大河ドラマ 龍馬伝 幕末 古代 上杉
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戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
上杉三十五腰展


静岡県三島市の佐野美術館に、上杉三十五腰展を見に来ています。
平日300休日900人の来館者だそうです。

【2018.02.03 Saturday 13:50】 author : いづな薫 
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正宗3振り

名刀正宗3振り、東京国立博物館で堪能して参りました。
まずは、石田正宗。鎌倉時代末期・14世紀 重要文化財。
安土桃山時代は、石田三成三成が所蔵。
石田三成が、加藤清正、福島正則らと対立し宿敵徳川家康のふところに逃げ込みました。
その時、仲介してくれた家康の次男結城秀康に礼として贈った刀です。


相州正宗。城泉守所持 鎌倉時代・14世紀 国宝。
鎌倉時代末期、相州鍛治、正宗の代表作です。
なかごに刻まれた、「城泉守所持」、徳川家康の家臣城昌茂の所蔵。


観世正宗。鎌倉時代・14世紀 国宝。
能楽の観世家が所持していたことから「観世正宗(かんぜまさむね)」と呼ばれています。
江戸時代の刀剣書『享保名物帳』によると、徳川家康が観世家から召し上げて秀忠に与えたものとあります。
江戸時代は、徳川家と家臣との間であげたり献上したりを繰り返しました。
明治時代、徳川家から有栖川宮に献上され、のちに同家を継いだ高松宮家に伝来しました。

正宗(まさむね、生没年不詳)は、鎌倉時代末期〜南北朝時代初期に相模国鎌倉で活動した刀工です。
彼の確立した刀の作風「相州伝」は、板目肌に地沸が厚く付いて地景が交じり〜などなど専門的な言葉で表現されます。
難しい言葉は抜きで、相州伝には「光」を感じます。
ご覧になれば、その意味が分かります。
どうぞ、皆さまも正宗の刀をご覧ください。

【2017.12.25 Monday 18:45】 author : いづな薫 
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小龍景光



運慶展を見に東京国立博物館に行ったので、公開中の「小龍景光」も見て来た。
楠木正成の刀である。
備前長船景光の作。



名前の元となった龍が、刀身、茎(なかご)近くにに刻まれている。



粟田口国綱。地鉄(じがね)最高と言われた粟田口の青い地鉄(じがね)。


【2017.12.01 Friday 11:54】 author : いづな薫 
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岡山で太刀山鳥毛




岡山県立博物館(岡山県)に、国宝の太刀・山鳥毛(さんちょうもう)を見に来ています。
上杉謙信公の愛刀です。
私は3回めの鑑賞です。
福岡一文字派の刀で、備前刀の最高峰です。
激しく華やかな波紋は、唯一無二のもの。
謙信公が生まれる300年も前に造られた鎌倉時代の刀です。
ずしりとした造りと、豪壮華麗さが見る者を圧倒しています。
見学者からは感嘆の声が漏れます。

詳しくはまた書きたいと思います。
まもなく、岡山県の個人蔵から新潟県上越市に所有が移ります。
山鳥毛の岡山での公開は明後日21日までです。

【2017.05.19 Friday 15:25】 author : いづな薫 
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燭台切光忠


茨城県の水戸市にある、徳川ミュージアムに来ています。
長船派の刀、燭台切光忠(しょくだいぎり)を拝見するためです。
織田信長→豊臣秀吉→伊達政宗→徳川頼房か光圀(水戸黄門)と渡り代々水戸徳川家受け継がれて参りました。
鎌倉時代、長船光忠作。
製作当時は、太刀だったが後年すり上げられて今は打ち刀に分類されています。
信長が光忠が大好きで収集していました。
光忠の子が、大般若長光とか数々の名刀を世に送り出した長光です。

