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since 2007.5.21 朝倉氏一乗谷遺跡 その2 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
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朝倉氏一乗谷遺跡 その2


朝倉氏の城下町は、細長い格好をしています。
山間で天然の要害を利用した町でした。
一乗谷駅を降りてすぐ、細長い朝倉氏の町の入口があります。あんまり来ないバスやタクシーで移動する手段もありますが、城下を知るために、歩ける方は徒歩をお勧めします。
歩いて行くと、規則的に並んだ井戸や住居の遺構があり、朝倉氏関係の人びとが暮らした様子を見ながら行けます。




駅から30分弱歩くと唐門が見えて参りました。よく広告に載る門です。
この門は朝倉氏当時のものではなく、江戸時代中期に再建されています。
それより以前にも門はあり、朝倉義景が1573年に亡くなった後、豊臣秀吉が朝倉義景の善提を弔うために寄進した門がありました。
門の上部内側には、朝倉家の三ツ木瓜と豊臣家の五三の桐が刻まれています。

門をくぐるためには石橋を渡ります。
その石橋の上から撮ったのが上の写真ですが、良い角度を撮るために、いづなスマホごと川に落ちそうになりました。ヒヤリ…。




朝倉義景の墓所。



雪国らしく、塔の周りを母屋状の石の建物で囲っています。
米沢の上杉家中のお墓もこのスタイルでした。

【2019.06.30 Sunday 16:16】 author : いづな薫 
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 仕事(技術・研究系)と環境に優しい生活、家族を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、クラッシック、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

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