大河ドラマ 龍馬伝 幕末 古代 上杉
since 2007.5.21 坂の上の雲 | 戦国カフェ
   
 
戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
坂の上の雲、感想 「子規、逝く」 
 正岡子規の主治医・宮元仲は、子規の母八重と妹律の介護の様子に感嘆の言葉を残している。
以下、医師宮元の記録の律の様子である。

女中の役、細君の役、看護婦の役、朝から晩まで一刻の休みもない。

加えて、律は、俳人正岡子規の良きプロデューサーであったと私は感じる。
病床で動きの取れない兄・子規の視界に、草花を植え、楽しませる配慮をし、子規の句には妹を読んだものが多数存在する。

   餅切ると指切りし妹に胸さわぐ
  妹が庭や秋海棠とおしろいと


東京農業大学の子規庵の調査で、律が子規の病状の変化に合わせ作庭していったことが分かったと言う。
子規の闘病生活は足掛け7年に及んだが、後半の3年は、子規がますます身体を起こせなくなり、視界が狭められ、
庭に配置される植物も半分ほどに減ったという。
子規が寝たままでも見られる、へちま棚や、鳥かごが下げられたとのことである。

子規は激痛をモルヒネで緩和しながら、それらを題材に句を読み、絵に描き、美を探求する生命活動をやめない。
正岡子規と言う、偉大な俳人および美の探究者は、律に支えられていると言って良い。
句においては、子規がまだ病床にないうちから、律をテーマに句を読んでいる。
大事を為しえる人物と言うのは、偉大な協力者がいるものである。
それは同僚であり、同盟者であり、家族である。
政治においても、経済においても、時に孤高の世界・芸術においてもだ。

この兄と妹の不思議な関係は、”きょうだい”と言う枠組みだけでは説明しきれない。
律は、16と20歳の時結婚するが、それぞれ9ヶ月と10ヶ月で離婚してしまい、その後兄の介護に尽くした。
彼女は、兄没後40年生き、兄のそばに埋めて欲しいと遺言している。

さて、感想。
今回、2回涙しました。
1回目は、「兄さんは生きようとするんじゃ・・・。」と言う律と真之が、根津神社?で抱擁するシーン。
(このふたりが夫婦になればいいのに。)

2回目は、子規が亡くなり、律が泣くシーン。
坂の上の雲は、激動の歴史ともに、家族、友情の細やかな愛情が見せ場である。
始めの方で、秋山真之が母をおぶってお風呂に行く。この場面も良い。

一方、闘病中の子規が、包帯をしばる妹・律を、「木石のごとくなり。」と評す。
でも「律に病あるよりは、余に死あらんことを望む。」、とも言っている。
病に苦しみ、律と母を助けを求めて呼ぶ子規が、何ともかわいそうだ。
「戦で散る命と、病床で散る命、どっちもちっぽけな命。」と言う子規に対し、真之は「どっちもかけがえのない命だ。」と言う。
 その言葉を聞き、子規が流した一粒の涙が、陽に透けてなんとも美しい。
真之は、無指揮な指揮官は殺人者だと言っていた。
もちろん、軍人なので限界はある。しかし、命を大事に思う、真之の作戦哲学の根幹がそこにある。

兄が亡くなり、学生としての第二人生を踏み出した律。
彼女は、後に教員となる。
看護師であり秘書であり、彼女なくしては俳人正岡子規の作品はない。
悲しみを乗り越え、学問を志し、清々しく生きる律が、私はとても好きである。

【2010.12.12 Sunday 22:08】 author : いづな薫 
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坂の上の雲、感想 「日英同盟」
広瀬武夫とアリアズナ、秋山真之と広瀬、正岡子規と妹・律、戦争や病の試練にある、愛情、友情関係が見事に描かれ、
今年も秀作である。

広瀬とアリアズナの別れは、ロシア正教会の古めかしい建築、郷愁的なメロディと相まって、感極まる。
いずれ戦争になる、日露。帰国命令が下る広瀬。
互いに惹かれあいながら別れる、魅力的なふたりにブロックされた。
従姉妹のアリアズナを慕い、広瀬とは恋敵のボリスも、やがて、広瀬を尊敬し、友情を固める。
戦争になったら、祖国のために互いに戦う。でも、友情は一生涯のものだと言う、ボリスに涙した。

 冒頭、「日本は生糸でもうけた金で、軍艦を買うといい。」と言う、英国将官に対し、広瀬武夫が、
「生糸の利益ではなく、貧しい日本人が爪に火を点すようにして、貯めた金だ。」と、説明する。