燭台切の由来は、伊達政宗が言うこと聞かない小姓を燭台ごと斬ったから。おいおい。

惜しむらくはこの刀、1923年の関東大震災の時火災に遭ってしまったことだ。

高温で焼かれたため、刃紋は焼失してしまった。
残念ながら、美術品的価値はない。
金のハバキが溶けて刀身に付着した。

燭台切だけでなく、この日展示の、細川幽斎の刀だった児手柏(このてがしわ)も刀身が焼けている。




水戸徳川家の刀剣類は水戸屋敷の武器庫に保管されていて、関東大震災の時、小梅御殿は焼けても、武器庫は焼けずに残っていた。
武器庫は密閉された造りで、それが逆に中に一酸化炭素を充満させた状態となった。
極めて高温で燃えやすくなっていたが、土蔵は酸素が供給されないため、開けなければ燃えない。
内部温度が下がった時に開ければ良かったが、名刀の数々を確認するため開け、爆発して焼けてしまった。

水戸徳川家の歴史もそれなりに史料を読み込んでいるが、やはり震災で焼けたのは返すがえす残念。
燭台切の刀身が直刀に近くなっているのは、おそらく火災に遭ったからからだろう。
刀は、作刀時、水に浸けてそりが生まれるが、熱が加わる伸びてしまう。


刀を見に行くと、先々で出逢うゲームファンに話しかけてみる。
皆様良く勉強されているし、実に親切。
名刀鑑賞会にふさわしく、良かった。

【2017.03.12 Sunday 11:55】 author : いづな薫 
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豊後行平(ぶんごのくにゆきひら) 太刀 拵(こしらえ)


謙信公の太刀、豊後行平(ぶんごのくにゆきひら)を見に静岡県三島市の佐野美術館にやって参りました。

撮影は出来ませんので、外に貼ってあるポスターです。
そのポスターになっているのが、豊後国行平(ぶんごのくにゆきひら)の刀身と拵(こしらえ・鞘とか柄とか)です。
黒漆の鞘(さや)に25cmくらいの大きな銀製の三日月が切金で描かれているのです。
赤銅製の金具に秋草(桔梗か?)が彫られて、風雅な秋の風景を、拵(こしらえ)の中に、巧みに配置しています。

柄巻きの紐は、金茶、深みのある黄色です。
これも、月が美しい頃の秋の色です。
柄巻きの紐は、謙信公好みの平巻きです。
これは当時のまま、巻き替えていないでしょう。
謙信公のグリップすら感じます。
室町以前の拵(こしらえ)は現存数が少なく大変貴重です。


正式名称は、秋草文黒漆太刀拵(こしらえ)、中身は、
銘豊後国行平
(あきくさもんくろうるしたち めいぶんごのくにゆきひら)。

刀身は豊後国行平の作刀、総長122cm、小板目、直刃の刃文があります。


柄にある小指の先ほどの目貫(めぬき)は、果物の枇杷(びわ)が彫金してあります。
解説プレートに、「琵琶」の目貫とあり、謙信公大好きな琵琶かなと思ったらやはり果物の枇杷(びわ)でした。
琵琶の上に、枇杷が載っているのか!?とか首をひねったり。
美術館の方を呼んで、お話したら早速誤字修正しますとのこと。

解説員Kさんと言う方と、謙信公の地元・新潟県上越市が買う謙信公の愛刀「山鳥毛」の話になりました。
何とこの美術館には、山鳥毛の写しがあるのです。
それが、本日の目当てのひとつ。
写しとは、レプリカのことですが写しだって600万円はする代物。
現物は3億2千万円ですが。
現代の刀工大野義光氏の作刀です。
国宝山鳥毛を再現して、世間をあっと言わせた名工です。

解説のKさん、相州伝がお好きで刀剣に詳しくお話が楽しかったです。
Kさんと私と、北海道からいらした歴史好き女性と女性3人で刀の話で盛り上がりました。
以前は、刀剣コーナーは男性ばかりでしたが、ゲームの影響もあり今や女性だらけです。

真田幸村が、大坂夏の陣の時、秀頼からもらった刀や妖刀村正、名刀正宗なども展示にあり楽しい鑑賞となりました。


車中でしたので写真は撮りませんでしたが、三島への途中、熱海の海が見えました。
熱海と言うだけあって、真冬でも青く明るい海です。


写真は、佐野美術館近くの三島大社。
ここにも昔、上杉太刀がありました。今、東京国立博物館蔵です。


【2017.02.11 Saturday 12:51】 author : いづな薫 
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大包平、大般若長光など刀剣と信長陣羽織
先日見て参りました、東京国立博物館の名品たちです。

