大河ドラマ 龍馬伝 幕末 古代 上杉
since 2007.5.21 おんな城主直虎「徳政令の行方」 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
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おんな城主直虎「徳政令の行方」
徳政令。
直虎が生きた戦国時代だけでなく、鎌倉時代も室町時代も「徳政令」が頻繁に出された。
特に、室町時代に貨幣経済盛んになって以降、金融業者が大きな力を持ち始めたのである。
足利将軍家も、小田原の北条氏も、越後の上杉氏も出している。
「徳政令」とは、簡単に言うと、借金棒引き、債権、債務の破棄ことである。
農民も、幕府や大名、井伊などの国主に徳政令を要求し一揆を起こしている。
担保となっていた物品を奪い取ったり、証文を廃棄したり、農民も実力行使に出たのである。

「徳政」と言うからには、徳のある政治を意味しているのである。

今川義元が制定した「今川仮名目録追加」と言う、法令がある。
直虎が、南渓和尚からもらったのは、「今川仮名目録」である。
何が書いてあるか。
領主が守るべき法令集である。

「今川仮名目録追加」の第6条にこんなことが書いてある。
「みんな貧乏なので、徳政令がなくても、年期を伸ばしたり弁済を言い出すのは非常識である。
氏親(寿桂尼の死んだ夫)の時のように固く禁止する。
借金返せの訴訟を取り次いだ者は知行の三分の一を没収。訴え出た者は改易とする。」

次回、直虎が寿桂尼に呼び出されるが、この今川仮名目録追加6条で対抗するんじゃないのかね。
直虎「ここに書いてあるやんか、これおばはん(寿桂尼)か、息子(義元)が書いたんでないの?!」

金を貸した方にしてみれば、とんでもない話で、徳政令とはかなり乱暴な話である。
しかし、こういうことをやらざるを得ない。
当時、夏の気候が冷涼で作物ができにくい。
天変地異も頻発している。
金融面で、当座の解決を見ても、根本的に生産力を高めないと借金地獄から抜け出せない。
一方、上杉謙信のように商品価値の高い青苧で、莫大な利益を上げた戦国大名もいる。

直虎のドラマでは、今回井伊の領地で徳政令は発布されていない。この時永禄9年(1566)
しかし、2年後の永禄11年(1568)には今川氏真による徳政令が出る。
絶体絶命の直虎?
でなく、絶体絶命なのは今川家だった。
寿桂尼が死ぬ。
徳川家康は今川家臣をどんどん懐柔する。

しかし、氏真くんには同盟関係にある頼もしい叔父さんがいる!

甲斐の武田信玄である。
信玄は、氏真の母の弟である。
武田信玄、「海が欲しい。交易がしたい。交易で謙信みたいに金儲けするだ。」
最初北の日本海を狙ったが、謙信に追い返された。
北の最強の敵よりも、南のばか甥を潰した方が良い。

「そうだ今川、行こう!」 武田信玄

【2017.04.10 Monday 20:35】 author : いづな薫 
| おんな城主直虎 | comments(4) | trackbacks(0)|
この記事に関するコメント
お久しぶりです zebraです。
「直虎」みてますよ。

直親が死んだり 政次は 井伊に反旗を翻す形で 今川に取り込まれてしまったり・・・ でも戦国の世には このような現実はよくあったんでしょうね。

>直虎のドラマでは、今回井伊の領地で徳政令は発布されていない。この時永禄9年(1566)
しかし、2年後の永禄11年(1568)には今川氏真による徳政令が出る。
絶体絶命の直虎?
でなく、絶体絶命なのは今川家だった。
寿桂尼が死ぬ。
徳川家康は今川家臣をどんどん懐柔する。

しかし、氏真くんには同盟関係にある頼もしい叔父さんがいる!

甲斐の武田信玄である。
信玄は、氏真の母の弟である。
武田信玄、「海が欲しい。交易がしたい。交易で謙信みたいに金儲けするだ。」
最初北の日本海を狙ったが、謙信に追い返された。
北の最強の敵よりも、南のばか甥を潰した方が良い。

「そうだ今川、行こう!」 武田信玄
 そりゃあ 謙信と戦っても川中島の苦戦が行われれば どうなるかわかったもんじゃない・・・むろんそれは謙信も信玄と戦えば 越後が蹂躙される恐れがあるのはしってるでしょうし・・・

 だったら・・・「ばか甥」つぶしちゃうか!!ってなりますよね。
甲相駿 3国同盟なんか もう何の意味もない
先代義元が死んで 求心力が低下した駿河なら ぶっつぶせるもんね〜
って(^^)

ただ 信玄の嫡男 義信が今川から嶺松院が正室として嫁いだので それが義信が 駿河攻略に反対したため 武田家でのお家騒動に発展した説があり 義信は自害に追い込まれたとか は ありますが それは義信事件ということで また別の話。

もしかしたら 今川義元の娘である嶺松院が 実の兄氏真の力になろうと信義に働きかけてくれてたかもしれない・・・

 嶺松院の働きかけ ⇒ 信義(夫)⇔氏真(兄) 協力体制になったら 信玄にとって 駿河侵攻の邪魔になるとかんがえたかもしれませんが  いづなさんはどう思われますか?