さしたる産業もなく、生糸くらいしか外貨を稼ぐ手立てのない小国が、列強並みの軍備を揃えようとしたのだから、大変である。
日清戦争の翌年の軍事費は、国家予算の総歳出の48%に及んだ。
国民は、大変貧しく、広瀬がセリフで言う、「故郷の豊後竹田の人々は、冬も裸足」状態である。
もちろん都市部以外の他地域も、似たようなものである。
当時の日本は、資本主義の豊かさはごく一握りの人間達のためのものであり、多くの国民はその恩恵を知らない。
我慢を美徳とする、封建的観念だけが、いきわたっていた時代である。

広瀬の日本の実情の説明に対し、英国将官が、謝罪の礼を取っていた。
この将官と言い、ボリスと言い、そして秋山や、広瀬ら日本人の中に騎士道及び武士道がまだ生きている。
敵味方に分かれても、互いに崇敬の念を抱き、潔さを美とする精神が感じられた。
それでも、戦わねばならないのが、悲しい。

 残り少ない命を燃やすように、俳句と短歌の改革に情熱を傾ける正岡子規、彼の看護師、秘書となって支える、
妹・律も良い。

歴史話を補足。
 ロシアとの衝突を回避するため、伊藤博文は渡露、しかし、当てにしていた戦争回避派の大蔵大臣ウィッテ(大蔵大臣だが、外交に強い発言権を持っていた)は、皇帝から遠ざけられ、失敗
 伊藤博文は、”恐露家”である。
大国に飲み込まれようとする、小さな国の恐怖を、その若き日から、身をもって知っている。
彼は、長州藩出身である。
文久三年(1863年)長州が、下関を通過する外国船を攘夷のために砲撃している。
 伊藤は、井上聞多とともに、横浜から英国に留学のため密航した年である。
 彼らは、ロンドン留学中、ロンドンタイムズに長州藩が度々下関で外国船を砲撃している記事を目にする。
 そして、被害を受けた各国が長州に贖罪させようとしている。
 西洋の進んだ文明を目にした彼らは、攘夷の無謀さを良く知っており、藩論を攘夷から開国に説得するため、
伊藤と井上は帰国する。
 列強軍備の物理的破壊力の凄さ、幕府による第一次長州征伐と、伊藤博文は、長州藩存亡の危機を幾度も経験している。
 しかし、坂本龍馬が仲介者となり、薩長同盟が締結され、長州藩は起死回生、難局をかろうじて乗り切った。

伊藤にとって長州が、日本になったに過ぎない。
存亡の危機に瀕した小さな国は、かつて長州が薩摩と手を組んだように、同盟の相手国を模索する。それは、拒絶されたロシアではなく、英国だった。
これが、日英同盟である。
しかし、当時英国は世界でも最も進んだ先進国であり、矜持著しく高く、アジアの片田舎の日本と対等の同盟を
結ぶかどうかという疑問があった。
 そこで、伊藤博文の日露交渉の失敗が、思わぬ形で功を奏すことになる。
ロシアに近付こうとする伊藤博文に警戒し、英国の方から、日本に有利な条件で同盟を結んだのである。

伊藤博文、そしてそのうち書くかもしれないが、明治期最高の政治家と言われた小村寿太郎。
彼らの政治家としての、政策手腕、外交能力を大いに評価したいと思う。

出張で、今頃感想のいづなでした〜。


【2010.12.07 Tuesday 13:42】 author : いづな薫 
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広瀬中佐の恋人に新事実
「坂の上の雲」の登場人物、軍神・広瀬中佐の恋人に、新事実が発覚!
 なんだこの、三流週刊誌みたいな見出しは、笑。

広瀬中佐(生前は少佐)、日露戦争の旅順口閉塞(へいそく)作戦で、部下の杉野孫七兵曹長を探し続けた後、頭を吹き飛ばされて亡くなった人物である。 
 旅順口閉塞(へいそく)作戦
安全な中国旅順湾に入ったままの敵艦隊を、湾の入り口(幅273m)を船で通行止めにし、機雷敷設や、水雷艇で奇襲すると言うもの。

 さてその広瀬中佐、語学、漢詩、柔道と文武に深い教養があり、誠実で明るく、長身で、部下思いで、ロシア駐在時代は、
とにかくモテまくった。
 右寄りでも軍国主義でもなくても普通に見て、広瀬中佐には人間的魅力がある。