粟田口国吉 重要文化財 鎌倉時代
粟田口国吉(あわたぐちくによし) 重要文化財 鎌倉時代13世紀

刃長54cm 反り1.5
平造(ひらづくり)に短刀を大きくして反りをつけたような刀である。
号は、鳴狐(なるぎつね)、号の由来は謎である。出羽国秋元家に伝来。
山城国(現京都南部)の粟田口派(あわたぐちは)の国吉(くによし)は、氏(うじ)は藤原氏で左兵衛尉(さひょうえのじょう)と言った。
作風は、地金(じがね)がよくつみ小沸(こにえ)できの直刃(すぐは)の刃文を焼いたものとされる。
 
大包平(おおかねひら)
日本刀の最高傑作、奇跡のような名品である。
備前国の名刀工、包平(かねひら)作。平安時代12世紀、国宝。
長さ89.2cm 反り3.4cm 元幅3.7cm 先幅2.5cm 茎(なかご)の長さ23.3cm
元重ねが0.75cmと比較的薄いことから、これだけ長大な太刀でありながら軽い。
包平に”大”が付くのは、大きい、比べるもののない偉大な作品との意味もある。
鎬造り(しのぎづくり)が高く踏ん張りがある。
切先は締まり、見事なまでの猪首となっている。
小板目肌がつみ、地沸(じにえ)つき、地景(ちけい)しきりに交じる。
刀文は小乱れに足、葉(よう)入り、小沸(こにえ)つき、金筋入る。
備前池田家に伝わり、1967年、当時の文部省が6500万円で買い上げた。
魅入られてしまいそうな刀である。
その切っ先と、包平(かねひら)の名前が刻印された茎(なかご)。
通常、包平の作品は「包平」と二文字を切るが、この作品は、「備前国包平作」の銘が堂々と刻まれています。
歴史に残る、会心の一振り。


13代将軍足利義輝の所持した、大般若長光(だんはんにゃながみつ)。
当時から、600貫の途方もない値段がついた。
何で大般若かというと、大般若経が600巻であることからひっかけてついた名前。
さて、大般若長光を所持したことのある足利義輝は、めっぽう腕の立つ、剣豪将軍だった。もう少し詳しくご存知になりたい方はこちらへ。
戦国の梟雄松永久秀と三好義継軍団に斬り込まれ、収集した名刀をとっかえひっかえ斬りまくって、
自身も壮絶な討死。
そしてこの時、既に、大般若長光は彼の元にない。
魔性の名刀は、名将の間を渡り歩いた。
足利義輝→その家臣三好長慶→織田信長→徳川家康→奥平信昌(のぶまさ)→松平忠明に渡る。
松平忠明の、武蔵国忍藩(おしはん)が所蔵したまま、明治を迎えた。
石田正宗(いしだまさむね)
この刀は毛利若狭守から宇喜多秀家に渡り、秀家から石田三成へと贈られたと伝わる。
秀吉死後、石田三成が加藤清正、福島正則らに追われ宿敵徳川家康に庇護を求めた。
五奉行を辞退して佐和山城に蟄居謹慎することになり、道中同行してくれたのが家康次男の結城秀康。
そのお礼に、三成から結城秀康へ贈られた刀である。
切っ先から10cmくらいの所に傷がある。

 
獅子王(ししおう)
太刀 大和物 無銘 (号 獅子王)重要文化財
刃長77.5cm 反り3.0cm
源頼政(みなもとのよりまさ)が鵺(ぬえ)を退治して、天皇から賜ったと言う太刀である。
鎬(しのぎ)が高く、かます鋒(かますきっさき、刀の切っ先の一種)で腰反りが高く細身である。
鍛(きたえ)は板目で刃文は匂口のしまった直刃。
平安時代後期の古風な姿である。
獅子王の拵(こしらえ)
陣羽織 黒鳥毛揚羽蝶模様
伝・織田信長の陣羽織 溝口家に伝来
丈102.5_肩幅48.0cm
黒い部分と白い部分は、鳥の羽で出来ている。

