真田は頑張りましたよね。
人材がみんな死んじゃうので、おっしゃる通りNo.2も3もいません。1もいなくなり、直虎が継ぎます。

>信長、秀吉、家康(三河のぼんやり)
この人物達、本人は大したことないんだが、ナンバー2、ナンバー3など優秀な人材がいた

はい。
直虎の着物、私も景虎の着物に似ていると思いました!
パッチワークがですよね。
綺麗です。
| いづな薫 | 2017/03/27 8:27 PM |
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時事問題、歴史、環境、料理、サッカー日本代表、欧州サッカー、クラッシック、登山、茶道、語学。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

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