私もこの人物が好きで、福砂屋のカステラにはまったのは、彼の影響である。ザラメが美味いんだこれが。
こうもりマークのシールも、可愛くて好きハート
 広瀬が自分の好物カステラを、知人にお歳暮で贈っていたと言う。福砂屋本店には、広瀬中佐の手紙あり。
 
 で、何が、新発見か?だが。
広瀬はロシア駐在時代、文通のみ許したアリアズナと言う恋人がいた。
広瀬は、軍人に妻子はいらないと、独身主義なのである。
で、そのアリアズナの父とされて来た、ロシア海軍水路部長のコワレフスキー少将が実在の人物ではないと言う。
 と言うことは、アリアズナは?

 別人で、海軍省海事技術委員会のコワリスキー大佐と言う人が実在する。
こちらには、長女にアリアズナと言う人物がいた。
と言うわけで、アリアズナの実父は別人だったと言う話。

新たにアリアズナの実父とされた人は、機雷の専門家で、広瀬が軍事知識を得るため接近したのではないかと言われている。
 スパイ広瀬を、近づけてしまった失態を隠すため、旧ソ連が、偽情報を流したのでは?と推測されるそうだ。

 龍馬伝が終わったら、「坂の上の雲」が待っている。
弥太郎が今度は、瀕死の正岡子規になる。
 広瀬武夫が亡くなる、旅順作戦も今年放送だったよね。

【2010.10.18 Monday 20:04】 author : いづな薫 
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坂の上の雲 感想 「留学生」 
 仕事納め後ようやく見たので、感想です。
今回は、前回の戦争シーンと違って優雅な場面が多く、このドラマの変化に富む趣向を楽しめた。

 子規の妹・律と秋山真之、この2人がくっつけばいいのになと思ったり、広瀬武夫とアリアズナの実らない恋に切ない思いがした。

 「初めてです。」とダンスを踊る、広瀬武夫、何てカッコいいんでしょ。笑
アリアズナとのダンスシーンは、眼に焼きついた。
 ロシアでモテモテだった広瀬、長身と、武士のような律儀さ、清廉な気性でさもありなん。 
 アリアズナの想いも叶わないが、花束持って来る彼女の従兄弟も、また叶わない。
 切ない三角関係でしたな。
 
 子規は、脊椎カリエスが発症してしまいましたね。
きりをねじ込まれるように痛んだと言う、苦しい闘病生活、察して余りある。

 軍備拡大を主張し、伊藤博文に反対される、病身の陸奥宗光。
反対された途端、発作を起こすなど、上手い演出を見せてくれる。

 秋山真之は、アメリカ留学中、アメリカとスペインの戦争に出くわす。
なぜ、この話が必要かといえば、これが日露戦争の作戦の元になったからである。

 真之は、アメリカがスペイン艦隊を軍港に閉じ込める、世界最初の”閉塞作戦”を目の当たりにしている。

 つまり、 「スペイン艦隊のいるサンチアゴ湾の入り口で、ボロ船を爆発させ通行止めしよう」、と言う作戦である。
 これを考えたのは、軍人でも参謀でもなく、若いアメリカ人技師だった。
技師は自ら指揮官になり、命知らずの者を集め、古い石炭船に乗った。
 しかし、スペイン艦隊に見つかり、ボコボコに砲撃される。

 始めから沈めるつもりだったので、水雷(水中で爆発する兵器)を吊り下げていて、
爆発した船は沈み、技師たちは万国公法に則って、敵・スペイン艦隊に救出された。
 ボロ船は湾口をふさぐようには、都合良く沈まなかった。
しかし、スペイン艦隊は本国から帰還命令が下り、狭い湾口を結局通らざるを得なくなり、撃沈されるのである。
 
 技師のボロ船作戦、アメリカにとって失敗だったが、観戦した秋山真之には大いに収穫を与えた。

 良きアイディアとは、時に
学歴や学問のあるなしとは別の次元で、湧いて来るものである。

 これを書いていて、思い出したことがある。
国産蒸気船の軍艦を造った、幕末、伊予宇和島藩の提灯張替え屋・嘉蔵と言う人物がいる。
 司馬遼太郎さんの、「花神」や「伊達の黒船」に出てくる。

 嘉蔵は、無学でド貧乏で草履も前半分しかない。
 そこへ長州から来た蘭学医村田蔵六(後の大村益次郎)、彼はオランダ語が出来て、
 オランダの書物を参考に、蒸気船の設計図を描く。
 それを見て、嘉蔵は、見たこともない蒸気船の動力や構造を理解し、改良点を指摘し、実際に蒸気で動く船を造ってしまう。

