大河ドラマ 龍馬伝 幕末 古代 上杉
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戦国特に上杉家、幕末、古代、歴史を愛する日記です。時事問題も多いです。
 
椿の実


実の多くなりし椿の大樹かな 高浜虚子

写真は、その椿の実です。庭に落ちてました。
正岡子規の愛弟子・高浜虚子が詠った、椿の実は、秋の季語。
夏の実は、こんな感じ。
さらに赤くなり、実がはじけて、種が出ます。

高浜虚子、「坂の上の雲」にも出ていましたね。
病床の正岡子規のそばで、子規の家族とともに献身的な看病していました。

椿の実からは椿油が取れますが、大量に実が必要なので家庭ではちょっと無理。
なので、高浜虚子の俳句を味わいます。




【2011.08.05 Friday 12:24】 author : いづな薫 
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朝の蜘蛛


梅雨の朝、アジサイにて見つけました。
 朝の蜘蛛は縁起が良くて、夜の蜘蛛は悪い。
朝の蜘蛛は福を呼び、夜の蜘蛛は盗人を呼ぶ。
朝と夜、吉、不吉の逆もあり。
各地に朝蜘蛛、夜蜘蛛の言い伝えはありますね。

日本書紀に、衣通郎姫(そとおしのいらつめひめ)が詠んだ歌があります。

「我が夫子が来べき夕(よい)なり小竹(ささ)が根の蜘蛛の行ひ今宵著(しるし)しも」
訳:今宵はあの方が来てくれるに違いないわ。小竹の根に蜘蛛が巣を作ったのはその吉兆ですもの。

足長蜘蛛は中国語で喜子、喜蛛、喜母と表し、喜の文字がその名称に入る。
蜘蛛が人の衣に付くのは、”親しい人の来客を表す”言い伝えが中国にある。

【2011.07.05 Tuesday 09:54】 author : いづな薫 
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初詣
 あけましておめでとうございます。

元日なので初詣なさった方も多いと思う、初詣と言えば、神社かお寺だが、今日は神社のお話。
日本には、神社が8万社あると言われる。


皆様が初詣にいらっしゃった神社の神様は、何の神様
古来日本人の生活に重要な影響を及ぼした神様は、田の神、戦の神、祟り神である。
田の神で代表的なのは、稲荷神社。
日本で、稲作が始まって以来の古い神様だ。
田の神には社殿はないが、平安時代になると、稲荷神社になり社殿が作られるようになる。
その総本山は、京都の伏見稲荷神社だ。
春に美しい”さくら”(桜)は、「」は田の神を表し、「くら」は座るを意味する。


戦の神、代表的なのは、八幡神である。
大分県に、宇佐神宮(宇佐八幡宮)という神社がある。
和気清麻呂が、称徳天皇に依頼され、ご神託を聞きに行った古い社である。
ここから、京都の岩清水八幡宮に勧請され(かんじょう・神様を分けて連れて来ること)、鎌倉幕府を開いた源頼朝が
鶴岡八幡宮に勧請した。
武家の頭領である、頼朝が、武運を祈り、祀り、武家の守護神としての軍神信仰が生まれたのである。
八幡神を祭る、〜八幡宮とつく神社は、社内を探すと、戦争慰霊碑などが建っていることが多い。

八幡神ではないが、上越の春日山神社は謙信公を祀り、軍神であることから、軍人たちの崇敬を集め、その石碑
「春日山神社」の文字は、東郷平八郎の揮毫だ。
戦に勝つと言うことから、受験の神様でもある。

さて、受験の神様で有名なのは、天神様。
周知のごとく、菅原道真を祭っている。
道真は、学問の神様になる前は、祟り神だった。
都から左遷され、不遇のうちに大宰府で亡くなった後、天変地異や、時の権力者で道真のライバル藤原時平が亡くなり、醍醐天皇の皇子、孫も次々と亡くなったことから、道真の祟りが噂された。
人々は道真を恐れ、神として祀り(まつり)その御霊を鎮めた。
災いをなさなくなった道真は、名高い学者だったことで、学問の神様となったのである。


神社の参道は、神様の神殿へつながる道。
階段も、人間は"はじっこ"を歩かねばならない。
真ん中は、神様が通るのである。
日本には、森羅万象すべてに、八百万(やおよろず)の神々がいる。
「言霊(ことだま)の幸わう国」、と言われる。
万葉集にも、「大和の国は言霊の幸を招く国と語り継がれけり」と書かれている。
言葉そのものに強い霊力があり、呪力があると考えられた。
発した言葉により、その霊力で良くも悪くも実際の事柄が起きると信じられた。
これが、仏教伝来後、密教や浄土宗などで、”声に出して”、念仏やお題目を唱えるようになる。
神々への祈りでつちかった、信仰のために”言葉を発す”という、伝統的下地があったのである。

【2011.01.01 Saturday 10:26】 author : いづな薫 
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大晦日
紅白歌合戦、福山龍馬さんが何者かに斬られるそうなので、そこだけ見ようと思う。
2007年だったか、我がお屋形さまが、毘の軍旗をバックに紅白にお出ましになった時は、びっくりした。笑
正月明け早々、サッカー天皇杯、アジアカップinカタールもあるし、忙しいな。笑
サムライブルーのユニホーム、どこにやったっけ・・・