【2015.01.31 Saturday 08:25】 author : いづな薫 
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へし切長谷部
軍師官兵衛で、名刀「へし切長谷部」が出て来たので、書きたい。

刀 金象嵌銘長谷部国重本阿花押(名物へし切)黒田筑前守 きんぞうがん めい はせべくにしげ ほんあ 
かおう (めいぶつへしぎり) くろだちくぜんのかみ

南北朝時代  国宝  福岡市博物館
作者は、名工五郎入道正宗十哲の一人、長谷部国重と伝わる。相模国鎌倉に住んだ刀工である。
現存する長谷部一派の作の中でも、有銘無銘あわせて比べるもののない傑作。
この一刀があればこそ、国重の評価は高い。

刃長 64.84cm 反り1.0cm 、元幅3.0cm 先幅2.5cm 鋒長5.9cm 茎長16.7
この刀、もとは大太刀であったものを刀に仕立直している。

鎬(しのぎ)造り、庵棟(いおりむね)、身幅広く重ねややうすく、反り浅く、 大切先(きっさき)
鍛(きたえ)小板目肌よく約り、地沸つく、地景入る
刀文互の目、小湾を基調とした皆焼(ひたつら)、匂口冴え、小沸つく。帽子乱れ込んで丸く返る。 
茎(なかご)大磨上(おおすりあげ)、先刃上栗尻、鑢目(やすりめ)は切、目釘穴四(うち三埋 )
銘 無銘、金象嵌表「黒田筑前守」 裏「長谷部国重本阿(光徳の花押)

佩表に金象嵌で長谷部国重、本阿(花押)とある。
本阿とは、当代随一の刀剣鑑識家・本阿弥光徳。(ほんあみこうとく、光悦の従兄弟)
裏には、黒田筑前守とあり。
黒田筑前守とは、官兵衛の子・長政のことである。
筑前守になったのは、慶長8年3月のことであるから、この刀が象嵌されたのはそれ以降である。

安土桃山時代、信長の愛刀になった。
信長に非礼を働いた茶坊主が棚の下に逃げ込み、この刀で棚ごと圧し切ったら(押し当てて切ったら)、棚も坊主も斬れたと言うもの。
圧し(へし)切ったことから、「へし切」の名がついた。
信長から官兵衛に与えられたとも、信長→秀吉→長政と渡ったとも言われている。

【2014.02.27 Thursday 11:15】 author : いづな薫 
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名刀鑑賞 「太刀 獅子王」
太刀 大和物 無銘 (号 獅子王)
刃長77.5cm 反り3.0cm
重要文化財

源頼政が鵺を退治して、天皇から賜ったと言う太刀である。
鎬(しのぎ)が高く、かます鋒(かますきっさき、刀の切っ先の一種)で腰反りが高く細身である。
鍛(きたえ)は板目で刃文は匂口のしまった直刃。
平安時代後期の古風な姿である。
東京国立博物館蔵、今夏公開されていたが、今は非公開。

【2013.12.02 Monday 08:36】 author : いづな薫 
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国宝・岡田切(おかだぎり)
 

国宝 太刀 福岡一文字吉房(ふくおかいちもんじよしふさ) 号 岡田切(おかだぎり)
13世紀 鎌倉時代
刃長69.1cm 反り2.1cm

作者の吉房(よしふさ)は鎌倉時代中期、備前国(岡山県)福岡一文字派(ふくおかいちもんじは)の刀工である。
岡田切と呼ばれるこの太刀は、天正12年(1584)小牧長久手の戦いの時、織田信雄が、秀吉に内通したと疑った
自分の家臣・岡田三郎重孝を切ったことから付いた。
姿は豪壮で、見事な丁子文が散らばる刃文が特徴である。
反りがやや高く、身幅広く、吉房の作品の中でも最も華やかな代表作である。


吉房の銘がくっきりと入る。
東京国立博物館にて、12月1日まで公開。

【2013.11.04 Monday 08:42】 author : いづな薫 
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 仕事(技術・研究系)と環境に優しい生活、家族を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、クラッシック、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

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