嘉蔵は、己の経験と感覚で蒸気船を肌で理解したのであろう。
秋山真之もそうだが、嘉蔵も、この世の森羅万象から揺るがぬ法則、純粋原理を引き出すのが上手い。

 今で言えば、提灯屋がスペースシャトルこしらえたくらいの感じか。笑

 嘉蔵はすごく貧乏だが、探究心があり発明に優れ、ヨーロッパであれば大学教授になるであろうと、司馬さんが書いている。
 

 話を、秋山真之に戻す。

彼は、アメリカ×スペイン戦争を克明に記録し、5年後の日露戦争、旅順において旅順港閉塞作戦の元となる資料を作り上げた。
 参謀・有馬良橘(りょうきつ)が立案し、東郷平八郎が採用、広瀬武夫らが実践した。

 閉塞作戦は、3回行われた。
うち2回目の閉塞船・福井丸を沈める際、取り残された部下・杉野孫七を探しに、広瀬武夫は船内を捜索する。
 3度探したのにも係わらず、見つからなかった。
捜索を断念し、救命ボートに移った時、広瀬は頭部に被弾して、亡くなっている。享年36才。

その、福井丸が予告に出ていましたね。
「坂の上の雲」次回は、2010年12月。
1年は長いが、楽しみに待つとします。

【2009.12.29 Tuesday 21:18】 author : いづな薫 
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坂の上の雲 感想 「日清開戦」
坂の上の雲、一年やった天地人より面白いですな。
元が司馬作品なので、そこでもうかなり差があるが。
セリフもナレーションも司馬さんの言葉がそのままドラマに使われていて、心地よい。

冒頭、1894年東郷平八郎艦長の「浪速」が、シナ軍に乗っ取られた「高陞号(こうしょうごう)」を発見する。
 日清戦争初期の事件だが、分かりにくかったので、ちょいと説明。
まず乗っ取られた「高陞号(こうしょうごう)」は、英国商船である。
 万国公法では、中立国の船で戦闘国の兵士、武器を運んではいけないとしている。 
 東郷平八郎は、連行に応じるよう信号を送るが、清国は拒否。
東郷は撃沈命令を下し、英国人のみを救い、シナ兵は溺死した。
 なぜ無力化した1000余名のシナ兵を死なせたかであるが、敵兵でも遭難すれば助けると言う人道思想は、当時の日本軍には持ち合わせていなかったと言わざるを得ない。

 旅順攻撃は、日本の作戦勝ちと言うより、清国の士気の低さから勝負がついたものと見ゆる。
 旅順は、天然の良港である旅順の立地条件の良さから、清国はドイツに勧められるまま、大規模な海軍基地を建設する。
 しかし、その内情は兵士の士気の低さ、武器もおそまつで、秋山好古によって看破される。
 これに従い大山厳が計画を立て、旅順は1日にして陥落したのである。

大山に戦場視察を報告した時の、緻密な戦術家の好古とは違い、戦場の好古は、戦国武将のようでしたな。
天地人の謙信にオーバーラップする。笑
 熱燗 謙信実は、そんなに飲んじゃいません。普段は酩酊するほど飲まず、出陣の時は儀式の酒、三献(三つの盃で飲み地面に打ち付ける儀式)を行っています。

 戦闘時間が長くなり、水筒二本目の酒を飲み始め、ますます酔う好古。笑
戦闘時間がもう少し短かったら、大酒にならず、戦術家でいられたのかも。笑
 この戦いで亡くなったのは将校1名、兵229人、ただ一人の将校遺品の軍服を先ほど靖国神社で見て参った。

 弟・真之の威海衛の戦い、迫力がありましたね。
死者3人・・・もっと亡くなっている感じでした。
 これは、真之の視点なので、ショックを受けた彼は、坊さんになりたいと、史実では言い出します。
 兵が死ぬたび、坊さんになられては、坊主が大量に出来てしまうので、止められましたが。
 勝っても負けても、戦争は悲惨だなと思う回でした。
 
 子規の、迫害を受ける清国のおじいさんに対する優しさ、戦争と言う人間を鬼にする環境の中で、
普通の感覚があって良い。
曹長にいじめられる子規を助ける、後の森鴎外も出てたし。