これはなんでしょう?
実家にあった、正月用のお花。
母の話だと、うちに来た時この花は、つぼみが薄紙に包まっていたそうだ。
が、つぼみは薄紙を力で広げて1日でかなり咲いてしまったという。
1月2日に年始のお客が来るので、それまでもたせないといけない。
どうしよう?と言うことになった。
私が提案した。「ねぎをはめる
と言うことで、上はねぎを輪切りにして、はめた写真。
うーん、どうなるかな。笑

では皆さま、今年もお世話になりました。良いお年をお迎え下さい。

【2010.12.31 Friday 21:46】 author : いづな薫 
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門松の歴史


 年末になると、東京のビル街でも、あちこち玄関に門松が立つ。
門松は、会社や、デパートの飾りではない。
新たに来る年の歳神様が、迷わず降臨できるよう、冬も枯れないみずみずしい緑の松で飾り、目印とするのである。

 古来日本人は、神様は、常緑の草花に宿ると信じていた。
一般家庭でも、小さな門松や、正月飾りをドアに掛けているお宅を多く見かける。
昔から一夜飾りは仏事だから忌み、早々と掃除を済ませ、少なくとも2日前には松を立てた。
 神様の降臨したご神木である門松は、精霊の木であり、祖霊の宿る神聖な木なのだ。

山が近くにあれば、年末松を切り出しに行き、少なくとも2晩は休ませて、縁起のいい日を選び、門松として立てた。
 9のつく日(29日)は「苦」につながるので避け、31日は、一夜飾りになるから避ける。
昔、太陰暦の時代は30日までしかないので、30日だと一夜飾りになってしまうので、遅くとも28日には飾った。
 これを、「お松様迎え」と呼ぶ。
地方によって、飾る門松は、一律ではない。
 栗、ゆずりは、椎、ナラ、榊、ナラ、竹などさまざまである。
ちなみに、門(かど)は、門ではなく、母屋の前の庭を意味する。

 平安時代の絵巻物には、松を立てる風習が見られ、兼好法師の「徒然草」にも、「大路のさま、松立てわたして、はなやかにうれしげなるこそ、またあはれなれ」と、門松についての描写が出て来る。
 そして、謙信公が所持していた、国宝「上杉本洛中洛外図屏風」にも、門松が立っている。

 門松の松が、なぜ斜めにばっさり切られているか?
「三方ヶ原の戦い」で、武田信玄に負けた徳川家康が、「次は斬るぞ!」と、意気込んで伐ったのが最初との説がある。

新年に、木を神を降臨させるのは日本だけではない。
中国雲南省やタイなどでも、新年、精霊の依代(よりしろ)となる木が立っている。
先日、クリスマスツリーの歴史について少し触れたが、冬でも枯れないもみの木の緑に、生命の息吹を感じて、聖なる日に供えるようになったと言う。

古今東西、人は自然界にある神々と対話して来た。
神々に守られ、時に恐れ、心の支えとし、生活の指針を決めて来たのである。

【2010.12.30 Thursday 22:08】 author : いづな薫 
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クリスマス もみの木の話
街中、クリスマスツリーをあちこち見かける。
日本では、生木を使っているのは少ないが、ヨーロッパでは生のもみの木を使うのが多い。
クリスマス前になると、伐ったもみの木を抱えて歩いている人を、ドイツの街中でよく見かけた。
クリスマス用の大量のもみの木は、植樹されたいわば、"もみの木畑"からまたは、森林管理のための間伐で、生産される。
ドイツで有名な黒い森、ドイツ南西部の広大な森林地帯である。
以前酸性雨が降り森が枯れると、日本でもニュースになった。
黒い森は、自然林ではない。中世に燃料用に伐採され、その後植えられた人工林なのである。

ドイツでは、クリスマスツリーの木は、"地元産を買いましょう!”との広告が貼られている。
地元で買えば、輸送コストが減り、環境にも優しい。クリスマスが終われば木は集められ、堆肥にして売り出され、土に戻る。
日本でも近年盛んに言われる、地産地消(ちさんちしょう)である。地元で生産して、地元で消費、の意味である。
環境先進国ドイツは、とにかく環境運動が盛んだ。
温室効果ガスの排出量を1990年に比べすでに28.7%減らしており(2009年)、京都議定書の2012年までの削減目標21%を大きく超えている。
成功のカギは、再生可能エネルギーの成長だが、まあこれは別の機会に。

ドイツは、クリスマスツリー発祥の地でもある。
1419年、ドイツ南西部フライブルクと言う町に飾られたと記録される。
これが、クリスマスツリーの初見だ。
この町は、オーストリアから、仏ベルサイユ宮殿に嫁いだマリーアントワネットが嫁入り途中に宿泊した町としても知られる。