| zebra | 2017/04/12 9:26 AM |
zebra様

お久しぶりです。
またお越し下さり、大変嬉しいです!
ありがとうございます。

>直親が死んだり 政次は 井伊に反旗を翻す形で 今川に取り込まれてしまったり・・・ でも戦国の世には このような現実はよくあったんでしょうね。

戦国時代の勢力関係って本当に複雑です。
今もそうですけれど。

>謙信と戦っても川中島の苦戦が行われれば どうなるかわかったもんじゃない・・・むろんそれは謙信も信玄と戦えば 越後が蹂躙される恐れがあるのはしってるでしょうし・・・

この2人の名将は、互いにこれ以上戦ってはならぬと第4回川中島で悟ったと思います。

>信玄の嫡男 義信が今川から嶺松院が正室として嫁いだので それが義信が 駿河攻略に反対したため 武田家でのお家騒動に発展した説があり 義信は自害に追い込まれたとか は ありますが それは義信事件という

そうなんです、ご指摘の通りです。
武田信玄の嫡男義信の妻は今川出なんですよね。
義信と嶺松院はいとこ同士ですね。
義信が妻の実家を大事にしたため、父である信玄と溝を生んでしまいます。
zebra様の読み、当たっていると私も思います。
直虎のドラマが今1566年だとすると、武田では義信事件が発覚し、家臣が大勢粛清された後です。
義信は幽閉中で1567年没です。zebra様御周知如く、嶺松院もその頃駿河に返されますね。
信玄とすれば、心置きなく今川簒奪に出て来るわけです。
信玄も、家臣と領民の生活を保障しないと殿様でいられないわけですから大変です。

PS.zebra様、twitterはされていますか?
   まだでしたら、ご予定ありますか。

| いづな薫 | 2017/04/13 11:21 AM |
いづな様 お返事ありがとうございます。

政次・・・幼かった時期 同じ釜の飯を食った 井伊谷仲間だったのにねえ。 義元亡き後でも 力は削がれてないんだろう。 義元の母親 寿桂尼おばやんがにらみ利かせてるから・・・おお恐(汗;)

政次の手回しも 上手ですね・・・認めたくないけど・・・
神職の者に農民たちを困惑させるよう指示したり・・・
直虎に反感を抱きがちな中野直由の息子 直之と 奥山朝利の息子 六左衛門を味方に引き入れようとしたり・・・

けれども 井伊の台所事情が厳しいからなあ・・・
そりゃあ 度重なる戦や 村の若い衆が兵としてかり出されて 農作業も人手が足りない、 戦死者がでれば なおさら・・・でも税金である 年貢米は納めないといけない・・・ 百姓たちにしてみれば 徳政令を出してほしいと今川に訴える気持ちもわかるけどもねえ・・・



>2年後の永禄11年(1568)には今川氏真による徳政令が出る。
絶体絶命の直虎?
でなく、絶体絶命なのは今川家だった。
寿桂尼が死ぬ。
徳川家康は今川家臣をどんどん懐柔する。
 元祖女傑 寿桂尼おばやんが死に、「どないしよう、どないしよう」とテンパりまくりの氏真・・・(笑い) 

 で、ババヤン(寿桂尼)とオヤジン(義元)の影で有力名家の おごりにいばって 頭の中がお花畑満開のバカ孫 バカ息子の氏真(→これって 言い過ぎかな?)
| zebra | 2017/04/14 8:43 AM |
zebra様

こちらこそ、お返事嬉しいです。

>政次・・・幼かった時期 同じ釜の飯を食った 井伊谷仲間だったのにねえ。 

政次も政次の父も、いつまでも生き残りそうでしたが、みな割と早く死んじゃいますね。
ドラマの悪役だからなんですが、まあそこは史実を無視できないので。
寿桂尼、公家の出のわりにはほんと戦国大名みたいな人ですね。
夫、息子と次々と死に、腹くくったのかもしれません。

>直虎に反感を抱きがちな中野直由の息子 直之と 奥山朝利の息子 六左衛門を味方に引き入れようとしたり・・・

六左衛門は前回から直虎を信用するようになりました。
けれど、ドラマでは直虎って4人しか家臣がいないのに反目する家臣が多くて本当大変ですね。

>村の若い衆が兵としてかり出されて 農作業も人手が足りない、 戦死者がでれば なおさら・・・でも税金である 年貢米は納めない

戦で働き手が死に、その上年貢、徳政令でも出さないとやっていられなかったのでしょう。
しかも、金融面で一時逃れするだけに過ぎず、根本的解決にはなりません。
本当に苦労しましたね。

徳川家康の前に、晩年、宗襪噺世ο型佑現れます。
この人、何を隠そう今川氏真なんです。
京都で歌詠みとして有名になっています。
和歌のうん蓄を家康にあれこれ言うんですが、家康はこう言うんです。
「歌を学ぶ暇があったなら、軍学学べばよかったのに。そうすれば国を失うこともなかっただろう。」

| いづな薫 | 2017/04/14 10:20 AM |
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