 広瀬武夫、ロシア駐在武官になる人ですが、ロシアの伯爵令嬢アリアズナから熱烈に求愛されます。
 とにかく女性にもモテまくる。
しかし、独身主義のため、恋に進展なし。そこがまたモテる理由か。
 日露戦争中行方不明の部下を探し、命を落す逸話は、歌にもなっていますね。

【2009.12.21 Monday 20:34】 author : いづな薫 
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坂の上の雲 「国家鳴動」感想
秋山兄弟のパパ、八十九翁(やそくおう)、いいお父さんでしたな。
 貧乏だったはずなのに、息子真之の喧嘩時、警察をお金で買収しちゃうあたり、何ともつわもの。笑
 肝心の戦まで、勝ちは取っておけ。
仰る通りでございます。
 小競り合いで負けたら、息子の輝かしい未来に傷が付く。
さりげなく真之を守り、「お前が帰ってくるとにぎやかで、え〜の〜。」と暢気に言うパパ、好きでした。

 いつも、煎り豆を食べている真之。これ頭がよくなる重要ポイントなのだ。
大豆成分レシチンは、記憶力向上させる。噛むことも脳に刺激を与える。
 んなわけで、煎り豆作っちゃったもんね。笑
 香ばしくて、美味しいです。
ちなみこの豆、今年の成田の豆まきで、ナマ兼続からいただいたもの。いづな、ピアノの上に忘れたまま置いてあった。笑


 学生時は、先生の気持ちになって試験を山掛けし、清国の戦艦を見れば、煎り豆食べながらどうやって勝てるか考えたり、実に参謀体質な人物である。
 希代の戦術家の謙信も、こんな感じであったかもしれない。
戦で勝つには、人の心を読むことである。
  
 「万国公法」を東郷平八郎が出していましたが、あああ龍馬が持っていた本!と感激。
 坂本龍馬は、万国公法(国際法)について大変な知識を持っていた人です。
 海援隊の隊士で英語の達者な長岡謙吉に約してもらい、龍馬はその内容を詳しく把握している。
 詳細は来年の『龍馬伝』で触れるが、龍馬率いる海援隊の船で「いろは丸」と言うのがある。
 それが、紀州藩の船と衝突、大破してしまう。
この賠償問題解決に龍馬が用いたのが、「万国公法」である。
 龍馬は紀州藩に過失を認めさせ、8万3000両もの賠償金を支払わせる。
一介の浪人が、徳川御三家紀州藩を相手にまったくもって、天晴れな龍馬である。

 東郷平八郎の薩摩弁、よかゴワスな。
東郷は18,19才の頃、薩摩の船で鹿児島に来た龍馬を見かけています。
 
 番組に出て来たカミソリと言われた、外務大臣・陸奥宗光は紀州藩士で学者の息子で、龍馬の子分ね。
 おうちは東京の古河庭園のあったところで、後に実子で古川家に養子に行った次男潤吉が相続しています。
 花素敵なお屋敷で、CAFEできます。以下詳細です。
http://cafe.kenshingen.fem.jp/?day=20080505

 新聞日本社に、学ラン&下駄で走る子規、何だか可愛かった。笑

 病身ながら、月給15円で家族を養い、母と妹と仲良く暮らす子規。
 訃報がヨーロッパに知らされたと亡き父に語りかける真之、老母を大事にする秋山兄弟。
 人にとって大事なことは何か分からせてくれる、実に、温かみのあるドラマである。

 原作者の司馬さんが、両親を愛するように歴史を愛していると、仰っていたのを思い出した。

【2009.12.14 Monday 19:36】 author : いづな薫 
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坂の上の雲 「青雲」 感想
今頃ですが、坂の上の雲第2回感想を書きます。

上京から1年が経ち、秋山真之と正岡子規は大学予備門合格するが、
そうそうたるメンバーがいましたね。
後の夏目漱石やら、国語辞典編纂で著名な山田美妙、ドラマには出て来なかったが、粘菌学者の南方熊楠などもいました。

 モーゼルワインがまずかったら、日本で軍事学を教えることはなかった、メッケル少佐。
 ワインが美味くてよかったな、笑。
ローレライで有名な、ライン川支流モーゼル川近くで生産されるのでモーゼルワイン。
 小粒のマスカットのような形と香りのぶどうから作られる。
 私は現地の畑に忍び込み、ぶどうをむしって食べたことがある。笑。ナマでも結構美味しい。
 メッケル少佐たちも飲んでいた、白ワインになる品種である。
 日本では、黒猫ラベルで有名。
しかし、あれをモーゼルワインの味だと思ってはならない。
 美味いモーゼルは別にある。笑
ちなみになぜ黒猫かと言えば、ワイン樽に黒猫が乗ると美味しいとの伝承があるためである。
 酒の講釈が長くなるので、坂の上の雲に話を戻す。