人々は、冬でも枯れないみずみずしい緑を保つもみの木に、生命の息吹を感じ、クリスマスに供えたのだ。

ニュースを見ていたら、東北、北陸は大雪とのこと。
上越で42cm、会津若松75cm、仙台は、気温0.3℃。
雪のピークは25日夜いっぱい、26日夕方まで、東北日本海側で1m、北陸80cmの予想が出ています。
私の敬愛する武将たちがご縁で、知り合った方たちもたくさんいらっしゃる。
友人知人の皆さま、そしてこれを読んでくださる読者の皆さま、大丈夫でしょうか。
お気をつけて、お過ごしくださいね。


こちらは、東京お台場からのクリスマス、意外と地味です・・・。笑


仏教徒の私は食べなくてもいいんですが(笑)、お決まりの品ってことで。

【2010.12.25 Saturday 21:09】 author : いづな薫 
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秋分と仲秋の名月


真夏の気温の昨日と打って変わり、本日秋分の日は薄ら寒いほどである。
 二十四節季のひとつで、彼岸のお中日である。
太陽が秋分点に達し、昼と夜の長さが同じになる日。
 暑さ寒さも彼岸までと言うが、文字通りの気候になった。
これからは夜が長くなり、寒さも増していく。
 高い山では初雪が降り、紅葉が色づいて行く頃である。
 そう言えば、今年の冬はラニーニャ現象で、ここ10年来の冬より寒いそうだ。
 山城に上がれないのは残念だが、季節的には私は冬が好きである。
家族や親しい友人と、暖かい鍋でも囲むのが楽しみである。

 昨日22日は、中秋の名月だったが、残念ながら地下鉄で移動しほとんど外を歩かなかったため、見逃した。笑
 暑い空気の中に、月が浮かんでいたのかな。

花と言えば春、月といえば秋、秋の代名詞の月である。
秋は空気が澄み、他の季節に比べ清明さが際立ち、月が美しく見える。

 名月や池をめぐりて夜もすがら 芭蕉

【2010.09.23 Thursday 21:17】 author : いづな薫 
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日本の春
出勤途中またはランチタイムに見つけた、春をまた紹介。
身の回りの小さな自然が、一幅の絵のように美しいです。
古来、多くの芸術家たちが題材とした事象がいくつも見受けられ、幸せな気分にしてくれます。
 絵、焼き物、衣装、そして文学、さまざまに芸術作品に投影されますが、今日は、俳句をご紹介。

 まずは、いづな宅、玄関の春。 
落ちざまに水こぼしけり花椿 芭蕉


先日、当ブログでもご紹介した、根方に咲いた桜も満開。
さまざまの事思ひ出す桜かな 芭蕉


あやめに似たシャガ、とニラの花。
我帰る道いく筋ぞ春の草 蕪村


これなんだと思いますか?実は銀杏の芽、おなじみの三角の葉っぱも最初はこんな形です。
これから小さい銀杏の葉が出るわけですが、その芽吹きの美しさはなかなかの物です。
 もしお近くに銀杏の木があったら、春に目を留めてみて下さい。
大砲のどろどろと鳴る木の芽かな 子規


スミレ、都会の小石の間から元気よく伸び可憐な花を咲かせています。
山路来てなにやらゆかしすみれ草 芭蕉

【2010.04.06 Tuesday 16:07】 author : いづな薫 
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出勤する朝、桜の根方に咲く桜を見つけました。
爛漫に咲く花もいいけれど、これも愛おしいほど綺麗です。

昔から、春も日本人の心を揺さぶり続けてきた桜、今年もまた咲きつつます。

桜をモチーフにした作品を挙げたらきりがありませんが、以下ほんの少しだけ。

絵では、長谷川等伯の息子久蔵の作品、国宝・桜図
 久蔵は父等伯が、わが子として、才能ある後継者として愛した息子である。
若き情熱を絵筆にほとばしらせ、桜図を描いた翌年急逝した。享年26。

歌では、  
世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし  在原業平
願わくは 花の下にて 春死なん その如月の 望月のころ  西行
旅人の鼻まだ寒し初桜   与謝蕪村


 桜に魅せられるあまり、桜の下に屍体が埋まっているなんて、言う文豪作品もありますね。
さくら、その言葉の、「さ」は田んぼの神、「くら」は座る所、との説があります。
 古事記には、桜の花を意味する女神が出てきます。

 今日は桜を見ながら、金沢土産の栗のお菓子をいただきました。

 そのあと、地元で買ったドーナッツも。笑、いづな食べすぎ。


米沢から連れて来た、いづな宅の「うこぎ」が今年も新芽を茂らせています。
もう食べられます。これを広めた直江兼続公や上杉鷹山公を思いながら、近々うこぎご飯を炊くつもりです。
情緒豊かに日本の春を語る予定が、どうも食べ物の話が多くなる。笑


東京は今、五分咲きです。

【2010.03.31 Wednesday 19:55】 author : いづな薫 
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 仕事(技術・研究系)と環境に優しい生活、家族を愛する普通の人。
時事問題、歴史、環境、料理、欧州サッカー、クラッシック、登山、茶道、語学、刀剣鑑賞。
かつてはドイツ黒い森地方に学究のため在住、今東京/Tokyo

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