 野球やったり、無銭旅行したり、書生さんたちは楽しそうですね。
特に子規。
 子規は35年しかない生涯のうち晩年の7年間、結核の闘病生活を送る。
脊髄に結核菌が入り絶叫するような痛みの中でも、友と家族に支えられ、文学活動をやめなかった。
 人間は友人がなくても十分生きていけるが、しかし、子規と言う人間は切ないくらいその派ではなかった。
 このナレーションが、ぴたりとはまる人物である。
 
 一方秋山真之は、ぬるま湯のような大学予備門生活に疑問を抱き始め、
 兄から”一身独立”したいと、海軍の学校に入学する。
里帰りした真之を迎える、巡査や、両親が面白かったです。
父、いい味出してるな〜笑。
 子規の妹、律は兄子規の献身的な看病で有名だが、3度も結婚しているんですね。 
 「女子でも一身独立できる」と彼女を励ます真之。
真之のことを好きな律の気持ちが、よく伝わって来る。
 最後の将軍徳川慶喜が、自分の娘に職業を持つよう諭したのを思い出した。

 藩主の若様にくっついて渡仏した好古、左遷されちゃった感がありました。
 しかし、日本陸軍が新たな騎兵建設を好古に託す。研究せよ。となって良かったです。
 長身で東洋人に見えなかった風貌の好古を、阿部さんが好演していて、良かったです。
 当サイトご常連の方が仰ってましたが、天地人謙信に似ているとのこと。笑
位が高くなるに従い、典雅な雰囲気が出て来て、確かに似てますな。笑

【2009.12.10 Thursday 16:24】 author : いづな薫 
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坂の上の雲 第1回 感想
私は、司馬遼太郎さんの作品が大好きである。

明治元年、四国松山藩、10歳の秋山好古に、弟真之が生まれる。
生まれたばかりの弟を寺にやると言う両親に、好古は言う。
「お豆腐ほどの厚みのお金をこしらえて来るから、寺にやらないで!」
この小説の冒頭は、衝撃的だった。

 明治に入り、下級士族は困窮を極める。
好古・真之兄弟の秋山家も、子供が多く、教育どころではないありさま様だ。

 好古は秀才だったが家が貧乏なので、中学に行くことができない。
お金のかからない学校へ行きたいと言う理由で、好古は、教員そして軍人の学校に行くことを決意する。
 そしてこの兄、本当にお豆腐ほどのお金をこしらえて、自分の行けなかった中学へ弟を入れ、そしてさらに東京の学校に行かせるのである。

 好古の弟真之への教育は、ドラマ如く苛烈だった。
それだけでなく、日本人みな時代の転換期にあり、過酷な状況の中で生きている。
 どんな状況でも、司馬さんの、人間の良い面を書こうとする視点が私は大変好きである。

 幼い真之がいたずらっ子で、すでに戦略家の片鱗を見せていて面白い。
幼なじみでおとなしい正岡子規、その妹で元気いっぱいの律。
 古い殻を捨て去り、明治と言う、小さな国の若いエネルギーが感じられて、楽しかった。

 東京神田の学校で、子規と学ぶ真之。
そこの英語教師が、アメリカで英語が出来ないために奴隷に売られた、後の総理大臣・高橋是清。
 勉強することは、自分や家族を守ることでもある、と私も常々思う。

 是清が教えた、イギリス人ジェントルマンの礼節を、地で行く英国人海軍将校に、真之は横浜で出会うことになる。
 海軍を志す次回につながるのか。
 出会い一つ一つが、宝石のような輝きを持って語られるのが、好きである。
 
 今回のサブタイトルは、「少年の国」。
明治期、欧米列強から見れば、日本はほんの少年だった。
 少年の如き希望と、瞳の煌めきを持っている国だった。

 私は、目標を定め強く願い、努力をすれば、必要な人に出会えると信じている。
 人の出会い、家族や友との友情に助けられながら、秋山兄弟は急速な近代化と国家の存亡がかかった日露戦争に、
深く係わっていく。
 これからも、楽しみに見たい作品である。

【2009.11.30 Monday 11:01】 author : いづな薫 
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